著者
衛藤 安奈
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 人文科学 (ISSN:09117210)
巻号頁・発行日
no.33, pp.1-34, 2018

1 はじめに2 アイロニーとユーモア3 『進撃の巨人』にみるニヒリズムの位相4 『僕のヒーローアカデミア』にみる倫理の位相5 おわりに
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.39, pp.53-79, 2006

光陰矢の如し―私が初めて磯採集に足を運んだのは大学に入学した1955年の初夏,半世紀も昔の話になる。それまで磯には縁の無かった私がそこで目にした生きものは,ほとんどが初顔だった―潮だまりには黒くて大きなアメフラシ,赤い花を咲かせているケヤリムシやウメボシイソギンチャク,岩陰から黒いトゲを覗かせているムラサキウニ,大きめの石の裏にはアオウミウシやクモヒトデ……。その世界の多彩な生きものたちの魅力に取りつかれて,たびたび葉山や三崎の磯を訪れるようになり,やがては無脊椎動物の発生学に進み,三崎臨海実験所で大学院時代を過ごすことにもなった。 磯採集でもっとも興味をもったものの一つは,さまざまな形態を示す棘皮動物だった。これはヒトデやウニの仲間で,基本的に5を単位とする放射相称の海産動物。これが本稿に登場する役者たちなので,馴染みの薄い方々のために,海浜でよく目にする種類をグループ別にざっと紹介しておく(図1参照)。(1)ヒトデ類:多くは☆型で,中央の「盤」(本体)のまわりに5本の「腕」が伸びている。マヒトデ(図1-(a))が典型的だが,筋目のある縁取りをもつモミジガイ,腕が8本あるヤツデヒトデ,糸巻に似たイトマキヒトデ((b))などもいる。なお,本報では「ヒトデ」を類名に用い,明治期文献のAsterias amurensis(旧称ヒトデ)は「マヒトデ」とした。(2)クモヒトデ類:ヒトデに似ているが,腕が細長く,盤と腕の区別が明確((c))。腕が枝分かれして複雑になっているテヅルモヅル類((d))も見られる。(3)ウニ類:よくイラストに描かれているように,半球状の殻からトゲが沢山出てイガグリのような形をしている普通のウニ((e))のほかに,一見ウニとは思えない姿をしたウニがある。以前は歪形類(不正形類)と呼ばれていたグループで,殻の上面に花形の模様(花紋)が見える。たとえば,円い皿型のカシパン類((f)),その一種で,下面に蓮の葉脈のような溝が見えるハスノハカシパン,5つの穴があるスカシカシパン((g))がある。ほかに,楕円型でやや厚みがあり,殻も頑丈なタコノマクラ((h)),卵形で殻の薄いブンブク類もいる。(4)ウミユリ類:花のような「冠」と,それを支える「茎」がある((i))ので,「ウミユリ」(海百合)の名がついた。これはみな深海性だが,浅い所にはウミシダ(海羊歯)類が生息する。ウミシダは「茎」が無く,盤のまわりにシダの葉に似た腕が10~数10本出ており,盤の下の巻枝で岩にしがみついている((j))。ウミユリもウミシダも,初めて見たら植物と思うに違いない姿である。(5)ナマコ類:サツマイモのような形((k))で,ウニやヒトデとはまったく異なるが,これも棘皮動物。食用にするので名が通っている。「このわた」は,その内臓の塩辛。 上記のウニの仲間に,タコノマクラ(蛸ノ枕,図1-(h))という種類を挙げた。変わった名称なので,何時ごろからそう呼ばれているのだろうと気になっていたが,誰に聞いても知らないし,書物を見てもわからない。仕方なく,そのままになっていた。 1980年代の初め,私は動物発生学から大転換して歴史の方面に道を変えたが,そのとき最初に取り組んだのは,三崎臨海実験所の歴史だった。この実験所は明治19年(1886)に創立されたアジア最初の常設臨海実験所で,日本の動物学発祥の地と言っても過言ではない。そこで,実験所設立後まもなく動物学会が発刊した『動物学雑誌』の報文や記事を調べはじめたのだが,妙なことに気がついた。 当時の『動物学雑誌』には三崎などでの海産動物採集報告が少なくないが,それに登場する「タコノマクラ」が現在のタコノマクラとは違う場合があるのだ。しかも,事は込み入っていて,ある報文ではウニの仲間のカシパン,別の報文ではヒトデ,さらに別の報文ではクモヒトデを指している。もちろん,現在のタコノマクラを指す場合もある。一体全体どうなっているのか,さっぱりわからないままに数年が過ぎた。 そのうち江戸時代に足を踏み込んで,いろいろな資料を調べ始め,そのなかで「タコノマクラ」の名称に再会することになった。そして,「タコノマクラ」の名の混乱は江戸時代にさかのぼることが明らかになってきたので,棘皮動物―当時は「介類」や「魚類」に含められていたが―の記事に出会うたびにメモを取っておいた。 最近そのメモを見直してみると,信頼できる江戸時代資料が40件ほどあり,それに含まれる棘皮動物の記載例は数百に達する。そこで,それをまとめておこうと考えて筆を取ったのが本報である。稿末の表に示した事例は,図あるいは注記の記載内容から現在のどの類に当たるかが判明する場合に限った。また,ナマコは古くから「コ」「ナマコ」と呼ばれ,それ以外の名称はあまり無かったので,本稿には入れなかった。 以下の部分では,この稿末の表に基いてヒトデやカシパンなどが江戸時代に何と呼ばれていたかをまず検討し,最後に「タコノマクラ」の呼称の変遷を考察する。文中の「資料」は,番号にMがつくか,とくに明治期資料と断らない限り,すべて江戸時代資料である。資料名に付した( )中の番号は稿末表の資料番号,西暦年は同表に示した刊年・成立年。 なお,生物名の語源解釈はコジツケになりがちなので,私は原則的に触れないのを基本方針としているが,本稿ではその方針を棚上げして語源に踏み込むことにしたい。それによって,江戸時代の人々の命名の由来がわかるし,また命名の巧みさを感じ取ってほしいと思うからである。
著者
長田 進 鈴木 彩乃
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要 社会科学 (ISSN:13425390)
巻号頁・発行日
no.20, pp.43-72, 2009
被引用文献数
1

