著者
McLynn Neil
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.42, pp.41-70, 2010

Introduction to Iran : The Persian Empire The 'Persian Debate' : Choosing a Government System, 522 BCThe Empire Strikes Back : Xerxes and the Greeks, 485 BCFacing Asia: The Athenian Dilemma, 493 BCThe Birth of the 'German Question' : Augustus' Dilemma, 10 AD
著者
野村 伸一
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.31, pp.25-66, 2003

朝鮮民族の伝えた仮面のあそびは夜陰を貫く鮮烈な一条の光芒のようなものであった。それは邑落の広場で多くは夜半,篝火のもとに俗語と歌謡を交えた台詞,強靱な身体を反映する跳舞とともにおこなわれた。 演じ手はクヮンデ(広大)とよばれた者たちである。かれらは文献では高麗時代に突然現れ,その出自は明らかでないが,鮎貝房之進がかつて推定したようにおそらくは北方からきた異邦人であろう。朝鮮朝においても仮面戯や雑戯,またパンソリなどの謡い物の担い手として活動した。かれらは朝鮮時代に賤民とされ,同じく賤民とされた巫覡と縁戚関係を結んだ者も多かった。 また朝鮮朝後期に成立したとおもわれる現存仮面戯の多くは在地の郷吏が陰に陽にかかわっていて,かれらの素養,趣向が反映されたために,台詞のなかに多数の漢文の詩句が挿入されることになった。それはちょうどパンソリという謡い芸の変容と対応する。 朝鮮の仮面戯の系統について,李杜鉉は,ムラの城隍祭におこなわれる仮面戯と「山台都監系統劇」とに大別している。前者としては河回,江陵および東海岸別神クッの仮面戯があげられている。また後者は黄海道や京畿道,慶尚南道の仮面戯のことで,それはいずれも朝鮮朝の儺礼を管掌する官庁「山台都監」の影響下にあるという前提のもとで名づけられている。しかし,李杜鉉自身がいうように,宮中の儺礼の際におこなわれた「山台雑劇」「山台儺戯」は必ずしも仮面のあそびではなく,今日民間に伝承されたものと同一ではない。しかも,京畿道と黄海道のものは類似した部分も多いが,慶尚道の仮面戯をそれらと同類のものとしていいのかどうかは,反論も提起されている。 ただ,わたしは,本論において系統論にはあまり深入りする考えはない。わたしがここで提起した問題は,朝鮮の仮面戯は儺と死霊供養の観点からみる時,「城隍祭」の仮面戯であれ,「山台都監」系統のものであれ,また慶尚南道のものであれ,すべて包括的に論じることができるということである。そもそも山台都監とは宮中の儺にかかわる官庁であり,そこに出入りしたクヮンデらの動向が儺礼の廃止以後,どのていど民間の仮面戯に影響を及ぼしたのかは推測するほかはないのだが,かれらの演戯の根柢は東アジアに広く存在する民間の儺であり,また孤魂供養の場にあった。このことはのちにいろいろな視点から述べることになる。 わたしは,以下では,まず朝鮮全国に広がる主要な仮面戯を概観し,現存する仮面戯の成立にとって主要な契機は何だったのか,また仮面戯の動因は何であったのかを検討し,次に,主として言語伝承の面について,また東アジアの枠内における比較対照の必要性について論じようとした。 論議はかなり広くなるが,仮面戯はそもそもなぜおこなわれたのかということが基本的な問いかけであり,その答えはまだ明確に出されていない。