著者
河野 昌仙
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.8, pp.533-540, 2016-08-05 (Released:2016-11-16)
参考文献数
20

電気を抵抗なく流す超伝導状態を常温・常圧で実現することができれば,我々の生活が一変するだろうと言われている.現在得られている超伝導体の中で,常圧で最も高い温度で超伝導状態になるものは,銅酸化物の高温超伝導体である.通常,絶対零度(-273.15°C)近くまで冷やさなければ超伝導状態にはならないが,銅酸化物の高温超伝導体では約-140°Cで超伝導状態になるものもある.このことから,常温超伝導体の実現に向けて,銅酸化物の高温超伝導のメカニズム解明が強く望まれている.しかし,そこには物性物理学の古くからの難題が立ちはだかっているのである.高温超伝導のメカニズムを探る上で重要となるのは,高温超伝導の舞台となる超伝導相周辺の電子状態である.興味深いことに銅酸化物高温超伝導体では,電気を抵抗なく流す超伝導状態が,電気を流さない反強磁性的絶縁体(モット絶縁体)から電子密度を少し変えることによって得られるのである.このことから,銅酸化物の高温超伝導はモット絶縁体近傍の特異な電子状態と関係しているのではないかと考えられるようになった.つまり,高温超伝導の問題は,モット絶縁体に近づくにつれて電子状態がどのように変化するのかという問題とかかわっている.この問題こそ,銅酸化物高温超伝導体が発見されるずっと以前から物性物理学の中心的課題の一つとして論争の的になってきたモット転移の問題なのである.モット転移の問題は,相互作用する電子の根本的な見方にかかわる量子多体効果の問題である.通常,モット絶縁体から十分に離れた金属状態では,伝導を担う電子は粒子のように動き回る.即ち,電荷-eとスピンħ/2を運ぶ電子が系の性質を特徴づけている.しかし,モット絶縁体では,電気(電荷)を流さずに磁気(スピン)を動かすことができる.直感的には,電子の電荷はクーロン反発力で退け合うために安定な電荷配置から動かすことができないが,電子のスピンを回転させることにより,小さなエネルギーで磁気的な揺らぎを伝えることができる.即ち,モット絶縁体の低エネルギー領域では,電荷とスピンの自由度が分離している.モット転移の問題は,電荷とスピンを運ぶ粒子のように振る舞っていた金属中の電子が,どのようにしてモット絶縁体の電荷とスピンの自由度が分離した状態へと変化するのかという問題である.銅酸化物の高温超伝導は,まさにこの電子状態の描像が移り変わるモット転移の近傍で観測されているのである.本稿では,モット転移の問題に関して,最近著者が行った理論研究の結果に基づいて解説を行う.前半では,モット転移は電子の動きをスピン自由度に残したまま電荷自由度が凍結する現象として特徴づけられることを述べる.そして後半では,銅酸化物高温超伝導体で観測されている電子状態の様々な異常な振る舞いを,モット転移の観点から統一的に説明する.本稿では高温超伝導のメカニズムの解明には至らないが,その舞台となるモット転移近傍の電子状態と,長年の課題であるモット転移の本質に対して,明快な描像を与えることを目的としている.この描像によって,モット転移や高温超伝導体の理解が一層深められれば幸いである.

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日本物理学会誌は宝の山。高温超伝導は理解できるか。https://t.co/bwDizt5S7T 高温超伝導はモット絶縁体と関連している。電子が詰まって動けないのにスピンだけは動ける「電荷とスピンの分離」。そこには「バンド絶縁体」や「重くなる電子」というだけでは説明できない異常な電子状態が存在する。
いくつもある銅酸化物系高温超伝導体には普遍性がありながら個性も強く、膨大な実験結果からそれらを分離するところにまず議論がある。ハバードモデルが何を説明しうるかというのは興味がある。 https://t.co/aoNMVDr60x

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