著者
野口 芳子
出版者
梅花女子大学・大学院児童文学会
雑誌
梅花児童文学 = The Baika Journal of Children's Literature (ISSN:13403192)
巻号頁・発行日
no.30, pp.11-25, 2023-03-15

子どもの純性を保全し開発するために創刊された『赤い鳥』(1918-1936)のなかには、グリム童話に由来する話が9 話存在する。しかし、それらはグリム童話の原典に忠実な翻訳ではなく、大幅に改変した再話である。鈴木三重吉が言う「子ども」に視点を当てた再話とはどういうものなのか、グリム版の原本と比較して、その内容を具体的に把握することが本論の目的である。再話の際に忌避された要素は、残酷な表現、悪い姑の存在、礼儀作法に反する言動、教訓などである。重視された要素は罪人を厳罰に処さずに許すこと、服装の色彩を鮮やかにすること、男の子の啓発に主眼を置くことなどである。空想を重視すると公言しながら、空想が掻き立てられる小人や死神などの異界の存在は題名から外され、「幸福になる」という表現は、「金に困ることはなくなる」という現実的で具体的な表現に改変される。『赤い鳥』に収録されたグリム童話の再話を読むと、子どもたちは本当に美しい空想や感情を養うことができるのであろうか。不明であると言わざるを得ない。
著者
小泉 直美
出版者
梅花女子大学・大学院児童文学会
雑誌
梅花児童文学 = The Baika Journal of Children's Literature (ISSN:13403192)
巻号頁・発行日
no.30, pp.26-39, 2023-03-15

平成期(1989-2019)の「ヘンゼルとグレーテル」の邦訳は現在106 話確認している。それらを分析すると、収録されている形態に変化が生じていることが判明する。昭和期には児童向け雑誌に多く収録されていたものが、平成期には雑誌での収録は激減し、読み聞かせ物語集への収録が増える。そこでは話が短縮され、子どもたちが鴨(家鴨)に救助される場面では、グレーテルの的確な判断を示す言葉が削除されている。女の子の賢さが描かれていないのである。一方、話は短縮されても「お菓子の家」は昭和期よりも華やかに描かれ強調されている。あたかもこの話は「お菓子の家」の話であるかのように、視覚的表現で読者に印象づけているのである。また原典では子どもたちが帰宅したとき母親は死亡しているが、平成期には「家出する」「実家に戻る」「父親に追い出される」という表現が出現する。子どもと両親との関係だけでなく、夫婦の在り方が児童書の中に組み入れられているのである。さらにパロディ版も出現する。平成期は昭和期からの読書推進活動が実を結んだ時代である。さまざまな方法で読書への興味を持たせようとしたことが読み取れる。
著者
野口 芳子
出版者
梅花女子大学・大学院児童文学会
雑誌
梅花児童文学 = The Baika Journal of Children’s Literature (ISSN:13403192)
巻号頁・発行日
no.29, pp.19-33, 2022-03-15

明治期から大正期の間にこの話の邦訳は合計7 話出版されている。そのうちドイツ語から訳されたものは2 話、英語訳からは3 話、ロシア語訳からは1 話、底本が不明のものは1 話である。改変箇所は英語訳の影響を受けたものが多く、ドイツ語原典に忠実な訳は1 話しか存在しない。小人の名前については、ドイツ語の名前を使っているものが2 話、ロシア語の名前が1 話、日本語の名前が4 話ある。名前を当てられた小人は最後の場面で体を引き裂くのではなく、片足で跳んで逃\げると改変されているものが多い。これは底本に使用された英語訳に施された改変である。日本人訳者によって行われた改変は、生まれた赤子の性別を男性にしたことである。ドイツ語の原典では「最初に生まれた子」としか表現されていないのに、多くの日本語訳では「王子」にされている。1873 年の太政官布告263 号で貴族や華族に対して長男の家督相続が日本史上初めて法的に明確化された。そのような日本の社会状況がおそらく改変に反映されたのであろう。