著者
石田 静香 高木 領 藤田 直人 荒川 高光 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AbPI2070, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】外力によって損傷を受けた骨格筋は、Caイオンの流入により生じる二次的な損傷部と非壊死領域の間に境界膜を形成する(松本, 2007)。筋は損傷を受けると変性、壊死後、再生する、という過程をたどる(埜中, 2001)ことから、再生の前段階である変性、壊死という二次損傷を最小限に抑えることは、次に続く筋の再生過程にも大きく影響すると考えられる。臨床場面、特にスポーツの現場では筋損傷後に寒冷療法を用いることが多い(加賀谷, 2005)。われわれは筋損傷後に与える温度刺激が筋の再生にどのように影響するのかを調べてきた。高木(2009)は、寒冷刺激によってマクロファージの進入が遅れることから、骨格筋の再生が遅延する可能性を報告した。また、Kojimaら(2007)は温熱刺激が筋損傷後の再生に重要な役割を担うと報告している。そこで、われわれは実験動物に筋損傷を惹起させた後、その二次損傷と再生過程が温度刺激によってどのように変化するのかを、寒冷、温熱双方の刺激を加えることで確かめることとした。【方法】8週齢のWistar系雄ラット15匹の前脛骨筋を用いた。動物を筋損傷のみの群(C群:n=5)、筋損傷後寒冷刺激を与える群(CI群:n=5)、損傷後温熱刺激を与える群(CH群:n=5)の3群に分けた。前脛骨筋を脛骨粗面から4mm遠位で剃刀を用いて約2/3の深さまで横切断し、筋損傷を惹起した。筋損傷作製から5分後に20分間の寒冷刺激あるいは温熱刺激を加えた。寒冷刺激は高木ら(2009)の方法に倣い、ビニール袋に砕いた氷を入れ、筋を圧迫しないように下腿前面に当てた。温熱刺激は約42度に温めた湯を入れたビニール袋を下腿前面に当てた。湯を入れたビニール袋は2分毎に交換した。これにより、筋温は寒冷刺激で約20度低下し、温熱刺激で約10度上昇した。筋切断から3,6,12,24,48時間後に、動物を灌流固定し前脛骨筋を採取した後、浸漬固定を行い、エポキシ系樹脂に包埋し縦断切片を作製した。厚さ約1µmで薄切し、1%トルイジンブルーで染色して光学顕微鏡で観察した。【説明と同意】全ての実験は所属施設における動物実験に関する指針に従って実施した。【結果】損傷3時間後、全群で損傷部とその周辺に染色性の低下が見られた。これは48時間後まで徐々に進行した。CH群での染色性の低下が著明で、CI群では低下が抑制されていた。損傷3時間後から、全群で境界膜形成が進行し、12時間後には大部分の筋線維で境界膜が形成された。非壊死領域で、筋線維の長軸方向と平行に伸びる細長い空胞が3,6時間後に観察された。1視野あたりの空胞数の平均を調べたところ、C群1.0個、CI群2.3個、CH群4.3個であった。CI群、CH群ではC群と比較して大きな空胞が観察された。損傷3時間後、全群で単核の細胞が損傷筋線維内に観察され、本細胞は形態学的にマクロファージであると判断できた。筋線維内に進入したマクロファージ数は48時間後まで増加し続けた。筋衛星細胞は6時間後から全群で観察され、24時間後まで増加した。12時間後において全群で肥大化した筋衛星細胞が観察された。CH群では24時間後に、C群では48時間後に筋芽細胞が明らかに観察できたが、CI群では48時間後でも明らかな筋芽細胞は観察できなかった。【考察】損傷3時間後から観察された壊死領域の染色性の低下は、Caイオン流入による蛋白分解を示していると考えられる。CH群において染色性の低下が進行していたことから、今回の温熱刺激は蛋白分解を促進した可能性がある。CI群では染色性の低下が抑制されたことから、寒冷刺激は蛋白分解を抑制したと考えられる。損傷3,6時間後、境界膜が不完全な領域で、筋線維内に空胞が観察された。すなわち、この空胞は境界膜が不完全な段階でCaイオンが筋線維内に部分的に流入したために生じたと考えられる。