1, はじめに2. オタク関連研究の概況について3. 今回の研究における対象地域の設定と「オタク」関連用語の定義4. 専門店の分布パターンに見る秋葉原と池袋の特徴5. 取扱商品の違いから見る秋葉原と池袋の特徴6. 歴史的展開に見る秋葉原と池袋乙女ロード地域の比較7. 両地域に対する総合的考察8. おわりに
著者
須川 亜紀子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 英語英米文学
巻号頁・発行日
no.47, pp.93-121, 2005-09

In Satoshi Kon's film Sennen Joyu, or Millennium Actress (2001), the memories and true love of a retired actress, Chiyoko Fujiwara, are narrated. Her life is depicted just as a mélange of her various identities in the different time periods and settings of the movies in which she has played a main character. In order to express the cross section of Chiyoko's recollection, Kon employs a unique spiral-like narrative structure in which time streams shift back and forth between the inner world of Chiyoko's past and the outer world of her present. The search for her first love, "Mr. Key," is repeatedly displayed through the passages of time in the sequences of her movies and her real life. She, however, never reaches him. Love and marriage dominantly serve to construct the identity of heroines, as seen, for instance, in a series of Walt Disney Studio's princess stories and many Japanese TV animations for girls. How heroines achieve self-fulfillment by being accepted by princes, or their love, has greatly influenced the construction of gender identity among viewers not only in the US but also in Japan. In Millennium Actress, however, autonomous women, who lead lives without male acceptance, are successfully engaged. In this film, with Chiyoko's incomplete love moving in pursuit through the spiral-like narrative structure, the focus on the lives of women deftly shows the value of process rather than outcome. In this paper, I will first explore the unique narrative structure that allows a flexible approach to time and memory. I will also highlight representations of women by analyzing images of incompleteness and circles such as a spinning wheel, the 14th day moon, and Chiyoko's endless pursuit of her love.
著者
相原 健志
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.49, pp.1-15, 2017

