著者
高橋 満彦 早矢仕 有子 菊地 直樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2232, (Released:2023-07-05)
参考文献数
21

野生動物観光(wildlife tourism)は世界中で年間 3436億米ドルの GDPと 21億 8千万人の雇用をもたらしている。バードウォッチングは野生動物観光の中でもっとも持続可能な活動の一つとされているが、非消費的利用とは言え、人が生息地に入り込む等で脆弱な状況にある絶滅危惧種に負の影響を及ぼすような過剰利用が起こるため、日本版レッドデータブックに掲載されている猛禽類 14種のうち 4種は、観察や写真撮影など故意による人の接近が絶滅の加速要因に挙げられている。本特集は、適切な観察方法の遵守を法規制を含めた手段で確保し、リスクを減らした上で観光資源として活用し、得られた収益で地域経済へ貢献すること等で、観光利用と保全を調和的に展開されるための方途を示している。
著者
菊地 直樹
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2035, (Released:2022-08-03)
参考文献数
32

鳥の観察や撮影を目的とするバードウォッチングは、野生生物を「見せて守る」方法の一つである。バードウォッチングという自然の観光利用は地域収益につながり、保全にお金が回りやすくなるため、固有種等への保全の動機付けが地域で形成されやすいと報告されている。一方、営巣地への接近の増加による捕食率や巣の放棄の上昇といった様々な負の影響も報告されている。「見せて守る」ためには、対象生物、生態系への負の影響の抑制と地域の利益や貢献の創出の両立が必要である。現在、「見せて守る」ことが求められている事例として、北海道知床半島のある生息地のシマフクロウがある。 1984年から開始された国のシマフクロウ保護増殖事業では、生息地を非公開としてきたが、知床半島の一部の生息地において餌付けをして観察や撮影場所を提供している宿泊施設が存在するようになり、非公開である生息情報が拡散するなど、保全への影響が懸念されている。一方、保護関係者から「見せて守る」方針が示されている。第一に餌付けを段階的に中止し自然の状態で見せること、第二に知床地域の世界的価値と地域の価値を低めないこと、第三にシマフクロウの生態や保全に関する学習の場として機能すること、である。「見せて守る」ためには、研究者や行政に加え、地域住民、観光業者、観光客といった多様な人びとの協働と合意形成が不可欠である。本報告では、特に重要な役割を担う地域の関係者への聞き取り調査を実施し、その意見の把握を試みた。その結果、保護関係者が示す方針と地域の関係者の意見の間にはそれほど大きな相違点はなかった。しかし、地域の生活と自然のとらえ方、自然保護や利用に関するイニシアティブ、地域生活のとらえ方について、相違点があることも分かった。「見せて守る」ためには、意見が異なることを前提に、多様な人びとが互いの違いを認め合い、何らかのルールをつくるという創造的で柔軟なプロセスの創出が必要となる。その課題として、第一に価値の複数性を認めること、第二に異なる目的を相互に受容すること、第三に異なる目的の相互受容を可能とする合意形成を指摘した。
著者
内藤 和明 菊地 直樹 池田 啓
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.181-193, 2011-11-30 (Released:2017-08-01)
参考文献数
48
被引用文献数
4

2005年の豊岡盆地におけるコウノトリCiconia boycianaの放鳥に続き、2008年には佐渡でトキNipponia nipponが放鳥されるなど、絶滅危惧動物の再導入事業が国内で近年相次いで実施されるようになってきた。飼育下で増殖させた個体の野外への再導入事例は今後も増加していくことが予想される。本稿では、豊岡盆地におけるコウノトリの再導入について、計画の立案、予備調査、再導入の実施までの経過を紹介し、生態学だけでなく社会科学的な関わりも内包している再導入の意義について考察した。再導入に先立っては、IUCNのガイドラインに準拠したコウノトリ野生復帰推進計画が策定された。事前の準備として、かつての生息地利用を明らかにするコウノトリ目撃地図の作製、飛来した野生個体の観察による採餌場所の季節変化の把握、採餌場所における餌生物量の調査などが行われた。豊岡盆地では、水田や河川の自然再生事業と環境修復の取り組みが開始された。予め設定した基準により選抜され、野生馴化訓練を経た個体が2005年から順次放鳥され、2007年からは野外での巣立ちが見られるようになった。コウノトリは多様なハビタットで多様な生物を捕食しているので、再導入の成否は生物群集を再生することにかかっている。このことは、地域の生物多様性の保全を通じて生態系サービスを維持するという地域社会に共通の課題にも貢献することになる。
著者
菊地 直樹
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.9, pp.153-170, 2003-10-31
被引用文献数
3

