- 著者
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久保田 翠
Midori KUBOTA
- 雑誌
- 論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
- 巻号頁・発行日
- vol.62, no.2, pp.89-110, 2015-12
作曲家クリスチャン・ウォルフ(1934-)は、1957-68年にかけて独自の図形楽譜を編み出し、その中で三つの特徴的な手法を用いた。すなわち、「比率ネウマ」「キューイング」「コーディネート線」である。「比率ネウマ」は、ある限られた数秒内に演奏する内容を示す手法である。予め規程された秒数(コロン左側の数字)の間に、予め指示された演奏内容(コロン右側の数字もしくは/及びアルファベット)を演奏しなければならない。「キューイング」は、「他者のこのような音が聞こえたら、どのように反応するか」ということを規定するものである。ウォルフの図形楽譜においては、白丸の中に音量や音域といった音の条件を書き込んだものが「キュー」として示される。該当する条件の音が他者の演奏から聞こえたと判断した際、奏者はすぐさまそのキューの傍らにある記号を演奏しなくてはならない。「コーディネート線」は、自分の音と他者の音をどのようにアンサンブルさせるかを厳密に規定するものである。音と音との間には垂線や水平線・斜線が引かれ、音の前後・同時関係や音長の決定方法を示す。ウォルフは五線譜の仕組みを下敷きとした図形楽譜作品から出発しながらも、「持続する直線(五線)=要素の連続性」を早々と放棄した。その後まずキューイングを導入したことにより、演奏経過時間を示す必要がなくなり、それにより音が拍子や作品全体を貫く時間軸から解放された。さらにコーディネート線を導入したことにより、音の同時的関係をより厳密に設定することが可能になった。音は「計測出来る時間」から解放され、一回毎の演奏の身振りや個々の音の様態がそのまま作品全体へと影響するようになったのである。