- 著者
-
尾川 満宏
- 出版者
- 日本教育社会学会
- 雑誌
- 教育社会学研究 (ISSN:03873145)
- 巻号頁・発行日
- vol.88, pp.251-271, 2011-06-10
本稿は,ある高卒就職者たちの<語り>をもとに,地方の若者による労働世界の再構築過程を,ローカルな社会状況と彼らの労働経験との相互作用として考察した。従来,調査協力者の「地元」における男性労働は建設業・製造業を中心とし,なかでも建設業は職人世界を形成してきた。調査協力者は不明確な進路意識のもとで高校を卒業し,建設現場で接した「職人天下の物語」や「ボス」をもとに彼らの《職人》像を構成し,職業人としてのアイデンティティを構築しようとした。しかし,地元建設業を囲繞する環境は近年厳しさを増し,零細企業から仕事を奪っている。そうした地元建設業界の構造を理解するなかで,調査協力者たちは《職人》の物語に「終わり」を悟っていった。その後,彼らは工場労働に生活安定の場を求めてゆくが,学歴や年齢で序列化され,高度に分業化された工場労働のシステムは,目指すべき明確な労働者像を彼らに与えない。ところが彼らは,工場労働を《職人》世界の基準を用いて語ることで異化=再構築し,再び職業人としてのアイデンティティを語る文脈を自ら用意していたのである。地域的な労働世界を再生産する文化のダイナミクスは地方にいまなお残存している。地方の若者が抱えるローカルな課題へ注目することは,もっぱら大都市のフリーター・無業者問題を論じてきた「学校から職業への移行」研究に,新たな地平をひらくと思われる。