序1. 「存在論的転回」の焦点 : 概念創造2. 概念創造の条件3. 概念「創造」という問題 : 主体の弱さから4. 結論と展望
著者
清水 純子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. 英語英米文学 (ISSN:09117180)
巻号頁・発行日
no.64, pp.35-54, 2014-03

"Spy" is a person whose job involves secretly gathering and reporting information about another country, organization, group, or enemies without the consent of the information-holders. Espionage is a set of clandestine and constitutional activities carried out for government or commercial purposes. Yet, as a matter of course, spying is illegal and is punishable by law. Thus, espionage is almost always accompanied by danger; it is unavoidable that some risks will be run in this kind of work. In a word, spying is a mission that may jeopardize one's life. The duties of a spy are required most in wartime. During the 20th century, when many wars occurred, there was much demand for spying and espionage: the governments of many countries needed able spies, especially for military purposes.In the film world, spy films have always been quite popular because of their entertaining qualities: they contain thrilling action, suspense, and the seduction of beautiful women. Among countless spy films, the most popular is the 007 series, which premiered in 1964. 007 focuses on a British gentleman spy called James Bond. Although it is difficult to find female spy movies that can rank with the 007 series, the classic Mata Hari might just be a match for 007. It is said that beauty and charm are the merits of the female spy, while the man she seeks is at the center of power and holds confidential information. Through the so-called "honey trap"—the use of a seductive woman to tempt a man into passing highly classified information to her government or syndicate—female spies play an active role in the 1930s film world. Among several 1930s female spy films, this paper focuses on Dishonored and Mata Hari. I will examine the universal themes that these two movies encompass: the anxiety of excessive information management; concealment through the power of the government; and the importance of personal dignity, rights, and happiness.
著者
片岡 大右
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学 (ISSN:09117199)
巻号頁・発行日
no.61, pp.71-99, 2015

1 回想の中の加藤周一 : 「象徴主義的風土」の案内人2 阿部良雄における「象徴主義的風土」の乗り越え3 近代文学史の神学的読解4 ロマン主義の展開としての近代文学5 ロマン主義論の二源泉(1) : 渡辺一夫6 ロマン主義論の二源泉(2) : ジャン・ゲーノ7 「人間性への信仰」8 おわりに
著者
森本 康裕
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要. ドイツ語学・文学 (ISSN:09117202)
巻号頁・発行日
no.52, pp.27-48, 2015

0.1. 閉鎖空間への二度の侵犯 : 個人の罪2. 個人主義と権力3. ラプンツェルの名 : 罪の記憶4. 魔女≠権力結語にかえて
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.37, pp.33-59, 2005

動植物の記載で年記や地域が明確な事例は,過去の環境や人々の関心のあり方を知る手掛かりとなる。そこで先に動物についての略年表「幕末までの珍鳥奇魚捕獲記録」を本誌に載せ,ペリカン,オオサンショウウオ,マンボウ,リュウグウノツカイなどの捕獲・観察記録をまとめた(磯野2002,第9節)。しかし,漏れた事例もあり,また新資料の調査などで記録が増えたので,事項を大幅に増した年表を作成した。今回は,現在必ずしも珍品ではないが,当時の人々には馴染みの薄かったヨウジウオやコバンザメなども加えた。逆に,当時はありふれていたが,今は姿を消したトキやコウノトリなど現代人にとって珍しい動物も取り上げた。
著者
岩﨑 洋介
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学
巻号頁・発行日
no.42, pp.97-111, 2006-03

