著者
鈴木 謙介
出版者
The Japan Sociological Society
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.499-513, 2005-03-31 (Released:2009-10-19)
参考文献数
22
被引用文献数
2 2

「セキュリティの強化」と「監視」を巡る問題が近年になって特に注目されるようになった.ここでいうセキュリティの強化とは, 単なる監視カメラの設置による監視の氾濫を指すのではなく, 予防的措置の極大化によって, あるシステムにとってふさわしくない人間をあらかじめ排除するという動きの全体を指している.こうした監視の強化と排除に対して批判を加えることは一見容易に見えるが実はそうではない.その理由は, 監視を批判しようとすることが監視によって実現される価値への批判へとすり替えられていくからである.例えば監視による排除が階層格差を前提にしている場合, それは格差批判にはなっても監視そのものを批判することはできないのだ.本稿ではこうした監視批判の困難を乗り越えるために, どのようなシステム作動によってセキュリティの強化が行われているのかを分析した.その結果明らかになったのは, 監視を行うことそれ自体がマシンによるデータ管理の自動化によって監視対象を外部から不可視化する作用を持つこと, そして, そのような外部に対する不可視化がさらに内部に対して過剰な可視化を呼び出し, 内部のロジックが一種の道徳律として機能するということだ.監視批判が困難なのは, この2方向の力の作動が存在するからだと考えられる.

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