CH群で多くの空胞が観察されたことは、温熱刺激により蛋白分解が促進され、境界膜形成前に二次損傷が進行した現象であろう。CI群における多数の空胞形成は、寒冷刺激により蛋白分解が抑制されたものの、境界膜形成や細胞小器官の集積がそれ以上に遅延したために生じたと考えられる。CH群における24時間後の筋芽細胞の出現は、骨格筋の再生過程の初期には温熱刺激が効果的である可能性を示唆していると考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究により、損傷急性期に与える温熱刺激は二次損傷を助長するが、再生過程においては効果的であることが示唆された。今後の臨床応用に興味深い示唆を与えたと思われる。
著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.C1O2015-C1O2015, 2009

【目的】大胸筋と小胸筋は上肢帯・上肢の運動に関与するだけでなく、呼吸補助筋としても作用するため、理学療法において重要な筋の一つである.一方、人体解剖学実習で両筋を観察すると筋束の「ねじれ」があることに気づく.大胸筋の筋束の「ねじれ」については教科書にも記載されている (例:寺田・藤田1994, Johnson and Ellis, 2005).しかし、小胸筋のねじれは現在まで報告されていない.よって、大胸筋と小胸筋の筋束の「ねじれ」の機能的意義を明らかにし、理学療法へ応用するため、肉眼解剖学的に大胸筋と小胸筋を調査することとした.<BR>【方法】神戸大学医学部人体解剖学実習用遺体の3体3側を使用し、大胸筋と小胸筋の筋束構成と支配神経を詳細に調査した.本研究は神戸大学医学部倫理委員会の倫理規定に抵触するものではない.<BR>【結果】大胸筋鎖骨部線維は他の部より最も浅層(前面)を、比較的下方へ向かって走行し、上腕骨の大結節稜のうち最も遠位かつ浅層に停止した.胸肋部線維は外側方へと走行し、腹部線維は上方へと走行した.胸肋部線維と腹部線維は上位から起始する筋束ほど下位から起始する筋束の浅層を走行し、順に鎖骨部線維の深層に重なるように走行した.腹部線維は裏へ折れ返る構造があり、そこに支配神経が進入していた.大胸筋の胸肋部下部筋束を支配する胸筋神経の1枝が小胸筋を貫いていた.同枝が貫く部よりも上位の小胸筋の筋束は下位から起こる筋束の浅層を比較的外側方へと走行し、烏口突起のやや外側部に停止した.同神経が貫く部よりも下位の小胸筋の筋束は上位の筋束の深層を比較的上方へと走行し、烏口突起のやや内側部に停止した.<BR>【考察】大胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、上腕骨を90°程度屈曲した肢位である.また、小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、肩甲骨の烏口突起を外側・下方に向け、かつ肩甲骨の下角を外側方へと上方回旋させた肢位である.すなわち、大胸筋と小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は四足動物のそれに近いため、両筋の「ねじれ」はヒトが直立歩行へと進化する過程で生じた可能性がある.機能的には、大胸筋の「ねじれ」が消失する肩関節の90°屈曲位付近は大胸筋が最も効率よく作用する肢位である可能性が高く、例えば投球動作時のリリースポイントやバレーボールのアタックポイント、クロールでの水泳時の水をとらえるポイントなどにおける理想的な上肢の肢位に解剖学的な根拠を与える可能性がある.また、肩関節90°屈曲位で上肢を前方について固定させると大胸筋のねじれが消失するだけでなく、肩甲骨も外転・上方回旋するため、わずかではあるが小胸筋のねじれも解消する.よって、その姿勢で停止を固定させると両筋の起始全体を外側上方へと効率よく持ち上げて胸郭を広げることができる.すなわち、呼吸困難時の起座呼吸はこの作用を利用したものと考えられる.
