著者
永田 孝信
出版者
学校法⼈ 大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
vol.54, pp.23-42, 2016-03-01 (Released:2021-04-01)

本稿は、ベートーヴェンのピアノソナタについて、使用される調の数、主調との近親関係の有無、転調の頻度及び和声の観点から、この作曲家のソナタ形式における展開部の発展的方向性の詳細を明らかにするものである。このため、ベートーヴェンの32のピアノソナタの中から異なる年代に作曲された8曲を選び、それぞれ第1楽章ソナタ形式の展開部における調と和声の特徴的な展開手法について説明する。その上で、展開部が調の流動性と安定性の対比に基づいて構成される状況、また、調的展開に対する考え方が展開部に留まらず、次第に提示部・再現部・コーダ等の各構成区分や主題間の移行部、さらには主題の内部にまで浸潤していく状況を明らかにし、その背後にあるベートーヴェンの表現的着想の解明を試みる。本稿の特徴は、展開部において使用される調の範囲と調の推移の状況を曲ごとに図式化し、その特徴点を列挙するミクロ的なアプローチと、各曲に使用される調の実数と延べ数を算出して、全般的な傾向を俯瞰するマクロ的なアプローチを併用したことにあり、両者が相まって各論点に着実な根拠が示されるように努めた点にある。
著者
中畑 寛之
出版者
学校法⼈ 大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
vol.46, pp.55-71, 2007 (Released:2021-04-01)

19世紀末パリに生きた象徴派詩人ステファヌ・マラルメの未完の遺作『エロディアードの婚礼神秘劇』(1957年に死後出版)を採りあげ、その上演可能性を考えてみたい。22歳のときに制作が始まる「エロディアード」は、「もはや悲劇ではなく、詩篇とする」という若き詩人自身の言明ゆえに、その作品が根底に持っている演劇との繋がりをしばしば見失わせてきたように思われる。書簡などから再構成した30年以上に及ぶその制作過程、詩人自身の演劇論、そしてテクストそれ自体の解釈によって多角的に、この作品が晩年のマラルメが夢想した<祝祭>の譜面であること、そしてその演劇性を考察することで、来るべきその舞台上演の姿を明らかにする。
著者
竹田 和子
出版者
学校法⼈ 大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
vol.56, pp.66-71, 2018 (Released:2023-03-30)

産業が大きく発展した 19 世紀には、出版業界にも大きな変化が起きた。流通する出版物の量が増えるのに伴い、出版業者、書籍業者の中には他の出版社を吸収合併し、大企業へと発展するものも現われた。同時に彼らは自分たちの業界を組織化し、商売上のルールを整備しようとした。出版業者アドルフ・クレーナーは書籍店で徒弟修行を始め、結婚により印刷所を譲り受けて兄弟と共に出版社を運営、次第に事業規模を拡大し、他の出版社の買収により巨大グループ会社に成長させた。書籍業界の全国組織である書籍商取引所組合会長にもなった彼の経歴にはこの業界の動向がよく反映されている。それを辿ることで19 世紀後半から 20 世紀にかけての出版を巡る状況がより理解できるはずである。
著者
西村 理
出版者
学校法⼈ 大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.6-30, 2014-03-01 (Released:2021-04-01)

アントニーン・ドヴォルザーク(1841〜1904)の交響曲第9番作品95「新世界より」の第2楽章の旋律は、《家路》というタイトルで親しまれている。《家路》というタイトルは、ドヴォルザークの弟子ウィリアム・アームズ・フィッシャー(1861〜1948)が作詞し、1922年に出版した《Goin' Home》の訳語である。本論文の目的は、《Goin' Home》がいつから《家路》として知られるようになったのか、《Goin' Home》と《家路》の歌詞はどのような関係にあるのか、さらにどのようにして《家路》が流布していったのかを明らかにすることである。日本で1931年3月に発売されたシルクレットのレコードがきっかけとなり、《Goin' Home》は《家路》として知られるようになり、ラジオでは1932年以降、英語で歌われていたものの《家路》というタイトルで放送されるようになった。1934年以降、《Goin' Home》に基づいた複数の日本語歌詞による楽譜が出版され、ラジオでも1937年から《家路》もしくはそれに類するタイトルの曲が放送されるようになった。フィッシャーの《Goin' Home》の歌詞における「home」は、文字通りの「故郷」と「天国の故郷」という二重の意味を持っていたが、《家路》として流布していく過程で、前者の意味のみが広まっていった。
著者
永田 孝信
出版者
学校法⼈ 大阪音楽大学
雑誌
大阪音楽大学研究紀要 (ISSN:02862670)
巻号頁・発行日
vol.52, pp.74-91, 2014-03-01 (Released:2021-04-01)

本稿は、F. ショパンの3曲のピアノソナタについて、それぞれ第1楽章ソナタ形式の展開部がどのような和声的着想によって構成されているのかを主要な論点とする。その際、特に問題となるのは、ピアノソナタ第2番の展開部が8小節または16小節に整然と区分され、各部分が変化と統一の理念に基づいた明瞭な組織性を示すのに対し、ピアノソナタ第3番の展開部が入り組んだ様々な要素のために混迷の度を深めているように見えることである。ピアノソナタ第2番と比較して、第3番の展開部が分節できない程に複雑な様相帯びる原因はどこにあるのだろうか、また3曲のピアノソナタの展開部における和声的着想には何らかの関連性が認められるのだろうか。本稿は、ショパンの各ピアノソナタの第1楽章展開部における調経過の把握と和音分析を通じて、これらの疑問点の解明を試みる。