兵庫県北部の豊岡市では,1971年に野生下で絶滅したコウノトリの野生復帰に向けた取り組みが行われている。人とコウノトリの共生という理念は広範に受け入れられている一方で,稲を踏み荒らす害鳥という声も聞かれ,共生への協力や啓蒙の必要性が主張されている。野生復帰のように自然との共生という枠組みで地域社会のあり方を模索する場合,自然とどうかかわるかが重要な問題となるが,コウノトリと接しながら生活してきた人たちはどのようにかかわってきたのだろうか。コウノトリを聞き取る調査の場で,多くの人が2つの呼び方でコウノトリを語った。ツルとコウノトリである。語りを検証する中で,生活に埋め込まれた存在として語られるコウノトリを「ツル」,学術的な価値を持った保護すべき対象として語られるコウノトリを「コウノトリ」と規定し,語りから人とコウノトリのかかわりのあり方を考察した。「ツル」では,人とコウノトリの間には自然への働きかけの濃淡に基づいた可変的なかかわりがあった。「コウノトリ」ではコウノトリとのかかわりは希少性といった保護概念を軸にしたものに特化した。保護という価値へ関与しない人はコウノトリとのかかわり自体がなくなり,遠い対象と認識されるようになった。「コウノトリ」に限らない人とコウノトリの関係性の再構築に向けて,コウノトリを近くしていた自然への働きかけの意義を現代社会の生活様式の中で問い直すことが野生復帰の課題になる。
著者
江崎 保男 大迫 義人 佐川 志朗 内藤 和明 三橋 弘宗 細谷 和海 菊地 直樹
出版者
兵庫県立大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2012-04-01

兵庫県但馬地方のコウノトリ再導入個体群は2015年に、そのサイズが80に達したが、本研究により社会構造がほぼ解明され、但馬地方の環境収容力が約50羽であることがわかった。巣塔の移動や給餌の中止を地域住民の合意のもとに進め、生息適地解析、個体群モデルの活用、核DNAをもちいた家系管理を進めながら、水系の連続性確保に努めた結果、餌動物の現存量増加が確認できたことなど、野生復帰が大いに進展した。また、コウノトリが全国各地に飛んで行き、徳島県では新規ペアが産卵するなど、メタ個体群形成に向かって野生復帰が一気に加速しており、アダプティブ・マネジメントの手法もほぼ確立できた。
著者
菊地 直樹
出版者
環境社会学会
雑誌
環境社会学研究
巻号頁・発行日
no.14, pp.86-100, 2008-11-15
被引用文献数
2

兵庫県北部の但馬地方のコウノトリの野生復帰プロジェクトは,放鳥第2世代の誕生を受け,新たな段階に入ったといえる。野生復帰とは人が何らかの関与をしながら,あるべき自然の姿としての「野生」をめざしたさまざまな取り組みの総体であるが,目標である「野生」は曖昧で,改めて問われることがない。人がどのように関与していくのかもほとんど議論されることはない。現場レベルでは,給餌の是非など「野生」をめぐって齟齬が見られなくもない。人里を舞台とするコウノトリの野生復帰では,必然的に価値基準や現状認識が多様化してしまう。どのような価値に基づき,どのように人が関与しながら,野生復帰を推進していくのかという見取り図は必要であろう。本稿では,「野生」を関係的な概念としてとらえ直した。人による動物への関与の強弱という軸と動物への価値付与という軸から,人と動物のかかわりを再野生化-家畜化のプロセスとしてとらえ,図表を提示した。「野生」と「家畜」は動的な存在であり,人と動物のかかわりによって,動物はこの象限内を移動する。コウノトリの野生復帰の取り組みをこの図に従い再考すると,再野生化という一方向に進んでいるのではなく,再野生化と家畜化の間を「行きつ戻りつ」している。正解のない「野生」をめぐるさまざまな論理や価値や感情を試行錯誤しながらつなげ,多様な主体問での目標や地域の未来像を絶えず構築し続ける仕組みが求められる。この課題に対して,「聞く」という手法を持つ環境社会学者が果たしうる役割について指摘した。
著者
内藤 和明 菊地 直樹 池田 啓
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.181-193, 2011-11-30
被引用文献数
1

