- 著者
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畑出 卓哉
藤田 直人
荒川 高光
三木 明徳
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2012, pp.48101489, 2013
【はじめに、目的】骨格筋が損傷されたとき,炎症や疼痛を軽減する目的で寒冷刺激が用いられることが多い(Michlovitz et al., 1988).逆に温熱刺激は炎症症状を助長する(Knight et al., 1995)ことから,筋損傷直後には禁忌とされてきた.しかし,近年我々は筋損傷直後に与えた寒冷刺激は筋の再生を遅延させることを明らかにした(Takagi et al., 2011).すなわち,骨格筋再生の観点から見れば,筋損傷後の寒冷刺激による炎症反応の抑制は逆効果をもたらす可能性が高い.筋損傷後の炎症反応は,その後の筋再生にとって重要な役割を果たすという報告もあり(Tidball, 2004),炎症反応を助長させる温熱刺激は,骨格筋再生の観点から見れば有用な刺激となる可能性がある.実際,武内ら(2012)は,筋損傷後の温熱刺激は,筋再生を促進させることを明らかにした.しかし,損傷後の炎症反応のどのような因子が,どのようなメカニズムで筋の再生に影響を及ぼすのかについては,未だ不明な点が多い.Interleukin-6 (IL-6)は炎症反応において中心的役割を果たす因子である.また,IL-6 は筋の成長にも深く関わっているという報告もある(Serrano et al., 2008).従って,今回は温熱刺激が損傷筋におけるIL-6 の発現パターンに及ぼす影響を免疫組織化学的に観察するとともに,炎症反応や筋再生の初期段階における形態学的変化との関係を経時的に検討した.【方法】本研究では8 週齢のWistar系雄性ラットを24 匹使用し,温熱群(n=12)と非温熱群(n=12)の2 群に分け,麻酔下で長指伸筋を露出し,筋腹を500gの錘を負荷した鉗子で30 秒間圧挫して挫滅損傷を全ラットに与えた.皮膚縫合後,温熱群では損傷5 分後から42℃のホットパックを20 分間損傷部に当てて温熱刺激を行った.ホットパック実施中の筋表面温度は安静時から約10℃上昇した.損傷後6 時間と12 時間,1 日と2 日の4 時点で損傷筋を麻酔下で摘出し,損傷部を含む筋組織は,Hematoxylin-Eosin染色による形態学的観察と,IL-6,ED1,Pax7 の免疫組織化学的観察に用いた.ED1 とPax7はそれぞれマクロファージと筋衛星細胞の指標として用いた.温熱群と非温熱群間の比較にはstudentのt検定を用いた.【倫理的配慮,説明と同意】全ての実験は所属機関における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の許可を得た上で実施した.【結果】損傷筋では,二次変性が進むにつれて筋線維の染色性が低下する.非温熱群では損傷6 時間後に染色性が低下した筋線維が観察された.これに対して,同時期の温熱群では染色性が低下した筋線維に加えて,輪郭が不明瞭になった筋線維も観察された.この時期において両群ともにIL-6 の免疫反応が筋線維に観察されたが,IL-6 陽性の筋線維数は温熱群で有意に多かった.非温熱群では損傷12 時間後に輪郭が不明瞭になった筋線維が観察され,ED1 陽性のマクロファージが線維間に観察され始めたが,温熱群ではすでにマクロファージが筋線維内にも侵入していた.また,IL-6 の免疫反応は,非温熱群では主として線維間に観察されたが,温熱群では線維内に進入したマクロファージの周囲に観察された.1 日目以降,IL-6 の発現はマクロファージの周囲に認められた.また,Pax7 陽性の筋衛星細胞にもIL-6 の共発現が認められた.【考察】損傷筋線維の染色性低下や輪郭の不明瞭化は,損傷後の二次変性を示す形態学的特徴で(Takagi et al., 2011),温熱刺激は損傷筋線維の二次変性を促進することを示している.また,IL-6 はクレアチンキナーゼの活性と密接に関係して(Toth et al., 2011),炎症反応において中心的役割を果たすことが知られている.今回の観察において,温熱刺激が対応する時期の非温熱群と比較して,損傷後のIL-6 陽性の筋線維数を増加させていたことから,温熱刺激は損傷後の炎症反応を促進させたことが示唆される.さらに,マクロファージが変性筋線維内に侵入する時期やIL-6 の発現も,温熱刺激によって早期化されていた.これらの結果より,温熱刺激は損傷筋線維の二次変性を促進させ,その結果,炎症反応やマクロファージの遊走を早期化させる可能性が示唆された.また,IL-6 の免疫反応がPax7 陽性の筋衛星細胞やマクロファージの周囲にも観察されたことから,IL-6 がマクロファージの遊走や筋衛星細胞の増殖や分化とも関係し,筋再生において重要な役割を縁着ている可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究は,温熱刺激が骨格筋の再生を促進する生化学的メカニズムの一部を明らかにしたものである.この研究結果は筋の再生を促進する上で,筋損傷後に温熱刺激を用いることの是非を検討する第一歩である.