著者
永田 俊代
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.1-8, 2004-03-25
被引用文献数
1

本稿では,うつ状態と診断された患者のうち,職場ストレスが発症要因と考えられた30歳代,40歳代,50歳代の男性患者47名を対象に,受診状況調査及びロールシャッハ・テストを行い,男性職場不適応者のうつ状態について検討を行った。受診状況調査では,夏目らのいう職場不適応症の中核群に該当すると思われる配置転換や昇進などの職場要因と几帳面,生真面目,融通性に乏しいなどの性格傾向の絡みによって発病するものが多く,また,転帰についても,比較的良好な経過を辿る者が多かった。ロールシャッハ・テストでは,これまでうつ病の特徴として挙げられているように,外界への反応性の低下はみられるものの,エネルギー全般に枯渇しているのではなく,むしろ内面活動の活発さが認められた。また,転帰の不良な者の中には,パーソナリティの歪みの大きい者が含まれるなど,全体として把握するのは困難と思われた。最後に,本稿は1994年度の修士論文の一部に加筆訂正したものである。その後,長引く不況の中で,勤労者を取り巻く状況は一層深刻さを増している。労働省(現厚生労働省)の勤労者の健康調査によると,仕事上の不安や悩みなどストレスを感じている勤労者は増え続けている。また,いわゆる過労自殺も増加し,中高年の自殺者数も1998年から3万人を突破し続けている。このような変化の中で,小田(1999)は,縦断的な調査から,集団的な日本型経営の衰退と共に,日本型の産業人の特徴である律儀で仕事熱心な気配り人間が薄れつつあると報告している。また,職場不適応者においても,荒井(2000)は,従来の過剰な帰属意識に伴って生じていたうつ病は減少し,帰属意識の希薄な頻回欠勤症,逃避型抑うつ,人格障害,適応障害などが増加していることから,職場のメンタルヘルスに精神障害ではないメンタルヘルスも取り上げていく必要があると説いている。このように,時代の変遷と共に変化する職場不適応者に対して,今後,さらに包括的な視点から見ていくことが必要であろう。
著者
下笠 幸信
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.71-80, 2004-03-25
被引用文献数
1

現在,児童養護施設では入所児の約半数が被虐待事例であり,今までの集団処遇から個別処遇が重要視され始めている。その為,平成11年度より心理職が配置されるようになり施設内治療が行われるようになった。しかし,今まで集団処遇のみ行われてきた施設での個別処遇は様々な困難が付きまとい,多くの課題を残している。本研究では遊戯療法の事例を通して,児童養護施設という特殊な枠の中での治療と,被虐待児のセラピーに特徴的に見られるアンビバレントな感情や行動,特に攻撃性と依存性について,先行研究を元にそのメカニズムが施設内での被虐待児の遊戯療法の中でも観察されるものであるのかを検証した。セラピーが進むにつれ,主訴とされていた問題行動より,セラピストとの関係性が非常に重要な問題となってきた。これはAの"心の傷"が過去の人間関係の中で生まれ,育ってきたものであるという事を決定的に物語っている。この精神的外傷体験の為,Aの自己治癒能力は著しく阻害され,愛着対象の良いイメージを内在化することが困難であった。またセラピーの中でAは激しい攻撃性と依存の表出を繰り返していたが,その根源的な問題として"不安"があり,Aが真に護られているという感覚を持てなかった為であるかも知れない。Aはその不安から逃れる為に支配・被支配の関係を結び,反復強迫的に攻撃を繰り返していたが,thがAの行動に理解をし始め,制限を強固なものとしてプレイルームが真に安心できる場として存在した時,thとの真のラポール形成が進み,基本的信頼感を構築していく事が可能になるのではないだろうか。Aはセラピーの中で攻撃を繰り返し,それでも切れない関係を体験していき,治療後期ではAの中に衝動性をコントロールするプレーキが内在化され,Aの成長していく姿が如実に示されていた。最後に,本研究は施設内での遊戯療法の1事例であり,施設児が抱える多大な心理的問題を全て見つめる事は出来なかったが,同時に新たな課題が生まれ,これらを今後の筆者の児童養護施設での治療実践に役立てられるよう,また子ども達の生活を支える現場職員との連携を今まで以上に大事にし,施設全体が子ども達にとって"抱える環境"となるよう,心理職員の役割と意義について更なる検討を行っていく事が筆者の今後の課題である。
著者
河合 淳子 松井 琴世 小原 依子 松本 和雄
出版者
関西学院大学
雑誌
臨床教育心理学研究
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.53-64, 2004-03-25
被引用文献数
2

