著者
瀧澤 弘和
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
no.329, 2020-06-05

近年ゲーム理論の一部で,これまでほとんど省みられなかったデイヴィド・ルイス独自の共通知識概念が新たな関心を呼び起こしている.本稿は,この研究潮流の存在を背景として,ルイスの『コンヴェンション』を改めて読み解き,ゲーム理論を経由した現代の経済学的制度論の視点からその射程と限界を見定めることを目的とした研究ノートである.ルイスの分析枠組は,ある特定の性質を持った事態(基底) が存在することとして共通知識を定義することで,共通知識が生成されるメカニズムを明示的に論じることができる点で独自であり,ゲームをプレーする主体の経験の共有がゲームの均衡プレーを可能にするという「外在主義的」な魅力を持っている.また,コンヴェンションの当事者たちがコンヴェンションに関する知識を持つという主張のように,制度の知識の問題を明示的に取り上げたことは,制度批判や制度変化における反省的思考の役割の考察可能性を開くものである.しかし,ルイスがコーディネーション問題だけに焦点を当てたことは,彼の議論を制度一般の理論へと拡張しようとする際にいくつかの点で慎重でなければならないことを意味している.また,彼がなぜ「コーディネーション均衡」という一般的でない均衡概念を使用しているのかという,これまであまり明確に回答されていなかった謎について,コンヴェンションが規範の一つの種だとする主張に結びつけた解釈を提示する.
著者
谷口 洋志
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
vol.250, 2015-03-01

アベノミクスにおける経済政策の目標は、短期的にはデフレ脱却、中長期的には持続的経済成長であり、それを実現するための政策手段が、大胆な金融緩和政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略から構成される「3つの矢」である。アベノミクスの経済政策は、表面的には名目総需要拡大の供給サイドの強化を目指す伝統的な経済安定・成長政策に見えるが、実際には長期国債買入等を通じてのマネタリーベースの拡大、巨額の債務制約下での予算編成、制度やルールの変更に伴う新たな規制の導入といった点で非伝統的な政策と理解される。 アベノミクスの成果として、株価、経済成長率、企業業績、雇用等における改善が指摘されることが多いが、経済指標を注意深く観察すると、アベノミクスの成果の幾つかは疑わしく、また、別の幾つかはアベノミクスの成果とは言いがたい。GDP水準やその成長率は最盛期の水準になく、景気や雇用は2009年後半から回復基調にあり、税収増の大部分は2014年4月の消費税増税によるところが大きい。株価上昇や円安の進展についても、2014年4月の量的・質的金融緩和の導入以前に大部分が実現し、大胆な金融緩和導入の影響はほとんどない。欧米の経済・金融・財政動向や、日米欧の金融政策スタンスの違いが株価や円安の動向に影響していると見られる。 アベノミクスの「第3の矢」である成長戦略はまだ実践されておらず、「第2の矢」である機動的財政政策の「拡張性」は著しく弱く、「第1の矢」である金融緩和政策はインフレ目標をまだ達成しておらず、実現の見通しも立っていない。特に、2%のインフレ目標の実現は、デフレ脱却から持続的な経済成長を実現するための最初の一歩と位置付けられていたので、アベノミクスは失敗したとは言えないまでも、約束を果たしていないと批判されざるを得ない。
著者
Masahiro SHINOHARA
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
vol.338, 2021-01-09

ニュージーランドの付加価値税であるGST(Goods and Services Tax:財・サービス税)は、単⼀税率(2010 年10 ⽉以降15%)で課税ベースが広く、経済活動に対して中⽴的な税制として国際的に⾼く評価されている。本稿の課題は、ロジャーノミクス(Rogernomics)における税制改⾰に注⽬し、GST 導⼊の背景を明らかにすることである。そのために、①税制改⾰前の租税構造の推移および国際的視点からの特徴、②税制改⾰の背景にある当時の経済状況および改⾰前の税制の問題点、③労働党政権での税制改⾰の意義および改⾰の概要、④消費課税改⾰に関する諸議論に注⽬し、論点を整理する。 1980 年代の労働党政権下における税制改⾰を論じたわが国の先⾏研究として、⼤浦(1995)、松岡(1999a;1999b)、渡辺(2011)がある。⼤浦(1995)は、税制改⾰に限定せず、労働党政権の⾏財政改⾰に焦点を当て論じている。また、松岡(1999a;1999b)は、税制改⾰の意義、内容、問題点を探っている。渡辺(2011)は、GST 導⼊から2010 年税制改⾰に⾄るまで、GST の変遷を概観している。いずれにおいてもGST が取り上げられているが、本稿ではGST 導⼊の背景の議論に焦点を絞り、これらの先⾏研究よりも詳細に論ずる。 GST の導⼊は、ロジャーノミクスの経済改⾰の⼀環として実施された税制改⾰の⽬⽟であった。個⼈所得税に依存した税制によって発⽣する不公平や効率性の低下の是正、卸売売上税の抱える問題点の解決、財政⾚字削減といった事柄に対応するために導⼊された。税制改⾰とセットで給付制度の⾒直しも実施されたが、これは単にGST の逆進性を緩和する⼿段としてではなく、低中所得階層の⼦育てを経済⽀援することが⽬的であった。残された課題として、GST の制度設計を巡る議論およびGST 導⼊による経済効果の考察があるが、これらは別稿に委ねる。
著者
魏 旭 高 晨曦
出版者
中央大学経済研究所
雑誌
経済研究所 Discussion Paper = IERCU Discussion Paper
巻号頁・発行日
vol.294, 2017-12-01

マルクス経済学の理論的体系、その論理的出発点を全体的、構造的、科学的に把握し、その性質を究明するには、その論理的出発点と帰結とを結合することが是非とも必要である。唯物論的弁証法の総原則に基づき構築されたマルクス経済学の理論的体系は、科学的な抽象方法を用いた、研究のプロセスとシステム的記述プロセスとの統合であり、演繹法による資本制生産様式の発展という歴史的過程の論理と、本質と規律とに対する分析との総括である。これはすなわち、研究方法と叙述方法とが独立的、断絶的な段階や方法ではなく、同じ研究プロセスで交代的に使われている方法であることを意味する。したがって、この体系全体の構築に関わる歴史と論理との関係には、厳格な一致は必ずしも要求されない。その代わりに、歴史の発展プロセスに立ち戻る事後的論理的分析と総括とが要求されている。このような方法論的体系に従い、マルクスは、最も具体的な規定――世界市場という次元での商品の規定――から出発し、商品一般を抽出し、これを自己の論理的出発点としたのである。そして、抽象から具体に進み、最後はまた資本の産物であり、最も具体的である、世界市場という次元での商品という論理の帰結に立ち戻り、資本主義経済の運行法則をわれわれに提示してくれた。その法則によると、資本主義は必然的に終焉を迎え、共産主義に移行する。マルクスの経済学体系の研究方法と論理的出発点の標定(方法)は、中国の特色のある社会主義的政治経済学体系を研究し、とりわけその体系の論理的出発点を構築しようとしているわれわれにとっての、重要な指針であろう。