- 著者
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加納 修
- 出版者
- 名古屋大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2008
西洋中世初期のフランク王国では贈与などの契約や紛争解決において多様な象徴物が用いられていた。その中でも、とりわけフェストゥーカと呼ばれる棒や茎は、フランク王権の伸張に伴ってブルゴーニュ、バイエルン、あるいは南仏へと広まっていった。しかし、その際に、各地の法的伝統にしたがってフェストゥーカの用い方や意味が変えられていった。王権の主導のもとフランク王国に同質的な法文化が広まったように見えるが、実際には地域的な法的多様性が残存していたのである。