ジャック・ラカンは1966年に出版されたそれまでの主要論文や講演の記録をまとめた『エクリ』の段階で既にシェーマZ など図形や記号を伴う概念を導入していたが、『エクリ』以降もメビウスの輪やクロス・キャップ、トーラスといったトポロジー的な図形、さらに「マテーム( mathème)」とラカン自身により名づけられた定式や論理学の量記号を援用してきた。そしてその晩年にあたる1970年代、学説的に最も力を注いでいたのはボロメオの輪、ないし結び目を己の学説に導入することであり、その執着ぶりは例えばエリザベト・ルディネスコによる『ジャック・ラカン伝』に窺えよう。 「ボロメオの結び目」とは北イタリアのマジョーレ湖上の島にその名を残すボロメオ家の紋章に由来し、三つの輪、仮に輪a、b、c、とすると、a はb の、b はc のそれぞれ上に部分的に重なる形で位置する時、c がa の上になるように組み合わされた図形を指し、三つの輪の上下関係がa > b > c > a > b…という形で循環している。ラカンも度々指摘するように正確には「結び目」ではなく、三つの「輪」が三すくみに繋がれている図形である。その輪の交叉する部分を取り出した三つ葉のクローバー状の「結び目」もボロメオの輪と同様に言及される。これら図形の重要な特徴は、輪を一つ外すと、残りの二つの輪も互いに外れること、結び目の場合は線が交叉する個所が三箇所あるわけだが、そのうちの一箇所で交叉する線の上下を入れ替えると結び目が解消されただの輪になってしまうことである。こうした特徴を持つ輪は必ずしも三つとは限らず輪の数をいくら増やしても、そのうちの一つの輪を外すと鎖状に繋がっていたそれらの輪は個々の輪に分解してしまうといった図形を考えることは可能であるが、それは輪の数が三未満ではそうした関係は得られず、三が最小値である。 こうしたボロメオの輪自体は明らかにトポロジー的な図形であるが、このボロメオの輪への関心はことに『エクリ』以降に強まったラカンのトポロジーの援用の単なる延長とみなせるのであろうか。 ラカンのトポロジーへの関心は上記ルディネスコの評伝によると1951年に始まるが、『エクリ』に収められた諸編を見る限りでは、場(topos)と場の関係といったトポロジーの出発点となった観点による考察は色濃いものの、メビウスの輪などのパラドクシカルな図形はそれ以降の60年代後半になって盛んに援用されてくる(メビウスの輪が『エクリ』の中では最も後年に書かれた〈 La science et la vérité〉 で軽く言及されてはいるが)。ラカンがボロメオの輪について初めて言及したのは1972年の2月9日のセミネールでのことであるが、集中的に取り上げられ始めるのはその次の年度である1972–73年度のセミネールEncoreの全11回あった講義の内の第10回目(〈Ronds de ficelle〉)以降のことで、丁度マテームと入れ替わり講義中にしきりと描かれる図式となる。すなわちまとめると『エクリ』以降のラカンの図式に関する主な関心は、トポロジー的な図形→マテーム→結び目、という順で移行している。 マテームとは分析家、大学、主人、ヒステリー患者の四つにディスクールを分け、精神分析の立場を明確に位置づけるものであった。これは当時ラカンの属していたフランス精神分析学会( La Société française de psychanalyse)の解消に伴い、1963年に自ら創設したパリ・フロイト学派( l'Ecole freudienne deParis)の基礎付け、また精神分析が新設されるパリ大八大学に独立した学部を設置するにあたり、取分け科学的な知と精神分析の関係に見通しをつけ、いかに精神分析を「教育」しうるかという問いへの根本的な反省が要請されていたという外部的な事情も重なっている。 結び目を考える時、結び目の取り上げられた時期がこのマテームの時期の後にあるということが重要となってくる。ジャン=クロード・ミルネールはラカンの学説を三つの時期に分けているが、1972–73年度のセミネールEncore を第二期から第三期を分かつ位置にあるとしている。それはこの年度の講義でマテームの時代が頂点に達し、それと同時にそれをいわば「脱構築」するものとしての結び目が本格的に導入され始めるからだ。ミルネールに拠れば、第二期のラカンは数学におけるブルバキの影響を受け、その数学言語の形式化に倣い精神分析におけるディスクールの形式化を推し進めたものであったが(ラカンを除いてはブルバキと同じように執筆者が無記名なパリ・フロイト学派公認の雑誌Scilicet においてその傾向は著しい)、1968年の学生運動から70年代にかけての数学におけるブルバキ自体の後退、そして自身の学派内の不和といった外部的な影響もあり、マテームによる形式化及びそれに基づく精神分析の伝授へのさらなる見直しの必要をラカンが感じざるをえない状況で登場し、マテームに替わり盛んに援用されるようになったのが「結び目」であった。そうした見地に立つと、70年代にラカンが執着を示した結び目とはマテーム以前のトポロジー的な図形の援用とは性格を異とするもの、少なくともその単なる延長にあるのではない、と見なさねばなるまい。ラカンが結び目に着目したのも(少なくとも当時は)結び目が数学的に理論化されていないものであったからである。実際、ラカンの結び目とは以下に見るように、トポロジー的な対象として数学に基盤を求めるものではなく、むしろ数学を含めたあらゆる言語の「起源」を射程にいれたものである。
著者
長谷部 史彦
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
人文科学 (ISSN:09117210)
巻号頁・発行日
no.34, pp.165-186, 2019

