著者
黒田 景子
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.2, pp.17-40, 2019-03

マレーシアのクダーには歴史史料に登場しない情報を民衆が口承伝統として残している場合がある。近年クダーのマレー人ムスリムたちが自らの祖先の墓や歴史について古老の情報を残そうとし、それをマレー語のブログなどに公開する動きがある。特にタイ軍がクダーを攻撃占領した時期(1821-1842)は異教徒によるムスリムの支配時代の苦難と抵抗の時代としてクダーの村々で多くが伝承されている。本稿で扱うコタムンクアン村の伝承は 南タイから戦乱を逃れてきたマレームスリム王族の一団がこの村を築城し住み着いていたが、1821年のタイ軍の攻撃で一族がほぼ殺害されたというものである。しかし、残った長男の直系子孫によって伝えられたその王名がナコンシータマラート国主のタイ語の欽賜名を持っていること、マレー語ではなく「シャム語」と彼らが呼んでいるタイ語の南タイ方言に類似した言語を話していたことがわかった。クダーには現在はマレー語教育が浸透して数少なくなっているが、「シャム語」起源の地名は多く、また現実にシャム語を日常語としている村々が少数ながら存在していて、クダーとタイの長い歴史関係を物語る。ところが、この伝承がネットで公開されると熱心な支援者が現れ、独自の解釈をしてアユタヤ王朝は実はイスラーム王朝だった、その版図はインドの一部からマレー半島のマラッカ、ビルマの一部からフィリピンに至るという「奇説」に発展し、それを支持する人々が次々とネットで二次利用するようになった。マレーシアの歴史学会は歴史フォーラムを開いて独自の解釈をする情報提供者がよりどころとする歴史的資料である「クダー法」や「メロンマハーワンサ物語」から距離をおいて、「コタムンクアンの主」の「シャム語」話者ムスリム王についての発表を行ったが、現在も「アユタヤ朝最後の王はクダーに逃げてきてその子孫がいる。アユタヤ朝はイスラーム帝国だった」という言説がマレー語のWikipedia に乗るまでになった。なぜこのような説が熱心に支持されるのかを考察すると、歴史的に「シャム語」を話していた南タイからクダーに至る地域のムスリムが、1909年に英領マラヤに編入され分断されたことで、ムスリムの中のマイノリティとなり、かつて彼らが他者からサムサムと呼ばれ「敬虔ではないムスリム」と評された経験からマレー語話者ムスリムの中で「シャム語」を話すことを恥としたり、引け目を感じるアイデンティティの危機に陥っている現状が見えてきた。コタムンクアンの主アブ・バカール・シャーはクダーの歴史書に登場しない「シャム語」話者の「自らの歴史」に通じるものとして、過ちを検証されないまま民間での通説に成りかかっている。
著者
冨山 清升 庄野 宏
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.4, pp.101-116, 2021-03

現在、AI やビックデータの処理といった新たな情報科学分野が発展しつつあり、日常生活においても急速に浸透しつつある。これらの分野を扱う基礎科学は数理データサイエンスと呼ばれており、大学においても全大学生の必須の知識として身につけることが求められている。鹿児島大学では、数理データサイエンス教育(以下DS 教育と略す)を全学必修科目として教える事が計画され、2020年度から実行に移された。鹿児島大学におけるDS 教育の全学必修化は、2019年度5月から共通教育センターにより計画立案されたが、異例の短期間で実施することができた。鹿児島大学におけるDS 教育の教育プログラム具体化の過程を、他校の事例の調査、各学部との折衝、鹿児島大学独自案の策定、各種会議の承認、などの観点からまとめた。また、DS 教育の基本プログラムとして、1年次に全学必修科目となっている「情報活用」にDS 教育の初歩的内容として組み込み、1・2年次に主に理系学部で準必修科目となっている「基礎統計学入門」をDS 教育の応用的内容として位置づけ、各学部の専門課程で行われるDS 教育の専門的内容につなげていく、積み上げ式のカリキュラム内容を示した。
著者
出口 英樹
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.4, pp.12-26, 2021-03

