著者
太田 孝彦
出版者
同志社大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2001

本研究は今まで等閑視されがちであった江戸時代の画譜に焦点を当て、それらがどのような作品をどのように収録しているかを分析することによって、江戸時代の美術史の様相を解明することであった。画譜の出版においては江戸時代中期、十八世紀初頭に活躍した橘守国と大岡春卜が代表的な存在である。そこで、大岡春卜が出版した『和漢名筆画本手鑑』(享保五年1720)と『和漢名画苑』(寛延三年1750)を取り上げ、そこに春卜の美術史観をうかがおうとした。彼は同時代美術を重視する姿勢を採っていた。『画本手鑑』において、彼は対象をよく知ることによって把握される動物の生態を生き生きと描き出す行為を重視する。狩野派の画家であり、絵手本として機能する画譜の出版でありながら粉本からの離脱を評価する。次にそのことと矛盾することになるが、装飾性という姿や形の美しさこそが世に賞賛されていると位置づける。さらに、奇想天外な意表をつく光景を略筆で描く「鳥羽絵」を「狂画」として「風流」な嗜みとして評価し、多く収録する。そして『名画苑』では、長崎に伝えられた最新の技法と感覚を評価する。また、一種の遊びの精神に満ちた絵、絵画におかしみを持ち込んだ作品、素人の絵画を高く買っていることも注目される。彼の関心が絵画の革新であることを告げる。このように、春卜は絵画革新の時代的潮流を敏感に感じ、「現在流行している作品は旧例の墨守ではない新しい試みの吐露である」と評価し、それらを画譜に掲載し、それらを通じてあるべき絵画の姿を語る。「戯画」である鳥羽絵が持つ「諧謔性」を従来にない絵画の特質と認識していたのである。鳥羽絵は町人の自由な精神の発露であり、これこそがあるべき絵画であると主張していたことを明らかにした。これが十八世紀初頭に生きた春卜の絵画観である。江戸時代に美術をそうしたものと考え、それを告げることが美術史であると考えていたことが明らかになった。

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