著者
細谷 広美
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.566-587, 2013-03-31

冷戦の終結以降、国際社会では人権の尊重とデモクラシーに対する説明責任(accountability)が国家に要求される傾向が強まっている。しかしながら、人権やデモクラシーは元来西欧で生まれた概念であり、グローバル化の進展にともない、多様な歴史や文化的背景をもつ地域に人権概念が適用されるようになることで、地域のコンテクストやそれぞれの文化にみられる人権概念との間の相違が顕在化してきている。このようなことから近年、人権概念の普遍性を問う議論が生まれている。本稿は紛争後の移行期正義とかかわり真実委員会が設置されたペルーを事例として扱う。ペルーでは1980年に毛沢東系の集団「ペルー共産党-輝ける道」(PCP-SL)が武装闘争を開始したことで、国家機関(政府軍、警察、自警団)と反政府組織による住民の大規模な虐殺が展開した。2003年に提出された真実和解委員会(真実和解委員会は真実委員会として総称される)の最終報告書によると、1980年から2000年の死者及び行方不明者数は、独立後最大の約7万人に及び、このうち75%が先住民言語の話者であった。また死者及び行方不明者のうち40%が、国内で最も貧しく先住民人口が多い県の一つである山岳部のアヤクチョ県に集中していた。このようなことから、本稿では文化、人種・民族的多様性と不平等を抱える社会における紛争と平和構築のプロセスを、人権や市民権をめぐる議論を視野に入れつつ、先住民と紛争及び真実委員会の関係に焦点をあてて分析した。そして、紛争時及び紛争後の平和構築のプロセスにおいて、国際社会の人権レジームと国家が接合される一方、国内の特定集団がこのプロセスから排除される可能性があることを明らかにした。さらに、「真実」や「和解」の意味も紛争の性質や社会の特質によって多様であることを論じた。以上のことから、人権や人間の安全保障を適用するうえでは、合わせて当該社会における「人間」の意味や範囲を検証する必要性があることを指摘した。

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