著者
三苫 浩輔
出版者
愛知学院大学
雑誌
愛知学院大学文学部紀要 (ISSN:02858940)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.344-323, 2001
著者
熊田 一雄
出版者
愛知学院大学
雑誌
愛知学院大学文学部紀要 (ISSN:02858940)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.1-13, 1998

内観法(内観療法)とは,日本的心理療法(人格修養法)の一種である。そもそも,浄上真宗の一派で阿弥陀仏に対する信心を獲得するために行なわれていた「身調べの行」を応用したものである。内観法の基本は,両親など生活史上の重要人物を対象に,1.していただいたこと 2.して返したこと 3.迷惑をかけたこと,の3点を数え上げていくことである。通常は母親(ないし母親代わり)との関係を最重視する。「我執」を去って「人の身になる」トレーニングであり,「他者の愛と自己の罪」を凝視させることを目的とする。現在内観法は,比較的簡単な心理療法(人格修養法)として,宗教界(既成仏教・新宗教の両方)・教育界・企業研修・矯正所・臨床心理・精神医学などの各方面で広範囲に応用されており,日本内観学会の推定によれば,既に10万人を上回る支持者をもつ。またそれとは別に,70年代以降勢力を拡大しているいわゆる新新宗教(第4期新宗教)に内観を採用するグループは数多く,GLA系諸教団もそのひとつである。筆者が調査した「エルランテイの光」(1986 -)は,GLA系諸教団が完全に「内観サークル」へと展開した事例である。筆者はこうした現代日本の内観サークル運動について,吉本内観との関係を中心に既に何本かの論文を執筆しているので,詳しくはそちらを参照されたい。このグループでは,共依存者(「自分がない」人)に対して自覚を促すべく常識を逆撫でするような独特の説話を読ませている。参加者が初期の段階で必ず読まされるテキストの中には,「ブッダやイエスにならないための戒め」とでも呼ぶべき説話が含まれている。それらの物語では,ブッダは「母を失った自分を呪った」ことを反省している人物として,イエスは「母を切り捨てて神を求めた」ことを反省している人物として描かれている。ブッダは,「揺れない心」を求めるあまり自分の「欲の心」が見えなくなり,「母を失った自分を呪って」苦行に打ち込んだもののド悟った」と思って見た光の正体は自分の「欲の心」であった,ということになっている。一方イエスは,「母を切り捨てて神を求めた」のであり,十字架の上で「殉牧者を気取って自己陶酔」しながら「内心ひそかに母を見下していた」ことになっている。もちろんこれらの説話は学問的にはナンセンスな話であるが,「自分がない」人に対して「私にもそういう裏の心理があるのかもしれない」と自己反省させる効果をもつ。一般に内観サークルにおいて「先行する内観者の記録」は重要な役割を果たすが,このグループは「意識資料集」という名前でそれを蓄積している。そこには「内観者の生の手記や体験談」だけではなく,「軍人・サムライ・カルメン・マリー・アントワネット・巫女・酒鬼薔薇君」といった類型化された「見立て話」が数多く含まれており,参加者に対してそれらの見立て話も各自の内観(反省)の参考にさせている。もちろん,このように『見立て話」が発達するのは,参加者の「匿名性」を確保するためでもあろう。しかし,そうした消極的理由だけではなく,積極的な理由もある。そもそも「見立て話」とは,「個別の人物の物語」と「普遍的な心理学的実体概念」の中間領域に位置付けられる物語論的行為である。このグループの「見立て話」は,普遍的概念への志向が弱い「日本の大衆文化の伝統」と,複雑な心理的葛藤を扱う「心理療法の伝統」が合流したものとみることができる。ひるがえって,1.日本の新宗教における「見立て話」の伝統を再検討する,2.心理療法における実体概念を「見立て話」として再検討する,という作業も今後必要なのではないだろうか。
著者
熊田 一雄
出版者
愛知学院大学
雑誌
愛知学院大学文学部紀要 (ISSN:02858940)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.1-9, 2002

本稿の目的は,「宗教と男性性」という問題意識に基づいて,近代日本の宗教界に大きな影響を与えた神道系の新宗教である大本の教祖であった出口王仁三郎(1871-1948)の思想と行動を再検討し,彼に「トランスジェンダー志向」があったことを示唆し,さらに,その現代的可能性を検討することにある。大本の教義において「男体女霊」の「変性女子」と自己規定した王仁三郎は,時として女装パフォーマンスを行い,天皇制国家の記紀神話を読み替えて自らを「泣く噴罪者のスサノオ」に同定した。そして軍国主義下で「母性賛美」の要素が希薄な「女性美の賛美」である女性賛美の教説を説き,「男性は美しい女性の玩具である」「女性は全員美人である」と説いた。彼の女性賛美には,ナルシズムが感じられる。彼は,トランスジェングー志向とナルシズムによって軍国主義下のジェンダー秩序に歯止めをかけていたと考えられ,最後にそうした戦略の現代的な意義を検討する。
著者
熊田 一雄
出版者
愛知学院大学
雑誌
愛知学院大学文学部紀要 (ISSN:02858940)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.1-12, 1997

この論文の目的は,哲学者のベイトソンや社会学者のギデンズが,先進資本主義社会全域で目立たない形で拡がる共依存概念に関して提起した理論的問題に対して,日本の斬新宗教であるGLA系論教団がいかなる日本的で現実的な解決策を提示しているかを分析することにある。1970年代以降の日本社会における宗教変動には,「新宗教からセルフヘルプヘ」という流れが存在するが,心理療法関係者の運営するセルフヘルプと異なり,GLA系諸教団の内観サークルは,明確な回復の形を提示している。第1章では,共依存概念について簡単に説明する。第2章では,現代日本の内観サークル運動の全体像とその一種ともみなしうる斬新宗教のGLA系諸教団について概観し,筆者の調査対象である「エルランティの光」について説明する。第3章では,ベイトソンが示唆した「近代社会そのものの共依存性」に対するこのグループの解決策を見る。第4章では,ギデンズが指摘した「後期近代社会における再帰的自己形成とそのジレンマ」に対するこのグループの解決策を見る。最後に弟5章では,このグループの提示する共依存からの回復の形における「反近代と近代の強化の併存」を分析する。 GLA系諸教団は,反近代的要素と近代を強化した要素を巧妙に組み合わせて共依存者に対して現代の日本社会における明確な回復の形を提示している。現世解説的宗軟性と組み合わされた「神と自分の間に他人は入れない」というスタイルは,反近代的な要素である。内向的宗軟性と組み合わされた「心の明るさ」を基準として日々「心を見る」仕事を怠らず「心を管理する」という発想は,近代を強化した要素である。