- 著者
-
前原 正美
- 出版者
- 中央大学経済研究所
- 雑誌
- 中央大学経済研究所年報 (ISSN:02859718)
- 巻号頁・発行日
- no.49, pp.567-616, 2017
本論文では,石田三成の旗印「大一大万大吉」のなかには老子の道教思想の影響が色濃く反映されていることを明らかにする。老子の道教思想に基礎づけられた宇宙論に従えば,宇宙=天上では「太」=北極星=「大」=「天」=「神」が不動の位置を占め,その周辺を「八」の星が動いているが,地上では,この「太」=「大」=「天」=北極星=「神」=「一」と「八」=支持者・補佐役との関係が映し鏡となって反映している。「太」=「大」と同じ意味であり,「太」=「大」は,「天」=「神」を意味する。 聖徳太子(厩戸皇子),皇極天皇(斉明天皇),天智天皇,天武天皇の後を受けた持統天皇,藤原不比等は,地上を支配する「太」=「大」=「天」は,具体的には高天原であり,唯「一」の存在である「神」は天照大神であり,そして「神」=唯「一」の存在は天皇=持統天皇である,と位置づけた。そして「八」とは天皇を支持し補佐する官僚(制度)を意味する,と位置づけた。したがって古代以後の日本では,政治思想=道教思想に基礎づけられた宇宙論,いいかえれば《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》が継承されてきたのである。 石田三成は,こうした古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の伝統を受け継いで,「太」=「大」を「天」=「神」と理解したうえで,①「天」=「神」の意思に命令を受ける唯「一」の存在こそ「天皇」であり,それゆえに「天皇」こそが政治の頂点に立つ存在であること,しかし現実には,「天皇」の代理人としての「為政者」である「一」=天下人が天下国家の政治を運営・指導する存在であること(《「大一」の政治思想》),②したがって「天皇」の代理人としての「一」=「為政者」=天下人=豊臣秀吉は,「公」の政治,つまり天下万民=「公」民のために「愛」の心を降り注ぐ「愛」の政治を司るために「公」家=関白太政大臣となって「天皇」を支えること,同時に「武」家の棟梁として確固たる豊臣「家」を構築し,かつまた強力な「武」力を背景として,「武」家の棟梁として「武家」=天下の諸大名に官位制度を適用し,そうして「公」「武」一体となって「公」家と「武」家との融和=調和を図ること,いいかえれば道教思想に基礎づけられた宇宙論,つまり《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》を適用した豊臣「政権」の構築を企図した。すなわち《唯「一」の存在=「天皇」とその代理人としての「一」なる「為政者」=天下人豊臣秀吉》+《「八」=基本的な枠組みとして石田三成を中心とした「八」人の支持者・補佐役(側近ブレーン)》から構成される「公」儀=豊臣「政権」=連合「政権」を構築し(《「大万」の政治思想》),③そうして地上のゆるぎない「万」機としての豊臣体制(政治体制)=中央集権国家体制のもとで天下万民のための天下泰平の世の構築の実現を目指したのである(《「大吉」の政治思想》)。 加えて三成は,反戦平和主義,戦争回避主義の立場に立って,日本国内における経済優先主義の主張を展開したのであった。そしてそのために三成は,《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》に基礎づけて,「一」=天下人豊臣秀吉のもとでの「八」=豊臣「政権」における三成を中心とした武家=諸大名の協力を得ながら,何としても天下万民のための天下泰平の世の構築を実現しようと全身全霊を傾けたのであった。 石田三成における《「大一大万大吉」の政治思想》は《「愛」の政治思想》であるが,それは古代における宇宙論=《「九」の政治思想》=《「一」+「八」の政治思想》の延長線上に位置づけられるのであった。その意味で三成の天下国家論=中央集権国家論=公武合体論は,古代国家論の再編を目指したのである。