著者
張 可勝
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.1-15, 2018

『うつほ物語』の俊蔭は、「天の掟ありて、天の下に、琴弾きて族立つべき人」としてその生が定められている。では,秘琴一族の始祖として現世世界(天の下)において弾琴を通じてどのような役割を果たさなければならないのか。そのような視点に立てば,帝や東宮に献琴し,御前で天変地異を引き起こすまで弾琴を披露するのは,一族の確立に向って手順を踏まえて取った行動として読むことが可能になる。そして、自身の職務を「学士」から「琴の師」へと転換させる王命を拒否したのは,「琴の師」として出仕し,朝廷で琴を伝授することとなれば,一族の確立が阻まれかねないという思惑がその背後にあるからであると考えられる。「学び仕うまつる勇みはなし。みさいの罪にはあたるとも,この琴は学び仕うまつらじ」という拒否の念を押した台詞に注目すると,琴の伝授を出仕とかかわらせるという帝の判断自体が否定されている。加えて,「みさいの罪」は「無礼の罪」や「未来の罪」などと解釈されているが,「流罪(るさい)の罪」の誤りであるとする考えを提出した。「天の掟」に従って琴の伝授を行うためなら,築いてきた官途を捨てるのも惜しまないという俊蔭の強固たる意志が表明されている,と読み取れる。その後,俊蔭は三条京極邸に籠もって娘に秘琴を伝授した。外部とのつながりを断ち切って行う方針によって秘琴伝授の非公開の原則が確立された。また,天女の啓示を継承しながら秘琴行使の機宜を遺言という形で規定することによって,秘琴は現世世界では存在そのものが秘匿されなければならないものの,必ず掻き鳴らされるという秘琴行使の公開の論理も示されている。そこに内在する公開と非公開との相克から,秘琴を行使することによって天地を感応させ現世利益を得るという志向性が設定されているのも見過ごしてはならない。さらに,御前での弾琴が引き起こした天変地異の典拠として師曠と師文弾琴の故事を用いていることから、天地を感応させうるという天(地)・楽・人三者の相互関係の構図もその弾琴によって明示されている。このように、現世世界において琴にまつわる一族のあり方は俊蔭によって規定されているのである。

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CiNii 論文 -  『うつほ物語』における俊蔭の位置づけ : 「琴の師」拒否をめぐって https://t.co/c71cpiweW9 #CiNii
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