著者
末岡 榮三朗
出版者
埼玉県立がんセンター
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

ヒト特発性間質性肺炎の中心的メディエーターは、THF-αと考えられている。肺にTNF-αを特異的に高発現するSPC-TNF-αトランスジェニックマウスを用い、TNF-αによって誘導されるサイトカインネットワークの活性化と、特発性間質性肺炎発症との関連を、分子生物学的に解明することを目的とした。更に、このマウスモデルを用いて、ヒト特発性間質性肺炎の予防及び治療法の検討を行った。本年は最終年度であるので2年間の研究成果について記述する。1) SPC-TNF-αトランスジェニックマウスは、生後一ヶ月がら、進行性の間質性肺炎を発症した。肺の組織学的変化を経時的に解析すると、(1)リンパ球が間質へ浸潤する第1期、(2)マクロファージの浸潤が加わる第2期、(3)肺胞上皮細胞の増殖と肺胞腔内へのマクロファージの浸潤を伴う第3期、の3つの病期に分類することができた。2) 上記3つのステージを、サイトカインネットワークの活性化について解析した。第1期では、TNF-αの恒常的高発現に続いて、IL-6及びIL-lβの発現が亢進し、第2期から第3期にかけてはIL-6の発現亢進が著しかった。したがって、間質性肺炎の進展には、TNF-αとIL-6が深く関与していると考えられる。3) 緑茶はTNF-αの遺伝子発現とTNF-αの遊離を抑制することを見いだしている。間質性肺炎の予防を目的として、SPC-TNF-αトランスジェニックマウスに緑茶抽出物を投与した。0.1%緑茶抽出物を4ヶ月間マウスに投与すると、肺でのTNF-αの産生は約30%抑制された。現在、緑茶による間質性肺炎の抑制機構を解明するため、組織学的解析を行っている。発症の予測が難しいヒト間質性肺炎に対して、緑茶のようにTNF-αの産生抑制作用を持ちながら毒性のない化合物を投与することは、ヒト間質性肺炎の新しい予防法にな杢と考える。
著者
菅沼 雅美 葛原 隆
出版者
埼玉県立がんセンター
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

ピロリ菌が分泌する発がん因子Tipαの受容体としてヌクレオリンを同定した。ヌクレオリンは本来核小体に局在するタンパク質であるが、胃がん細胞では異常に細胞表面に局在したヌクレオリンがTipαの受容体・輸送体として機能し、TipαによるTNF-α遺伝子発現亢進に関与することを明らかにした。胃がんの発症過程でヌクレオリンが細胞表面に異常に局在した細胞にTipαが作用してがん化を促進すると解釈する。ヌクレオリンとTipαとの相互作用は新しい胃がん発症機構である。
著者
瀬野 悍二
出版者
埼玉県立がんセンター
雑誌
がん特別研究
巻号頁・発行日
1985

癌細胞の自律増殖や悪性形質維持を決定する細胞内因子の遺伝的基礎を知るために、そのために分離した突然変異株とバイオテクノロジーの手法を駆使して以下の成果をおさめた。(1)ヒトの細胞周期関連増殖必須遺伝子のクローン化に成功し、増殖の調節機構を分子レベルで解明する端緒が開かれた。すなわち、【G_1】期の進行に関する約70キロ塩基対のDNA、【G_2】期の染色体凝縮を調節する約30キロ塩基対のDNA、およびDNA複製に必須なチミジル酸合成酵素の約23キロ塩基対のDNAで、いずれも生物活性を示した。DNAポリメラーゼαの遺伝子についてはクローン化に至らなかったが、遺伝子座をX染色体に決定した。(2)細胞周期におけるチミジル酸合成酵素遺伝子の発現様式を同遺伝子の上記クローン化断片をプローブにヒト正常2倍体線維芽細胞を用いて解析したところ、発現の調節は転写ではなく、転写以降のステップで行われていた。本成果は、癌遺伝子をはじめとする増殖関連遺伝子の今後の研究に新しい視点を与えるものである。(3)高温におくと染色体異常を誘発する突然変異株を分離した。この成果は、染色体の転座、欠失、増幅の機構を分子レベルで定量的に解析できることを約束する。(4)細胞の悪性化の指標とされる軟寒天内増殖が特定の未知増殖因子に依存することを、同因子に対する感受性の低下した癌細胞突然変異株の性状解析から解明した。本因子を同定するに至らなかったが、既知増殖因子はいずれも上記機能を代行できない。(5)インシュリン受容体欠損変異株の解析から、インシュリン様第1因子の受容体がその代行をすることを解明した。この成果は、増殖因子相互の生体内における役割の解明につながる。(6)悪性化増殖因子-β(TGF-β)に感受性を増し、ヌードマウスでの造腫瘍性も増した形質膜異常変異株を分離したが、前癌状態のモデルとして興味深い。今後(3)〜(6)についても遺伝子をクローン化し、情報発現機構を解明する。
著者
瀬野 悍二 清水 信義 佐藤 弘毅 西本 毅治 西島 正弘 花岡 文雄
出版者
埼玉県立がんセンター
雑誌
がん特別研究
巻号頁・発行日
1984

細胞増殖において染色体DNAが複製を完了した後正しく娘細胞に分配される際、染色体凝縮は必須の反応である。この染色体凝縮の調節遺伝子を変異株の利用によってヒトDNAからクローン化し、さらに同cDNAをクローン化した。その結果、本遺伝子は421アミノ酸からなる蛋白質をコードし、約55アミノ酸を単位とする7回繰返し構造を含むユニークなものであった。同遺伝子座をヒト第1染色体に決定した。DNA複製の主役を担うDNAポリメラーゼαの温度感受性変異株を高温にさらすと、M期において高頻度の染色体異常及び姉妹染色分体交換が誘発された。このことは、DNA複製の阻害がDNA2重鎖切断を介して染色体の不安定性を引き起し細胞死につながることを明確に示す。ヒトチミジル酸合成酵素mRNAの5'側非翻訳領域は28塩基を基本単位とする3回反復構造からなり、3通りのstem-loopを形成しうる。本構造を改変し翻訳活性との対応をみたところ、上記stem-loop構造が翻訳を抑制することが示唆された。高温にさらすと染色体異常や姉妹染色分体交換を誘発する変異株を14株分離したが、同条件下に外来遺伝子を移入すると形質転換頻度が正常値より40-70倍高いもの、あるいは低いものがあった。この結果は、染色体不安定性が遺伝子組換えと関連することを示す。また、遺伝子組換えのin vitroの測定系の樹立に関し、基礎検定を終えた。ホスファチジルセリン(PS)要求変異株を分離しPSが細胞増殖に必須であること、PSはホスファチジルコリンを前駆体としてリン脂質・セリン交換酵素によって生合成されることを解明した。また、Sindbisウイルス感染に際してPSがウイルスとエンドソーム膜との融合過程に必須の膜成分であることを示唆した。