著者
齊田 春菜
出版者
北海道大学文学研究科
雑誌
北海道大学大学院文学研究科研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
no.18, pp.51-66, 2018

本稿は,円地文子の「老女もの」の初期作品にあたる「蛇の声」を少女表象から検討を試みるものである。これまで研究史において「蛇の声」を含む一連の円地の「老女もの」は,老女のセクシュアリティに注目した読解が中心であった。しかし,一方で見落とされがちであるのは,これらの円地の作品で描かれる老女たちが少女と関係があったり,重なったりしていることである。また、円地の伝記的な事実が,少女イメージを検討する上で重要であると考える。円地は,主に戦終直後から一九五〇年代前後に「少女小説」を数多く執筆していた。この「少女小説」は,管見の限りにおいてあまり重要視されていないように思われる。そのため円地の作品において少女は,老女と同様に重要な表象であるにもかかわらず,円地の「少女小説」や少女はいまだに十分に論じられているとは言い難いのである。そこで,これまでは十分な検討と意義付けをされてこなかった「蛇の声」におけるもうひとつの重要な表象である少女についての表現を掘り起こし,それによって「蛇の声」の新たな側面を明らかにしたい。 少女表象から検討することにより「蛇の声」は,少女の中に「老い」を,老女の中に「若さ」をみるというイメージの喚起によって,いわゆる「老女もの」に少女という要素が組み込まれて行く萌芽的な作品と位置づけることができるのである。したがって,少女は円地の一連の「老女もの」において見逃すことのできない重要な表象であると結論づけた。

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