著者
玉置 佳菜子
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.8, pp.67-82, 2014-03
著者
玉置 佳菜子
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.8, pp.67-82, 2014-03
著者
井田 貴子
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.7, pp.108-134, 2013-03
著者
井田 貴子
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.7, pp.108-134, 2013-03
著者
丸山 倫世
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
no.7, pp.14-42, 2013-03

序論 : 問題意識 : 以下に引用するのは、2000年代前半に発表されたふたつの小説の冒頭である。 / 辻ちゃんと加護ちゃんが卒業らしい。まだ眠たい目で食卓に座ってミルクティーをすする俺の位置からは、父親がリフォーム番組に触発されてつくったくつろぎスペースとやらにあるテレビが遠くに、ほぼ真横を向いて、画面が三センチほどしか見えないのだが、加護ちゃんがあの可愛らしい声で今後の抱負らしきことを語っているのが聞こえたので、まぁ多分卒業なんだろう。(3 頁) / サンタクロースをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、それでも俺がいつまでサンタなどという想像上の赤服じーさんを信じていたかと言うとこれは確信をもって言えるが最初から信じてなどいなかった。(5 頁) / 前者が白岩玄の『野ブタ。をプロデュース』(河出書房新社、2004年11月)、後者が谷川流の『涼宮ハルヒの憂鬱』(角川スニーカー文庫、2003年6月)である。いずれの作品も後に映像化されて人気を博したから、広く受容されたと言ってよい。引用部分からわかるように、この二作は一見非常によく似た読後感をもたらす。まず物語の舞台が高校であり、登場人物の高校生どうしの交流によって物語が展開することがその要因のひとつであろうし、また、コミカルでまんが的な人物が多数登場することもそうした印象の一因である。しかし最大の要因は、引用部分の調子で延々とテクスト全体を覆い尽くす軽薄でコロキアルな文体であろう。……
著者
石川 優
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
no.2, pp.87-102, 2007-03

1. はじめに : 既存のマンガやアニメ、ゲームなどを基にした、ファンによる二次的な表現行為、およびそれによって生み出されたテクストを、総じて〈二次創作〉という。所謂〈オタク〉の人々による造語であり、具体的には同人誌や同人ゲーム、フィギュア制作、コスチューム・プレイ(コスプレ)などの形態をとる。二次創作は同人誌即売会などを介して展開され、ファン同士の交流の手段として機能している。約30年の歴史をもつ同人誌即売会である〈コミックマーケット〉には、現在、1回の開催につき2万3千から3万5千サークルが参加し、40万人前後の一般入場者が集う。コミックマーケットという巨大イベントの主流が二次創作であることからも、その隆盛がうかがえる。……
著者
石川 優
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.10, pp.3-20, 2017-03
著者
吉田 はるみ
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
no.9, pp.68-87, 2015-03

1. はじめに 女性の映画 : 何をもって一本の映画を女性映画と呼ぶのか? 女性の映画を論考するにあたりまず定義すべきこの概念は一筋縄ではいかない。監督を含む制作スタッフとして女性が関わっている、女性を描いている、あるいは女性の受容者を意識して作られている――これらのいずれの場合にも、その作品を女性映画と呼ぶことが可能であり、こうした意味での女性映画は時代や映画文化を超え、ジャンルを超えて存在する。少なくとも過去二十年間の日本における新作公開外国映画を俯瞰してみると、上に述べたいずれの意味でも女性映画の様態が変化してきたことがわかる。……
著者
尾勢 和泉
出版者
大阪市立大学文学研究科表現文化学教室
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
no.6, pp.98-105, 2011-03

序論 : 香川県にある直島は、芸術観光の島として株式会社ベネッセによってプロデュースされてきた。2009年7月、この小さな島に、実際に入浴できる銭湯を基盤としたアート作品〈I ♡湯〉(アイ・ラブ・ユ)が誕生した。作者は大竹伸朗。彼はニュー・ペインティングやネオ・ポップといった、広告やメディアなどの大衆文化を取り入れた現代アートの流派に位置づけられ、絵画以外にも音楽や写真、絵本など様々なメディアを使い、多面的な活動を行っている作家である。……
著者
矢吹 まい
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
no.3, pp.96-111, 2008-03

なぜ人はノスタルジアに浸るのか : そもそも、ノスタルジア(nostalgia)ということばは、ギリシャ語のnostos(家へ帰る)と algia(苦しんでいる状態=苦痛)に由来している。つまり、故郷へ帰りたいと切なく恋焦がれるという意味を持つ。故国から遠く離れて、ヨーロッパのどこかの専制君主の軍隊に所属して戦っていたスイス人傭兵によく見られる「病気」として認識されていたこの言葉が、病理学的基盤から解き放たれ、いわば脱軍隊化、脱医学化するようになったのは、20世紀に入る直前のことである。ひとたび通俗的な用語法のなかに取り込まれてしまうと、もとの語義からの方向転換が著しく進み、今日では、「ノスタルジア」という言葉からホームシックそのものを連想する人は少なく、これを「病気」として捉える人もほとんどいない。それでは、我々が今日体験する「ノスタルジア」とは、一体どのようなものなのか。それを確認するために、ここではまず最初に F. デーヴィスの著作『ノスタルジアの社会学』を参考にしつつ、昨今の昭和ブームを語る上で欠かすことのできない「ノスタルジア」に関する分析を行ってみたい。
著者
野末 紀之
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.1, pp.81-94, 2006-03
著者
野末 紀之
雑誌
表現文化
巻号頁・発行日
vol.1, pp.81-94, 2006-03