著者
菊地 直樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2035, (Released:2022-08-03)
参考文献数
32

鳥の観察や撮影を目的とするバードウォッチングは、野生生物を「見せて守る」方法の一つである。バードウォッチングという自然の観光利用は地域収益につながり、保全にお金が回りやすくなるため、固有種等への保全の動機付けが地域で形成されやすいと報告されている。一方、営巣地への接近の増加による捕食率や巣の放棄の上昇といった様々な負の影響も報告されている。「見せて守る」ためには、対象生物、生態系への負の影響の抑制と地域の利益や貢献の創出の両立が必要である。現在、「見せて守る」ことが求められている事例として、北海道知床半島のある生息地のシマフクロウがある。 1984年から開始された国のシマフクロウ保護増殖事業では、生息地を非公開としてきたが、知床半島の一部の生息地において餌付けをして観察や撮影場所を提供している宿泊施設が存在するようになり、非公開である生息情報が拡散するなど、保全への影響が懸念されている。一方、保護関係者から「見せて守る」方針が示されている。第一に餌付けを段階的に中止し自然の状態で見せること、第二に知床地域の世界的価値と地域の価値を低めないこと、第三にシマフクロウの生態や保全に関する学習の場として機能すること、である。「見せて守る」ためには、研究者や行政に加え、地域住民、観光業者、観光客といった多様な人びとの協働と合意形成が不可欠である。本報告では、特に重要な役割を担う地域の関係者への聞き取り調査を実施し、その意見の把握を試みた。その結果、保護関係者が示す方針と地域の関係者の意見の間にはそれほど大きな相違点はなかった。しかし、地域の生活と自然のとらえ方、自然保護や利用に関するイニシアティブ、地域生活のとらえ方について、相違点があることも分かった。「見せて守る」ためには、意見が異なることを前提に、多様な人びとが互いの違いを認め合い、何らかのルールをつくるという創造的で柔軟なプロセスの創出が必要となる。その課題として、第一に価値の複数性を認めること、第二に異なる目的を相互に受容すること、第三に異なる目的の相互受容を可能とする合意形成を指摘した。

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保全生態学研究の特集「絶滅危惧種保全とエコツーリズム」の第3報が早期公開されました。 次は、シマフクロウについて、現地での聞き取り調査結果です。 北海道知床半島のシマフクロウを「見せて守る」ための実践的課題 菊地 直樹 https://t.co/GnTn1bOhlT #論文紹介

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