そこで,まずわたしの視点の大枠を提示しておきたい。 朝鮮のムラのまつりは毎年おこなわれるが,すべてのまつりに仮面のモノが訪れるわけではない。従って,ムラまつりが仮面戯を胚胎したというだけでは十分な説明にはならない。ムラの祭儀の場に来訪するモノは無数にあり,いちいち目にみえるかたちでは表現しないのがふつうである。しかし,天災,疫病,飢饉,暴政などムラの存亡にかかわるとき,そうしたモノは姿を現した。いや現れることが待望された。それは巫覡のクッのなかに織りこまれるばあいもあるし,また農楽隊のかたちで訪れ,迎えられることもあっただろう。また男寺党やその前身となる流浪の芸能者のかたちで訪れることもあっただろう。 かれらは,クッの場に集うモノなので,訪れてから,まずはムラのようすをながめる。ムラでは巫覡のクッもあっただろう。農楽隊による出迎えもあっただろう。そうしたところへやってきたモノたちは鬼神,神将などの姿をとる。そして通例,楽の音に誘われてやってきたことを告げる。またかれらは楽士によびとめられる。このとき,楽士らは村人を代表していて,このモノたちを受け入れる。 あそびの場に引き寄せられてきたモノたちは障害を持っていたり,かたちが歪んでいたりする。そうではあってもかれらなりの一生を語り,また演じてみせる。それは辱説(悪態),地口による笑い,あけすけな性の表現,家庭の不和などに満ちていて,身分ある人士の日常とは縁遠いが,東海岸のコリクッの登場人物がそうであったように,農村の日常,あるいは民俗世界の記憶としては真に迫るものがあった。猥談は農作業の合間に頻繁におこなわれ,哄笑にも似た笑いと些細なことが原因の派手な夫婦喧嘩こそは日常茶飯事だった。しかも,その世俗性はほかならぬクッのなかに構造的に埋め込まれていた。 これらの要素は,たとい郷吏のような地方官僚が「風紀上怪しからん」とあそびに介入したとしても消し去ることのできないものであった。なぜなら,かれら,モノたち(孤魂野鬼)の帰趨が邑落の存亡とかかわるという暗黙の前提があり,郷吏はこれを受容せざるをえなかったからである。郷吏は自分たちの主宰する年末の儺戯を仮面戯を中心に構成した。その際,付け加えられたものがあるとすれば,それは漢文もじりの台詞や強烈な両班諷刺のことばなどでしかないであろう。およそ祭儀にかかわる伝来の本質的な面は全面的に受容するほかはない。そのことではじめて地域共同体の儺の儀が全うされたのであるから。 こうして,根源的な問いかけが出されることになる。すなわち,一体,邑落の祭儀にとって原初の仮面戯はどのようなものとして受容されたのか。いいかえると,なぜ仮面戯が必要であったのか。この問いは少なくとも定説に対する根源的な問題提起になるだろう。すなわち,朝鮮には古来,ムラに自然発生した仮面戯と都市に住む専門的な芸人による仮面戯の二種類があったという解説は決して回答とはならないということである。 この根源的な問いかけにこたえるべく,以下には個々の仮面戯をみていくことにしたい。以下の構成は大きくふたつに分かれる。第一は,別神クッのなかの仮面戯である。慶尚北道の河回仮面戯と江原道江陵の官奴仮面戯がそれで,韓国では通例,村まつり系統の仮面戯とされている。第二は黄海道,京畿道および慶尚道の仮面戯で,近年の韓国の研究によると専門的な芸能者の参与したあとが濃厚なものである。 わたしの視点では,とくに両系統を分ける必要はないと考えるが,それについては,ここで論じるよりは全体をみた上で述べるのがよいと考える。従って,ふたつに大別したとはいえ,それはあくまでも便宜的なものである。
著者
野村 伸一
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.32, pp.73-184, 2004