はじめに1. オスマン朝期カイロにおける石鹼の供給2. ハサン・パシャの施政とカイロの市場動向3. 『マバーヒジュ』にみえる石鹼騒動おわりに研究ノート
著者
McLynn Neil
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケーション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.42, pp.41-70, 2010

Introduction to Iran : The Persian Empire The 'Persian Debate' : Choosing a Government System, 522 BCThe Empire Strikes Back : Xerxes and the Greeks, 485 BCFacing Asia: The Athenian Dilemma, 493 BCThe Birth of the 'German Question' : Augustus' Dilemma, 10 AD
著者
溝部 良恵
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
中国研究 (ISSN:18825591)
巻号頁・発行日
no.12, pp.1-24, 2019

はじめに一. 家族の元に戻る鬼(一) : 「薛万石」の背景、袁晁の乱二. 家族の元に戻る鬼(二) : 「李覇」三. 聞き書きから創作へ四. 家族の元に戻る鬼(三) : 再び「薛万石」と「李覇」おわりに
著者
大場 茂 大橋 淳史
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.46, pp.13-41, 2009
被引用文献数
1

研究ノート1. はじめに2. 旋光性2-1. 右旋性と左旋性2-2. 石英の比旋光度3. 石英の結晶構造と外形3-1. シリカの結晶相3-2. α-石英とβ-石英の構造3-3. 水晶の半面像3-4. 高温形低温水晶4. 屈折率の異方性と光の干渉4-1. エアリースパイラル4-2. 結晶中での光の伝播4-3. 光軸に垂直な水晶板による旋光4-4. 水晶板のコノスコープ像4-5. 水晶球の干渉像5. 考察5-1. 石英か水晶か5-2. 右水晶と左水晶の定義5-3. 円偏光板の役割5-4. オリジナルのエアリースパイラル6. 学生実験への対応慶應義塾大学日吉キャンパスにおける文系学生を対象とした化学実験のテーマの1つとして,キラリティ(左と右の区別)に関する実験を平成17年度から開始した。これは主に糖の旋光度を測定するテーマであるが,原子や分子レベルのキラリティが外に表れる例として,水晶の半面像の観察も実験の中に組み込んだ。水晶とは石英のきれいな結晶のことであるが,その内部での原子配列のキラリティは非対称な結晶面をもとに区別できる。また水晶球については,直線偏光板と円偏光板の間にはさみ,エアリースパイラルを観察してその渦巻の方向から,右水晶か左水晶かを判別できる。本稿では石英の結晶構造をもとにこれらの原理を解説し,また右と左の定義にまつわる話題を紹介する。現時点でも右水晶の定義にまだ混乱がみられるが,「右旋性を示す水晶のこと」に統一すべきである。
著者
大鐘 敦子
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶應義塾大学日吉紀要. フランス語フランス文学
巻号頁・発行日
no.42, pp.113-126, 2006-03