著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Aa0138, 2012

【はじめに、目的】 内側広筋は解剖学的に斜頭が存在すると報告されて以来(Lieb and Perry, 1968)その解剖学的な分類と機能について議論されてきた筋である。しかしながら、内側広筋斜頭に関しては、線維の方向が他の部と違い膝蓋骨に横から付着するもの(Lieb and Perry, 1968)という説が一般的であるが、その線維方向だけで斜頭を決定している報告(Peeler et al., 2005)や大内転筋腱から起こる部分が斜頭であるとする説(Williams, 2005)があり、定義が一定でない。さらには解剖学的に分けられないという報告(Hubbard, 1997)も存在するなど、その解剖学的詳細が明らかになっているとは言い難い。よって今回われわれは、内側広筋の起始と、内側広筋起始の周囲にある広筋内転筋板に着目し、その機能的意義や臨床上の応用について詳細に検討を加えることとした。【方法】 本学医学部の解剖学実習に提供された遺体8体12側(右6側、左6側)を使用した。関係構造物の破損が激しい場合や遺体の固定の状態のため、全例で両側を使用することはできなかった。内側広筋、大内転筋など、広筋内転筋板と関係する筋群を中心に詳細に解剖した。大腿動脈、大腿静脈、大腿神経、およびそれらの枝たちも広筋内転筋板との関係に注意して詳細に解剖した。その後、広筋内転筋板を切開して翻転し、大腿動脈、大腿静脈、大腿神経の枝たちの位置を確認後、それらを適宜翻転しながら、内側広筋を起始に向かって詳細に解剖した。とくに内側広筋の起始・停止を詳細に観察し、スケッチとデジタル画像にて記録した。【説明と同意】 本研究で使用した遺体は死体解剖保存法に基づき、生前に適切な説明をし、同意を得ている。解剖は全て、定められた解剖実習室内にて行った。【結果】 内側広筋と広筋内転筋板は全例で認められた。広筋内転筋板は大内転筋の腱部の一部が外側上方へと張り出して腱膜となるが、12側中10側で長内転筋の停止腱からも広筋内転筋板へ連続する腱膜が存在した。内側広筋の起始を観察すると、大部分は深層の大腿骨粗線内側唇から起こる部が占めるが、下部浅層約4分の1には、広筋内転筋板から起こる内側広筋の筋束があった。深層から起始した筋束も、下部浅層の広筋内転筋板から起こる筋束もお互いに並んで外側下方へと走行した。停止は、膝蓋骨内側へと放散する筋束もあるが、横膝蓋靱帯などの膝関節内側の関節包へと連続するものも一部認められた。【考察】 内転筋管は大腿動脈と大腿静脈が前方から後方へと通過する管であり、その前壁に張る腱膜構造が広筋内転筋板である。今回、われわれの観察により、広筋内転筋板は大内転筋の腱部のみでなく、長内転筋の停止腱からも線維が関与することが明らかになった。内側広筋の下部浅層の筋束は広筋内転筋板から起こり、膝蓋骨や膝関節内側の関節包に停止する。よって内側広筋の下部浅層の筋束は、他の内側広筋の筋束よりも起始が前に位置することとなり、そのため筋腹も前方へと移動する。体表解剖学において内側広筋の下部は外側広筋と比較して前方へ膨らんで観察される。すなわち、体表解剖学的に観察できる内側広筋が前方へ膨らんだ下部こそ、広筋内転筋板から起こる筋束の部である可能性が高い。大内転筋や長内転筋の一部の筋束がその筋の停止腱から広筋内転筋板を介して内側広筋と連続する構造は、機能的に二腹筋の構造を呈していると考えたい。すなわち、大内転筋や長内転筋の収縮があって初めて内側広筋の下部浅層の筋束は起始が固定されるのかもしれない。言い換えれば、立位・歩行時に股関節外転筋群が収縮して片脚立位を保つと、股関節内転筋群の収縮が抑制され、内側広筋の下部浅層の筋束はその起始の固定を失ってしまうため、内側広筋の下部浅層の筋力を十分に発揮できない可能性がある。内側広筋の斜頭は解剖学的には明確に分離できなかったが、広筋内転筋板から起こる筋束として定義することが可能ならば、機能的・臨床的意義は高いと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 長い間問題となっていた内側広筋斜頭の解剖学的事実を明らかにし、内側広筋の機能的・臨床的な応用を新しく提唱できたと考える。
著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C1O2015, 2009 (Released:2009-04-25)