2005年の豊岡盆地におけるコウノトリCiconia boycianaの放鳥に続き、2008年には佐渡でトキNipponia nipponが放鳥されるなど、絶滅危惧動物の再導入事業が国内で近年相次いで実施されるようになってきた。飼育下で増殖させた個体の野外への再導入事例は今後も増加していくことが予想される。本稿では、豊岡盆地におけるコウノトリの再導入について、計画の立案、予備調査、再導入の実施までの経過を紹介し、生態学だけでなく社会科学的な関わりも内包している再導入の意義について考察した。再導入に先立っては、IUCNのガイドラインに準拠したコウノトリ野生復帰推進計画が策定された。事前の準備として、かつての生息地利用を明らかにするコウノトリ目撃地図の作製、飛来した野生個体の観察による採餌場所の季節変化の把握、採餌場所における餌生物量の調査などが行われた。豊岡盆地では、水田や河川の自然再生事業と環境修復の取り組みが開始された。予め設定した基準により選抜され、野生馴化訓練を経た個体が2005年から順次放鳥され、2007年からは野外での巣立ちが見られるようになった。コウノトリは多様なハビタットで多様な生物を捕食しているので、再導入の成否は生物群集を再生することにかかっている。このことは、地域の生物多様性の保全を通じて生態系サービスを維持するという地域社会に共通の課題にも貢献することになる。
著者
菊地 直樹
出版者
兵庫県立大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2004

コウノトリの野生復帰事業が進展する兵庫県但馬地方で、コウノトリの「語り」を聞き取る調査を実施してきた。「語り方」を解析して、自然再生のシンボル種であるコウノトリを語ることによって人と自然の日常的な関係性の多元的な諸相が析出された。これは(1)地域性によるのか、(2)コウノトリという種の特徴によるのか、という問題関心に基づき、愛媛県西予市のコウノトリ、新潟県佐渡市のトキ、北海道釧路市のタンチョウの聞き取り調査を実施した。2006年にコウノトリが飛来した西予市では、人とコウノトリの行動圏が交差しており、コウノトリを通して地域を見直す活動が見られた。昨年度の調査と同様、「地域の鳥」として語られているが、多元的に語られなかった。コウノトリと暮らしてきた歴史性に欠ける地域では、「語り方」が異なっている。給餌人を中心に聞き取りを実施した釧路市では、昨年度と同様に「家の鳥」としてタンチョウが語られる特徴が見られた。作物を荒らす、人や物に危害を加えるという語りもあり、給餌しているタンチョウが畑を荒らすと「ウチのツルがすいません」といった語りも出てくる。釧路湿原に生息地が移動する繁殖期には、人とタンチョウのかかわりは一端切れてしまい、この時期のタンチョウは家族化されることはない。かかわりが冬期に集中するためか、タンチョウを通して人と自然の関係性が語られることや地域を見直す語りもほとんどなかった。このように、給餌活動というかかわりの有無、物理的・精神的距離によって、意味づけが変容する。コウノトリは「地域の鳥」、タンチョウは「家の鳥」という「語り方」に違いは、(1)人間の働きかけ(給餌活動など)と空間の意味という社会学的側面と、(2)鳥の生態から考えることができる。コウノトリは通年、人の日常空間を行動圏とするが、タンチョウは越冬期は給餌され、私有地を行動圏とする。繁殖期は釧路湿原という「公」の空間を行動圏とし、コウノトリに見られた私と公の間にある曖昧な空間をあまり行動圏としない。私と公に分断されたタンチョウと比較すると、コウノトリを「語る」ことは、相対的に人の日常生活と重なる自然を語ることにつながる。自然の象徴という同じ価値が付与された生物でも、生息域や行動の違い、かかわりの歴史性などによって、「語り方」が異なり、表象される自然も異なる。再生すべき自然は、多くの場合、生物によって象徴される。本研究に従えば、どの生物を取り上げるかによって、自然のイメージも異なってくる。自然の再生イメージ像の構築に向けて、どの生物をどのように語るのか、その「語り方」が問われるが、人と生物の行動圏が交差する空間とそこに生息する生物の意味を分析的に論じることが、今後の課題である。環境社会学と生態学を融合した視点が求められる。