著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Aa0138, 2012

【はじめに、目的】 内側広筋は解剖学的に斜頭が存在すると報告されて以来(Lieb and Perry, 1968)その解剖学的な分類と機能について議論されてきた筋である。しかしながら、内側広筋斜頭に関しては、線維の方向が他の部と違い膝蓋骨に横から付着するもの(Lieb and Perry, 1968)という説が一般的であるが、その線維方向だけで斜頭を決定している報告(Peeler et al., 2005)や大内転筋腱から起こる部分が斜頭であるとする説(Williams, 2005)があり、定義が一定でない。さらには解剖学的に分けられないという報告(Hubbard, 1997)も存在するなど、その解剖学的詳細が明らかになっているとは言い難い。よって今回われわれは、内側広筋の起始と、内側広筋起始の周囲にある広筋内転筋板に着目し、その機能的意義や臨床上の応用について詳細に検討を加えることとした。【方法】 本学医学部の解剖学実習に提供された遺体8体12側(右6側、左6側)を使用した。関係構造物の破損が激しい場合や遺体の固定の状態のため、全例で両側を使用することはできなかった。内側広筋、大内転筋など、広筋内転筋板と関係する筋群を中心に詳細に解剖した。大腿動脈、大腿静脈、大腿神経、およびそれらの枝たちも広筋内転筋板との関係に注意して詳細に解剖した。その後、広筋内転筋板を切開して翻転し、大腿動脈、大腿静脈、大腿神経の枝たちの位置を確認後、それらを適宜翻転しながら、内側広筋を起始に向かって詳細に解剖した。とくに内側広筋の起始・停止を詳細に観察し、スケッチとデジタル画像にて記録した。【説明と同意】 本研究で使用した遺体は死体解剖保存法に基づき、生前に適切な説明をし、同意を得ている。解剖は全て、定められた解剖実習室内にて行った。【結果】 内側広筋と広筋内転筋板は全例で認められた。広筋内転筋板は大内転筋の腱部の一部が外側上方へと張り出して腱膜となるが、12側中10側で長内転筋の停止腱からも広筋内転筋板へ連続する腱膜が存在した。内側広筋の起始を観察すると、大部分は深層の大腿骨粗線内側唇から起こる部が占めるが、下部浅層約4分の1には、広筋内転筋板から起こる内側広筋の筋束があった。深層から起始した筋束も、下部浅層の広筋内転筋板から起こる筋束もお互いに並んで外側下方へと走行した。停止は、膝蓋骨内側へと放散する筋束もあるが、横膝蓋靱帯などの膝関節内側の関節包へと連続するものも一部認められた。【考察】 内転筋管は大腿動脈と大腿静脈が前方から後方へと通過する管であり、その前壁に張る腱膜構造が広筋内転筋板である。今回、われわれの観察により、広筋内転筋板は大内転筋の腱部のみでなく、長内転筋の停止腱からも線維が関与することが明らかになった。内側広筋の下部浅層の筋束は広筋内転筋板から起こり、膝蓋骨や膝関節内側の関節包に停止する。よって内側広筋の下部浅層の筋束は、他の内側広筋の筋束よりも起始が前に位置することとなり、そのため筋腹も前方へと移動する。体表解剖学において内側広筋の下部は外側広筋と比較して前方へ膨らんで観察される。すなわち、体表解剖学的に観察できる内側広筋が前方へ膨らんだ下部こそ、広筋内転筋板から起こる筋束の部である可能性が高い。大内転筋や長内転筋の一部の筋束がその筋の停止腱から広筋内転筋板を介して内側広筋と連続する構造は、機能的に二腹筋の構造を呈していると考えたい。すなわち、大内転筋や長内転筋の収縮があって初めて内側広筋の下部浅層の筋束は起始が固定されるのかもしれない。言い換えれば、立位・歩行時に股関節外転筋群が収縮して片脚立位を保つと、股関節内転筋群の収縮が抑制され、内側広筋の下部浅層の筋束はその起始の固定を失ってしまうため、内側広筋の下部浅層の筋力を十分に発揮できない可能性がある。内側広筋の斜頭は解剖学的には明確に分離できなかったが、広筋内転筋板から起こる筋束として定義することが可能ならば、機能的・臨床的意義は高いと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 長い間問題となっていた内側広筋斜頭の解剖学的事実を明らかにし、内側広筋の機能的・臨床的な応用を新しく提唱できたと考える。

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