近年の大学(高等教育)支援政策は競争的かつ特定事業支援型である。すなわち、国が大枠的な目的や方向性を確定した上で各大学がその具体策を競い合うものとなっている。その一方で、このような政策の背後には「全学的教育改革」という含意を見て取ることができる。これは、「学位の質保証」や「高等教育の実質化」などの観点から体系的なカリキュラムの構築や学習成果の可視化という文脈と軌を一にするものである。本稿の目的は、①特定の事業を支援する政策の成果として、(当該特定事業ではなく)全学的教育改革にどのような成果があったのか、②成果があった大学の共通点は何か、③充分な成果が挙げられなかったのならば問題点はどこにあったのか、を解明することにある。これを検証するため、本稿ではCOC / COC+ に採択された国立大学の動向に着目する。当該大学において、上記の隠された政策意図がどのように実現したのか、それぞれの大学がウェブサイトや報告書等を通じて発信する情報、及びCOC / COC+ 事業の外部評価結果などを分析し、上記の目的を達成する。その結果、問いに対して以下のような結論を得た。すなわち、①多くの大学で一定の成果があり、特に成果の大きな大学においては全学のカリキュラム改革や教育資源の再配分などの成果があった、②成果のあった大学では全学的な意思決定や合意形成がなされていると見られるという共通点があった。そして③成果の乏しかった大学においては全学的な意思決定や合意形成が脆弱であり、全学的なカリキュラム改革も教育資源の再配分も遅れ気味であることが推察された。
著者
高橋 玄一郎
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.2, pp.53-66, 2019-03

These notes and discussion are primarily concerned with English comparative and equative constructions such as in the following two discourse fragments : 1) Taro was born on March 21th, while Jiro was born on February 20th of the same year. That means Jiro is older than Taro rather than * Jiro is as old as Taro. 2) Taro always gets better grades than his brother, Jiro. Although Jiro is as bright as Taro (cf. Jiro is brighter than Taro), he is not as good at taking tests. Judging from the results of the test using the two discourse fragments above, some first year college students seem to be confused with the difference in meaning of the two types of constructions: "X -er than Y" and " X as ⋮ as Y. " Researchers have elucidated equatives do not merely indicate strict identity between the two entities (X and Y), but convey a meaning of the same or more (cf. not" exactly equal" but" at least equal"). In order to better understand the subtlety of meaning regarding the context of particular situations, excerpts from narrative passages and dialogues are provided. Also, the practical use of similar expressions will be demonstrated by using a scene from the classic story called" The Praising Game"
著者
津曲 達也 中里 陽子
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.4, pp.64-75, 2021-03