本研究は,心臓音と笑い声という2つの音刺激を被験者に呈示することにより,音刺激聴取時における心身の変化を観察するものであった。それぞれの刺激による,生理反応と心理指標を用いて評定を行うことにより,生理的・心理的影響の変化を検討し,音刺激の精神生理学的研究を行うことを目的とした。本実験は,関西学院大学の学生28名,音楽系大学の学生5名(平均年齢21.4歳)を対象とした。実験では,効果音を集めたCDより選択した心臓音と,数人の人間が実際に笑っている声を録音した笑い声を呈示し,それぞれの音刺激聴取時と,安静(無音状態)時における生理反応を測定した。実験で測定されたのは脳波・筋電図・心拍・呼吸・皮膚電気反射・血圧であり,本研究では脳波・筋電図・心拍・呼吸・皮膚電気反射の指標を用いた。また,各音刺激呈示後に,音を聞いている時の気分について12項目,音を聞いている時の心身の自覚について10項目,音の印象について7項目の評定を求めた。各音刺激による生理反応について,中枢神経系である脳波においては,いずれの刺激においても,安静時と刺激呈示時の間でのα波の出現比率に有意な増加は認められなかったもの,β波には有意な増加が,θ波には有意な減少が認められた。呼吸は,安静時と心臓音呈示に有意な増加傾向が認められ,安静時と笑い声呈示には,有意な増加が認められた。皮膚電気反射では,安静と心臓音呈示に有意な減少が認められ,安静時と笑い声呈示には有意な増加が認められた。心拍では,安静時と心臓音呈示に有意な減少が,認められ,安静時と笑い声呈示にも有意な減少が認められた。頤筋においては,心臓音と安静時には有意な差は認められず,安静時と笑い声呈示に有意な増加が認められた。各音刺激においての心理評定では,音を聞いている時の気分においては,心臓音では,「気持ちがくつろぐ」の項目に最も高い値が得られ,笑い声では,「落ち着かない」「集中できない」の項目に高い値が得られた。音を聞いたときの心身の自覚においては,心臓音聴取時の自覚が快の自覚を表す項目に偏り,笑い声聴取時の自覚が不快の自覚を表す項目に偏った。また,心臓音呈示では,「眠くなる」の項目に最も高い値が得られ,笑い声呈示では,「目がさえる」の項目に最も高い値が得られた。音の印象においては,心臓音が,力強い,重々しい音であるという結果が得られ,笑い声が,騒々しく,鮮やかな音であるという結果が得られた。以上の生理指標と心理評定の結果により,心臓音は,α波の出現による「癒し」の効果は認められなかったものの,皮膚電気反射や頤筋の反応回数の減少による緊張感の減少や,音を聞いている時の気分で「気持ちがくつろぐ」という項目に高い値を示し,心身の自覚では快の項目に偏りを見せ,音の印象も肯定的なものであったことから,心身の安定を促し,気持ち落ち着かせる効果のある刺激であることが推察された。また,笑い声は,β波の増加やθ波の減少での覚醒水準の上昇や大脳の興奮性の高まりが顕著であり,頤筋や皮膚電気反射の反応回数増加で緊張感が増していることや,音を聞いている時の気分において「落ち着かない」「集中できない」に高い値をしめし,心身の自覚において不快の項目に偏りを見せ,音の印象においては,「騒々しい」に高い値を示していることから,緊張感を高める不快な刺激であったと推察される。本研究は,胎児が母親の胎内で聞く心臓の拍動音が,幼い子どもに対しても,「癒し」の効果が認められるのに対し,成人したものに対しても同様の効果が得られるのかを示唆したものであったが,今回の実験では,聴覚刺激のみでの実験であり,「癒し」の効果は認められなかった。しかし,心臓音には,心身の安定を促す効果が示唆されたことから,今後の研究において,実験の環境や,心臓音と共に何らかの刺激を与えることなどで,「癒し」の効果は認められると推察される。また,笑い声については,笑うことでの「癒し」の効果が報告されているが,笑い声という聴覚刺激のみでの効果に「癒し」の効果が認められるのかどうかを示唆したものであったが,笑い声刺激は被験者に不快感を与える結果となり,「癒し」の効果は得られなかった。また,笑い声を聞くことだけでは,被験者自身が笑うという効果は得られず,笑うことでの「癒し」の効果も得られなかった。以上のことより,「癒し」の効果は,単一の刺激のみで得られるものではなく,さまざまな要因が重なり合って得られるものであることが推察された。