- 著者
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安藤 良平
- 出版者
- 跡見学園女子大学
- 雑誌
- 跡見学園女子大学紀要 (ISSN:03899543)
- 巻号頁・発行日
- vol.23, pp.25-37, 1990-03-20
明治維新の歴史の陰のなかに江戸薩摩藩邸焼討事件があり、赤報隊 (官軍先鋒嚮導隊) のような悲惨な姿もあり、その情況は前著、国事鞅掌者の映像に述べたとおりであるが、これらの事件に関係した薩摩出身の尊王攘夷家、伊牟田尚平の生涯をみると、かれは目的の為には手段を選ばない非合法活動によって自滅してしまうのであるが、従来伊牟田の最期として「明治維新人名辞典」に記載されたものとはかなり異るのである。たまたま柏市の若松盛彦氏から寄贈された伊牟田尚平の刑事裁判の判決書、当時の伊牟田の口供書、および宣告 (明治二年の京都府史料の写し) によって伊牟田の処罰事情が明らかになったので国事鞅掌者の映像に記述したかれの業蹟を訂正したいとおもい、この小論をまとめることにした。