- 著者
-
井上 勝生
- 出版者
- 北海道大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2006
研究実績の概要は、次のようである。1)朝鮮に派遣され、農民軍を鎮圧した守備隊史料を、多数収集した。守備隊の史料を所蔵する防衛研究所図書館史料、守備隊が編成された四国四県の新聞史料など、総指揮官の出身地である山口県文書館の史料など、多くの新しい史料を発見した。朝鮮農民の死者、三万人以上の大被害が発生した。朝鮮守備隊は、広島大本営が直轄しており、日朝間の交信記録を分析し、最強硬の弾圧命令が大本営指導部から出たことを明らかにできた(成果報告書)。抗日農民戦争は、大規模になり、ソウルに向かっていた。大本営は、日清戦争を中国領へ拡げるなかで、欧米が、農民蜂起を名目に、朝鮮へ介入してくることを恐れており、朝鮮農民軍の殲滅作戦が着手されたのであった。現地の部隊ではなく、大本営の首相や外相も含んだ戦争指導部が、最強硬の弾圧作戦を指導したことが、後の日本近代史に影響を与えたことも指摘した。守備隊編成地、四国では、農民軍討伐作戦中の、戦死者の個別事例を、新聞史料から掘り起こした。地元部隊が、農民軍大討伐作戦に朝鮮に投入されたことは、今日、知られていない。参謀部日清戦史でも、記述がない。戦死者個別事例を靖国神社の殉難記録でみると、中国軍との、別の戦場での、別の日の戦死に、変えられていることが判明した。記録と記憶の抹殺である。なお史料を探索し、発表する予定である。守備隊の総指揮官は、幕末の長州藩の元志士であった。駐韓公使井上馨と、同じ有志隊に入っていたことも発見した。井上公使は、最強硬な農民軍鎮圧作戦を主導していた。この関係を発見したので、さらに、事実関係を調べて、発表する予定である。