十九世紀末に一世を風靡したファム・ファタルの代表『サロメ』といえば、誰しもが思い浮かべるのはオスカー・ワイルドの戯曲である。ワイルドはビアズリーの挿絵にはじめはそれほど乗り気ではなかったと言われているが、そのモノクロの挿絵はワイルドの『サロメ』の妖艶さや退廃的、破滅的、悪魔的側面を全面に押し出して、読者や未来の観衆の関心を引き寄せることになった。しかしこれを遡ること十六年、ギュスターヴ・フロベールが最晩年の短編『ヘロディアス』においてサロメのダンスを初めて言語化することに成功したことや、ワイルドがフロベールに多大な影響を受け、意識的に初稿をフランス語で書いていたことは意外に知られていない。 『サロメ』は、1891年11月から12月にかけてオスカー・ワイルドのパリ滞在中にフランス語で書かれ、1893年にパリで出版された。本国では上演禁止となり、ロンドンでの出版は1894年となった。ワイルドはフランス文学に精通し、パリの文壇や社交界にも出入りし、ジッド、マラルメ、ピエール・ルイスなどと親しく交流して、マラルメの"火曜会"にも二度顔を出していることが知られている。 当時すでにフロベールは他界していたわけだが、ワイルドはフロベールを文学の師として、美学的にも仰いでいたことが書簡に残された証言からわかる。1888年のW. E. Henley 宛の手紙では、英語で散文を書くためにフランスの散文を勉強していることを述べ、「そう、フロベールこそわが師なのだ。そして『誘惑』の英訳が成功したなら、私は第二のフロベールになれるし、それ以上のものになるだろう。」と『聖アントワーヌの誘惑』の翻訳について意欲を燃やしている。また1890年には、Scots Observer の編集者への手紙で美学的問題に触れ、『ボヴァリー夫人』と『サランボー』を引き合いに出しながら、「フロベールは言葉の日常的な感覚において正しいだけでなく、芸術的にも正しかった。そしてそれがすべてなのだ。」と全面的に尊敬の念を表している。投獄中に友人に読書用の本を依頼した際にも、フランス語文献リストの筆頭にフロベールの La Tentation de saint Antoine, TroisContes, Salammbô を挙げている。一方、Pascal Aquien はフロベールとの関係について、サランボーの名前や巫女というアイデンティティー、ユダヤ人たちの議論、「サロメ」と「ヘロディアス」という主人公たちの名前の拝借、『ヘロディアス』の「ヨカナン」「マナエイ」から「ヨカナン」「ナアマン」という命名をしたことなど、かなり影響があったことを指摘している。 『サロメ』に関するワイルドの証言で特にフロベールに関係あるものを挙げておきたい。まず第一に挙げられるのは、1890 年のエドガー・ソルタスによる挿話で、サロメについて書くと宣言していたワイルドが、ある晩ピカデリーのレストランでソルタスと食事をした後、連れ立ってフランシス・ホープのアトリエをたずねたところ、逆立ちしたヘロディアスの版画が、まさにフロベールの作品のように描かれており、 « La bella donna della mia mente »(「わが夢見る麗しき女性よ!」)と叫んだという話。第二は、アメリカの象徴派詩人スチュアート・メリルとムーラン・ルージュに行ったときの挿話で、ルーマニア娘のアクロバット的な逆立ちの踊りを見たワイルドが、執筆中の劇の中のサロメのダンスを踊ってもらおうと思い、「フロベールの物語でのように、あの娘に逆立ちのダンスをしてほしいんだ。」と言ったという話である。どちらも注目されるのは、ワイルドがフロベールのサロメのダンスの「逆立ちの踊り」にとても惹かれていたということである。また、サランボーへの賛美も惜しまず、ビアズリーの挿絵について批判する際に「僕のサロメはサランボーの妹だ」という表現すらしている。 『ヘロディアス』の中でサロメの踊りの初の言語化に挑んだフロベールの先駆性と象徴性を論じた拙論では、その「逆立ちのポーズ」に読み取れるユダヤ教的世界観からキリスト教的世界観への逆転というメタファーを指摘したが、ワイルドが果たしてフロベールのサロメの「逆立ちの踊り」にこうした意味を読み取っていたかは定かではなく、踊りのト書きにも逆立ちのポーズへの言及はない。その代わり、ワイルドのサロメでは「七枚のヴェールの踊り」というメタファーと月のメタファーが全面に押し出されている。ことにワイルドがサロメを一幕物の劇にしたことから、登場人物の科白の文体が重要な位置を占めており、後にその作品の芸術性は、音楽性としてシュトラウスのオペラが証明することになった。以下、本稿ではワイルドのサロメの文体とリズムをフロベールのそれと比較しながら、『ヘロディアス』のサンボリスムから『サロメ』の世紀末文学への変遷をみることとする。
著者
磯野 直秀
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要 自然科学 (ISSN:09117237)
巻号頁・発行日
no.34, pp.9-21, 2003

