著者
小松 秀雄
雑誌
論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.19-34, 2017-06-20

江戸時代後期から昭和初期にかけて農村地域では多くの神社境内に木造の農村舞台が造られ、地芝居(農村歌舞伎や人形浄瑠璃)が上演された。しかし、戦後の高度経済成長の過程でテレビが普及し娯楽が多様化するにともない、ほとんどの地芝居は行われなくなり、多数の農村舞台が取り壊された。本論文の第1章では、1960年代から30年にわたり実施され発表されてきた農村舞台の調査研究の資料を再検討してみる。第2章では高室芝居と播州歌舞伎の歴史的変遷を考察する。江戸時代後期から大正時代まで高室芝居の座 (劇団) は、播磨の国あるいは兵庫県における農村舞台で大活躍したが、昭和10年までにすべての座 (劇団) が解散してしまった。戦後になって東播磨の多可郡多可町に播州歌舞伎クラブが設立され高室芝居の伝統を受け継ぎ、兵庫県内外で活発に公演を続けている。本論文では、歴史社会学の視点から農村舞台あるいは地芝居に関する多様な郷土資料を分析し論述してみる。
著者
久保田 翠 Midori KUBOTA
雑誌
論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.89-110, 2015-12

作曲家クリスチャン・ウォルフ(1934-)は、1957-68年にかけて独自の図形楽譜を編み出し、その中で三つの特徴的な手法を用いた。すなわち、「比率ネウマ」「キューイング」「コーディネート線」である。「比率ネウマ」は、ある限られた数秒内に演奏する内容を示す手法である。予め規程された秒数(コロン左側の数字)の間に、予め指示された演奏内容(コロン右側の数字もしくは/及びアルファベット)を演奏しなければならない。「キューイング」は、「他者のこのような音が聞こえたら、どのように反応するか」ということを規定するものである。ウォルフの図形楽譜においては、白丸の中に音量や音域といった音の条件を書き込んだものが「キュー」として示される。該当する条件の音が他者の演奏から聞こえたと判断した際、奏者はすぐさまそのキューの傍らにある記号を演奏しなくてはならない。「コーディネート線」は、自分の音と他者の音をどのようにアンサンブルさせるかを厳密に規定するものである。音と音との間には垂線や水平線・斜線が引かれ、音の前後・同時関係や音長の決定方法を示す。ウォルフは五線譜の仕組みを下敷きとした図形楽譜作品から出発しながらも、「持続する直線(五線)=要素の連続性」を早々と放棄した。その後まずキューイングを導入したことにより、演奏経過時間を示す必要がなくなり、それにより音が拍子や作品全体を貫く時間軸から解放された。さらにコーディネート線を導入したことにより、音の同時的関係をより厳密に設定することが可能になった。音は「計測出来る時間」から解放され、一回毎の演奏の身振りや個々の音の様態がそのまま作品全体へと影響するようになったのである。
著者
景山 佳代子 Kayoko KAGEYAMA
雑誌
論集 = KOBE COLLEGE STUDIES
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.11-18, 2017-06-20

この研究ノートは、大阪府西南部地域にある忠岡町の外国人居住者に対する日本語教育の取り組みについての調査の経過報告である。在留外国人に対する日本語支援の取り組みは決して十分と言えるものではなく、多くはボランティアを中心に実施されている。このような現状にあって、日本在住の非日本語母語話者にとって日本語教室がどのような場所として機能しているのか、また彼らが暮らす地域住民、地方自治体との関係性とはどのようなものなのかを明らかにするために本調査は実施された。調査地とした忠岡町の人口は1万8千人ほどだが、在留外国人の割合は大阪府下でも3番目に高く、とくにインドネシア、ブラジルなどの出身者が多い地域となっている。調査は2013年8月から、主に月2回の日曜日に開催される忠岡町の日本語教室を対象に行っている。参加者の出身地はインドネシアやベトナム、タイ、中国、ブラジルなどで、その多くは技能実習生として来日した者である。ボランティアの日本語指導員は、たった一人でこの教室の運営をしているが、日本語学習だけでなく学習者同士の交流や地域行事への参加の機会を用意してもいる。日本語教室の参与観察として日本語指導員へのインタビューなどから、忠岡町の日本語教室が学習者にとってどのような場所として機能しているのか、その調査の経過を報告する。