2.1 朝鮮の仮面戯概観2.1.1 鳳山タルチュム2.1.2 康タルチュム2.1.3 殷栗タルチュム2.1.4 楊州別山台戯2.1.5 松坡山台戯2.1.6 統営五広大2.1.7 駕山五広大2.1.8 固城五広大2.1.9 東野遊2.1.10 水営野遊2.1.11 北青獅子戯2.2 朝鮮の仮面戯起源説2.2.1 山台戯起源説2.2.2 伎楽からみた山台仮面戯2.3 朝鮮朝の郷吏と仮面戯 2.4 仮面戯のことば2.4.1 仮面告祀のことば2.4.2 クワンデのことばの特質2.4.2.1 もどきのことば2.4.2.2 神明解きのことば2.4.2.3 性的なことば2.4.2.4 あえなく死んだモノたちへの鎮魂2.5 まとめ−東アジアの死霊供養の視点から2.5.1 いわゆる系統論,起源の問題への一視点2.5.2 仮面の図像学的な意味およびその比較対照
著者
麻 国慶
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.32, pp.41-60, 2004

1.問題の提起:社会人類学の親族研究の再検討——構造と過程の結合——2.中日「家」の構成と特徴(一)家,分家,親戚,同族に関する言語の異同 (二)「家」の構成と拡大 (1)中国の「家」 (2)日本の「家」 (3)中国の分家と日本の分家 (4)宗族と同族3.宗族・同族の復興と祖先祭祀 (一)中国宗族の復興と表現 (二)宗族の復興と村落基層政権1)田分けの実施2)宗族の者を指導し,水利を修理した。3)学校の修築(1986年開始)4)祠堂の修理,族譜5)各種の協調関係(三)祖先祭祀を中心とする同姓結合 事例1:福建省陳姓。 事例2:客家張姓の同姓結合 4.日本本土の同族事例:小諸A区(一)構造(二)儀礼化としての同族(三)クルワとカロート(墓)の建立および祭祀5.討論と結語
著者
羅 奇祥
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.30, pp.119-138, 2003

改革開放(1978年12月)の始まりによって大陸の中国語に大量の新語が生まれた。その中の一部,例えば「人气」(人気)・「空港」(空港)などは日本語からのものである。本稿は筆者が集めた1979年から2002年まで大陸の中国語に入った日本語からの新語について,形・意味などによって分類した上で,選定の基準,入った経路・理由及び社会的背景,その特徴,また定着の度合などを論じるものである。
著者
崔 在佑
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.33, pp.51-73, 2004

1.問題提起2.異本的性格の探索1)話素段落2)『一説春香傳』の異本的性格3.形象化技法上の特性1)近代的技法の冒頭2)月梅の役割強化と名前の命名4.結論
著者
松田 健児
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.41, pp.45-65, 2009

I 問題提起II ピカソとスペインの乖離III 20世紀のスペイン美術の状況IV ピカソ否定論の萌芽V 美術批評に影を落とすユダヤ人差別VI 「ピカソはスペイン美術ではない」VII 「非人間化された芸術」VIII 否定論者から擁護論者への転向IX エウヘニオ・ドールスのピカソ論X 拒絶されたファシストからの誘惑XI 内戦とその影響XII 結論
著者
小野 文
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.40, pp.213-228, 2008

はじめに世紀末のソシュール書簡恐怖火星と東洋のトポスまとめに代えて : f の不在
著者
吉永 壮介
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.39, pp.228-212, 2007

一 前言二 費禕と黄鶴楼(1)『三国志』に見える史実としての費禕像(2)唐から五代まで(3)北宋から南宋まで(4)明代以降三 黄鶴楼と三国志の物語四 費禕と万里橋五 結語
著者
工藤 多香子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.40, pp.245-265, 2008

はじめにI. 人種差別への挑戦II. 黒人であるよりもキューバ人としてIII. 黒人芸術と未開主義IV. キューバ人として, それでもなお黒人としておわりに
著者
八木 章好
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.40, pp.153-172, 2008

はじめに一 詩語としての「狂」(一) 「狂風」(二) 「猖狂」(三) 「発狂」「狂喜」(四) 「顛狂」「清狂」「狂歌」(五) 「狂客」「狂叟」「狂夫」二 李白の「楚狂」三 杜甫の「狂夫」四 杜甫が歌う李白の「狂」おわりに