原著論文慶長8年(1603)年に本編,翌年に補遺編が長崎で出版されたイエズス会宣教師編『日葡にっぽ辞書』は,3万2千語を収録し,当時の和語を知るための第一級資料である。たとえば,『野菜の日本史』は,『邦訳日葡辞書』を利用して当時の呼称とともに,新たにヨーロッパ人が持ち込んだ数々の野菜を明らかにしている。このような試みは動植物全般に有用であろう。そこで,今回は動物を対象として『邦訳日葡辞書索引』から該当する語を収録,『邦訳日葡辞書』の語釈と解説によって検討・整理した。その上で江戸時代の分類に従って「獣類・禽類・魚類・介類・虫類」の5類に大別し,五十音順に配列したのが次に示すリスト(種名か類名)である。このリストにおいては①広く使われている和語を中心として収録した。たとえば,オシドリについては「おしどり」を選び,「鴛鴦おしどり」の音読み「えんおう」は拾わなかった。また,「獣」・「鳥」などの総称や,想像上の鳥獣名,詩歌語(いなおおせどり=稲負鳥など),婦人語(あかおまな=サケなど)は原則として収録していない。②平仮名の品名は,『日葡辞書』にローマ字綴り方で表記されている和語を,『邦訳日葡辞書』で現代表記の仮名書きに直したものである(リスト以外も同じ)。なお,「魚」の「うお」は口語で「いお」となることがあり,両方の表記が用いられている。③( )内は注釈で,片仮名は現和名(平仮名と同じときは原則として省略),「」を付したのは原注の『邦訳日葡辞書』訳を簡略化したものである。また,獣類の「ちす」のようにその獣が現在の何に当たるか見当がつかない場合や,「あおばい」に対する「キンバエ」のように種名や類名を断定しかねる場合は,「?」を付した。必要に応じて,相当する漢字表記や類名を加え,読みやすいように平仮名に下線を付した場合もある。長文の注釈を要するときは,「*」を付し,注記としてリストの末尾にまとめた。④「あおがえる」「あおがいる」など発音上の小差にすぎない語や,「あこや」「あこやのかい」などの類縁語は,一般的と思われる語を先に置き,「・」を用いて併記した。⑤見出し名や現和名には種名と類名が混じているが,大半は「‥‥類」の表示を省いた。⑥初出と思われる語には,波線を加えた。⑦現和名の推定には江戸時代初頭の辞書・用語集・本草書のほか,鳥名は『日本鳥名由来辞典』,魚名は『日本魚名集覧』,貝名は『日本貝類方言集』,それ以外の動物や全般的な検討には『日本国語大辞典』を参照した。
著者
野村 伸一
出版者
慶應義塾大学日吉紀要刊行委員会
雑誌
慶応義塾大学日吉紀要 言語・文化・コミュニケ-ション (ISSN:09117229)
巻号頁・発行日
no.26, pp.1-31, 2001

今日,東アジアにおいて民俗の世界は急速度の近代化とともに,衰退していくかにみえる。けれども,ほんとうに衰退していくばかりなのか,これは可能性を秘めた世界なのかどうか,そこから何か新しい視点が開けるのか。こうしたことを考えるとき,わたしには女性の祭祀と女神信仰ということがかなり可能性を秘めているのではないかという予測がある。そこで,福建省や台湾,日本の南島,韓国南部および済州島などの研究者とともに,それぞれの地域ごとに積み重ねられた資料,知見を持ち寄り,これをひとつにまとめあげようとして研究会を発足させた。 とはいえ,現在,東アジア全体を一目でみる準備は整っていないので,とりあえずは東シナ海周辺の民俗文化を取り上げることにした。そしてあらかじめいうと,この地域ではとりわけ女性の祭祀活動と女神信仰が顕著なのだが,にもかかわらず,それがこの地域の民俗世界の性格を考える際に主要な課題となるという視点や取り組みがほとんどない1)。まずは,このことの意味から考えなければなるまい。