【目的】大胸筋と小胸筋は上肢帯・上肢の運動に関与するだけでなく、呼吸補助筋としても作用するため、理学療法において重要な筋の一つである.一方、人体解剖学実習で両筋を観察すると筋束の「ねじれ」があることに気づく.大胸筋の筋束の「ねじれ」については教科書にも記載されている (例:寺田・藤田1994, Johnson and Ellis, 2005).しかし、小胸筋のねじれは現在まで報告されていない.よって、大胸筋と小胸筋の筋束の「ねじれ」の機能的意義を明らかにし、理学療法へ応用するため、肉眼解剖学的に大胸筋と小胸筋を調査することとした.【方法】神戸大学医学部人体解剖学実習用遺体の3体3側を使用し、大胸筋と小胸筋の筋束構成と支配神経を詳細に調査した.本研究は神戸大学医学部倫理委員会の倫理規定に抵触するものではない.【結果】大胸筋鎖骨部線維は他の部より最も浅層(前面)を、比較的下方へ向かって走行し、上腕骨の大結節稜のうち最も遠位かつ浅層に停止した.胸肋部線維は外側方へと走行し、腹部線維は上方へと走行した.胸肋部線維と腹部線維は上位から起始する筋束ほど下位から起始する筋束の浅層を走行し、順に鎖骨部線維の深層に重なるように走行した.腹部線維は裏へ折れ返る構造があり、そこに支配神経が進入していた.大胸筋の胸肋部下部筋束を支配する胸筋神経の1枝が小胸筋を貫いていた.同枝が貫く部よりも上位の小胸筋の筋束は下位から起こる筋束の浅層を比較的外側方へと走行し、烏口突起のやや外側部に停止した.同神経が貫く部よりも下位の小胸筋の筋束は上位の筋束の深層を比較的上方へと走行し、烏口突起のやや内側部に停止した.【考察】大胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、上腕骨を90°程度屈曲した肢位である.また、小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、肩甲骨の烏口突起を外側・下方に向け、かつ肩甲骨の下角を外側方へと上方回旋させた肢位である.すなわち、大胸筋と小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は四足動物のそれに近いため、両筋の「ねじれ」はヒトが直立歩行へと進化する過程で生じた可能性がある.機能的には、大胸筋の「ねじれ」が消失する肩関節の90°屈曲位付近は大胸筋が最も効率よく作用する肢位である可能性が高く、例えば投球動作時のリリースポイントやバレーボールのアタックポイント、クロールでの水泳時の水をとらえるポイントなどにおける理想的な上肢の肢位に解剖学的な根拠を与える可能性がある.また、肩関節90°屈曲位で上肢を前方について固定させると大胸筋のねじれが消失するだけでなく、肩甲骨も外転・上方回旋するため、わずかではあるが小胸筋のねじれも解消する.よって、その姿勢で停止を固定させると両筋の起始全体を外側上方へと効率よく持ち上げて胸郭を広げることができる.すなわち、呼吸困難時の起座呼吸はこの作用を利用したものと考えられる.
著者
荒川 高光
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.43 Suppl. No.2 (第51回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.0518, 2016 (Released:2016-04-28)

【はじめに,目的】上殿神経は通常第4と第5腰神経,第1仙骨神経から起こる仙骨神経叢の一枝で,上殿動静脈とともに大坐骨孔の梨状筋上孔から出て,中殿筋と小殿筋の間を走行しながら両筋へと筋枝を与え,さらに前方へと回って大腿筋膜張筋を支配する神経である。このような走行のために髄内釘の手術の際に上殿神経が傷つけられる危険性が指摘されている(Ozsoy, et al., 2007;Lowe, et al., 2012)。また上殿神経には殿部の皮膚や殿筋膜への知覚枝が存在することも報告されている(Akita, et al., 1992)。上殿神経の詳細な解剖学的情報は股関節リハビリテーションにおいても重要である。今回,梨状筋上孔を出た上殿神経が大殿筋への筋枝を持つ例に遭遇したため,詳細に観察することとした。【方法】所属大学医学部の解剖学実習用遺体1体(女性)を用いた。殿部や骨盤内に外傷や手術の既往はなかった。皮膚剥離後,大殿筋を反転する際に,梨状筋上孔から大殿筋に至る筋枝に気付き,全て色糸でマークして,動静脈とともに切断して大殿筋を反転した。続いて中殿筋を反転し,小殿筋との間の上殿神経を剖出し,大腿筋膜張筋までその走行を確認した。所見をスケッチとデジタル画像にて記録した。【結果】梨状筋上孔からは上殿神経の他に,後大腿皮神経から分かれた下殿皮神経と会陰枝,総腓骨神経が出ていた。上殿神経は梨状筋上孔を出た後に,中殿筋の深層へと走行する手前で大殿筋に至る筋枝を3本出していることが確認できた。大殿筋の最も頭側の筋束(腸骨稜起始)へと筋枝を送り,仙骨から起始する筋束にも筋枝を出した。本筋枝が大殿筋内を通り抜けて後方へ出て知覚枝になる様子は現在のところ発見できていない。上殿神経は大殿筋へ筋枝を出した後,中殿筋と小殿筋の間を走行しながら両筋に筋枝を出し,大腿筋膜張筋へ達した。大腿筋膜張筋への筋枝が一部本筋を貫いて筋膜へと出ていた。梨状筋下孔からは脛骨神経と下殿神経が出ていた。下殿神経は大殿筋の下方の筋束へと筋枝を出していた。後大腿皮神経の残りの枝と陰部神経は未確認である。【結論】上殿神経が大殿筋を支配する例の報告は現在のところ存在せず,本例は臨床的にも非常に貴重な例である。すなわち,上殿神経を傷つけるリスクのある手術を行った際には,ごく稀ではあるが,大殿筋の支配神経を傷つけている可能性も否定できないのである。さらには,上殿神経が傷つけられると,大転子付近の筋膜や皮膚への知覚が障害される可能性もある。術後のフォローアップの際に理学療法士が知っておかねばならない詳細な解剖学的情報の1つと位置づけられる。今後本例の上殿神経などの起始分節を確かめるとともに詳細に解析を加えていきたい。