大学同窓会とは、大学関係者が大学や他関係者との関係を形成し、維持する場である。特に大学の卒業生は、大学同窓会への参加を通して、大学や大学時代の友人との関係を維持し、個人のプライベートを充実させるための情報交換を行っている。こうした場は、時に大学卒業生のビジネスチャンスを生み出すことさえある。こうした背景から、大学同窓会は今や社会的に重要な存在であると認識されている。その一方で、従来の研究では、社会的価値を持つ大学同窓会の特徴を定量的に検討したものはほとんど見当たらない。大学同窓会における参加者間の関係構造や相互作用そのものを定量的に検討することが外部の研究者にとって困難だったからである。本研究は、大学同窓会における参加者間の関係構造(ネットワーク)に着目し、大学同窓会の特徴を定量的に解明することを目的とした。具体的には、大学同窓会誌を活用して、大学同窓会会合における話題提供者を特定し、話題提供者を中心とした参加者間の紐帯の強さを明らかにすることを目的とした。調査対象は、早稲田大学のある特定の学年の同窓会として開催された1957年12月~1967年8月の約10年間の会合(96回)とした。早稲田大学の同窓会は、一般でも入手可能な同窓会誌を発行している。そして本研究で調査対象とした学年の同窓会は、ネットワーク分析を可能とする長期にわたる欠損のほぼないデータを収集することができたものである。分析は、次の手順で行った。まず、同窓会誌に掲載された会合記録の開催日時と参加者情報をもとに、各会合において、全ての参加者間の紐帯の強さを定量的に算出し、紐帯の強さの分布を観察した。次に、会合記録に記載された情報をもとに各会合の話題提供者を特定し、各提供者と他の参加者との紐帯の強さを定量的に算出し、その会合の参加者間の平均的な紐帯の強さと比較した。これらの分析の結果、次の2点が明らかになった。第1に、各会合において、ほとんどの参加者間の紐帯の強さは、弱いものであった。第2に、各会合の話題提供者と他の参加者との紐帯の強さは、各会合における参加者間の平均的な紐帯の強さよりも弱いことが示された。これらの結果は、大学同窓会の会合が全体として弱い紐帯の参加者らで構成されており、特に会合における話題提供者は参加者間の中でも極めて弱い紐帯をもつことを示すものであった。The university alumni association is the venue for people with ties to the university to form and maintain collegiate relationships and address other persons' concerns. In particular, graduates maintain their relationships with the university and friends made there and exchange information to enhance their personal lives by participating in the university alumni association. The association even produces business opportunities for university graduates.Against this background, the university alumni association is now acknowledged as an important societal organization. However, previous academic studies have rarely examined the characteristics of university alumni associations that have social value quantitatively, perhaps because it was difficult for external researchers to examine relationships and interactions between university alumni participants quantitatively.This study was focused on the relationships (network) between university alumni association participants; the aim was to examine the characteristics of university alumni associations quantitatively. Specifically, university alumni association yearbooks were used in this study, and the topic providers for the alumni associations were identified. The aim was to examine the strength of social bonds among participants and topic providers quantitatively.The survey covered 96 alumni association meetings held over a period of about 10 years (December 1957–August 1967) for a particular grade at Waseda University. The Waseda University Alumni Association publishes a publicly available alumni yearbook. The alumni associations for the grade surveyed in this study were the ones for which we were able to collect long-term, non-deficient data that allowed us to conduct a network analysis.The analysis was carried out according to the following procedure. First, the strength of the quantitative ties between participants at each meeting was calculated based on the date and time of the meeting and participant information in the meeting records published in the alumni magazine. Next, the topic providers for each meeting were identified based on the information provided in the meeting records, and the strength of the ties between each provider and the other participants was calculated quantitatively.The results of these analyses revealed the following. First, the strength of the ties between participants at each meeting of the Waseda University Alumni Association was mostly weak. Second, the strength of the ties between the topic provider and other participants at each meeting was weaker than the ties between the other participants.These results indicate that the university alumni association meetings as a whole were attended by participants with weak ties, and the topic presenters at the meetings had very weak ties with the participants.
著者
出口 英樹 大前 慶和 石走 知子
出版者
鹿児島大学
雑誌
鹿児島大学総合教育機構紀要
巻号頁・発行日
no.3, pp.13-25, 2020

大学の学部段階(学士課程)において、学位プログラムや学部横断型プログラムなど、新しい試みが始まっている。これは、ディシプリン(学問領域)に即して構築された学部・学科等に準拠する旧来の学士課程とは大きく異なるものである。だが、そのような取り組みの実効性については充分な検証がなされているとは言い難い。そこで本稿では、学部・学科におけるカリキュラムの標準的な履修モデルにおける学びを「縦の学び」、学部・学科を越えた領域横断的な(あるいはディシプリン横断型の)学びを「横の学び」と定義し、「『縦の学び』と『横の学び』には相乗効果が期待できるのではないか」との問いを立て、その検証を試みる。具体的には、2017年度より鹿児島大学が設置した「地域人材育成プラットフォーム」に着目する。これは同大学において地域人材を育成するために学部を横断して学びを展開する枠組みである。これに携わる学生は、それぞれの学部・学科等に所属しつつ、様々な地域の学びをも経験する。このような学生が、地域の学びとして得るものがあるのは勿論のこと、その地域の学びが自身の学部・学科等での学びに対してどのように影響するのか調査する。すなわち、これは学部横断型教育プログラムの意義を探ることのみを目的とするものではなく、むしろそのような学部横断型の学び(延いてはディシプリンを越えた学び)が、学士課程そのものにどう影響するのか、どのような意味があるのか、それを検証することが目的である。