4 0 0 0 OA 「雀合戦」考

著者
村上 紀夫
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 = Memoirs of the Nara University
巻号頁・発行日
no.51, pp.184-169, 2023-02-28

本稿は、「雀合戦」と呼ばれる雀が群がって争う現象の情報について論じるものである。雀合戦は、繁殖を終えた雀が秋以降に集団で塒入りするもので、雀の一般的習性である。にもかかわらず、近世以降に江戸周辺でしか文献に見られないのは歴史的・文化的理由がある。この現象を最初に「合戦」という名付けをした遠州からの書状が江戸に到来し、流布したことで、それが鋳型となって天保三年(一八三二)に江戸で発生した雀の集団行動が「合戦」と理解された。「合戦」とする情報の偏在が、報告される雀合戦事例の地域的な偏りにつながったのである。「雀合戦」の噂が江戸周辺に偏在しているのは、情報が江戸に集まりやすいことに加えて、情報をストックしている知識人が多いことが原因であろう。
著者
丸田 健
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 = Memoirs of the Nara University
巻号頁・発行日
no.51, pp.1-16, 2023-02-28

本稿では、柳宗悦の民藝思想の基礎を辿りながら、現代に通じる民藝の意義を考察する。民藝理論では、直下に直観されるべき道具の美が強調される。しかし民藝的諸道具にある価値は、それだけではないだろう。諸道具には様々な指示内容があり、それらにも人間にとって重要な価値がある。そしてそれらを知ることではじめて見える美の側面もある。民藝的道具はまた、使用を通じ、様々な親密な関係を作らせるものである。これらの、美や指示内容や用途性の全体によって、民藝は我々を、生活へ向かわせる。民藝には、人間存在の根源に触れる重要な価値があるが、他方、手仕事道具の存続は危ぶまれている。民藝は多くを与えつつ、同時に、人間がいかに生きるべきかを考える課題も突き付けているように思われる。
著者
横山 香
出版者
奈良大学
雑誌
奈良大学紀要 = Memoirs of the Nara University
巻号頁・発行日
no.51, pp.17-33, 2023-02-28

本稿ではドイツのベストセラー作家シャルロッテ・リンク(Charlotte Link, 1963-)の5つのミステリー小説を取り上げ、女性の登場人物を中心に考察した。人間関係に悩み、孤独で内面に傷を抱えた彼女たちの、怒り、憎しみ、孤独、絶望といった負の感情を、リンクは徹底してリアルに描く。これらの負の感情は、孤独は恥であり、愛されることが幸福であるといった現代社会の価値観に彼女たちが束縛されているために生じるものである。もっともリンクは、そこから自らを解放しようとする姿も描くことを忘れない。こういった登場人物の心理や感情描写は、ミステリー小説の本筋からみれば「余分」であるが、まさにこの部分によって、読者を感情的にテクストに関わらせ、読者に力を与えることになっている。 本稿ではジェンダーの視点から、リンク作品を文化的なテクストとして読む試みをおこない、娯楽文学研究の方法のひとつの可能性を示した。