著者
石田 静香 高木 領 藤田 直人 荒川 高光 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AbPI2070, 2011

【目的】外力によって損傷を受けた骨格筋は、Caイオンの流入により生じる二次的な損傷部と非壊死領域の間に境界膜を形成する(松本, 2007)。筋は損傷を受けると変性、壊死後、再生する、という過程をたどる(埜中, 2001)ことから、再生の前段階である変性、壊死という二次損傷を最小限に抑えることは、次に続く筋の再生過程にも大きく影響すると考えられる。臨床場面、特にスポーツの現場では筋損傷後に寒冷療法を用いることが多い(加賀谷, 2005)。われわれは筋損傷後に与える温度刺激が筋の再生にどのように影響するのかを調べてきた。高木(2009)は、寒冷刺激によってマクロファージの進入が遅れることから、骨格筋の再生が遅延する可能性を報告した。また、Kojimaら(2007)は温熱刺激が筋損傷後の再生に重要な役割を担うと報告している。そこで、われわれは実験動物に筋損傷を惹起させた後、その二次損傷と再生過程が温度刺激によってどのように変化するのかを、寒冷、温熱双方の刺激を加えることで確かめることとした。<BR>【方法】8週齢のWistar系雄ラット15匹の前脛骨筋を用いた。動物を筋損傷のみの群(C群:n=5)、筋損傷後寒冷刺激を与える群(CI群:n=5)、損傷後温熱刺激を与える群(CH群:n=5)の3群に分けた。前脛骨筋を脛骨粗面から4mm遠位で剃刀を用いて約2/3の深さまで横切断し、筋損傷を惹起した。筋損傷作製から5分後に20分間の寒冷刺激あるいは温熱刺激を加えた。寒冷刺激は高木ら(2009)の方法に倣い、ビニール袋に砕いた氷を入れ、筋を圧迫しないように下腿前面に当てた。温熱刺激は約42度に温めた湯を入れたビニール袋を下腿前面に当てた。湯を入れたビニール袋は2分毎に交換した。これにより、筋温は寒冷刺激で約20度低下し、温熱刺激で約10度上昇した。筋切断から3,6,12,24,48時間後に、動物を灌流固定し前脛骨筋を採取した後、浸漬固定を行い、エポキシ系樹脂に包埋し縦断切片を作製した。厚さ約1&#181;mで薄切し、1%トルイジンブルーで染色して光学顕微鏡で観察した。<BR>【説明と同意】全ての実験は所属施設における動物実験に関する指針に従って実施した。<BR>【結果】損傷3時間後、全群で損傷部とその周辺に染色性の低下が見られた。これは48時間後まで徐々に進行した。CH群での染色性の低下が著明で、CI群では低下が抑制されていた。損傷3時間後から、全群で境界膜形成が進行し、12時間後には大部分の筋線維で境界膜が形成された。非壊死領域で、筋線維の長軸方向と平行に伸びる細長い空胞が3,6時間後に観察された。1視野あたりの空胞数の平均を調べたところ、C群1.0個、CI群2.3個、CH群4.3個であった。CI群、CH群ではC群と比較して大きな空胞が観察された。損傷3時間後、全群で単核の細胞が損傷筋線維内に観察され、本細胞は形態学的にマクロファージであると判断できた。筋線維内に進入したマクロファージ数は48時間後まで増加し続けた。筋衛星細胞は6時間後から全群で観察され、24時間後まで増加した。12時間後において全群で肥大化した筋衛星細胞が観察された。CH群では24時間後に、C群では48時間後に筋芽細胞が明らかに観察できたが、CI群では48時間後でも明らかな筋芽細胞は観察できなかった。<BR>【考察】損傷3時間後から観察された壊死領域の染色性の低下は、Caイオン流入による蛋白分解を示していると考えられる。CH群において染色性の低下が進行していたことから、今回の温熱刺激は蛋白分解を促進した可能性がある。CI群では染色性の低下が抑制されたことから、寒冷刺激は蛋白分解を抑制したと考えられる。損傷3,6時間後、境界膜が不完全な領域で、筋線維内に空胞が観察された。すなわち、この空胞は境界膜が不完全な段階でCaイオンが筋線維内に部分的に流入したために生じたと考えられる。CH群で多くの空胞が観察されたことは、温熱刺激により蛋白分解が促進され、境界膜形成前に二次損傷が進行した現象であろう。CI群における多数の空胞形成は、寒冷刺激により蛋白分解が抑制されたものの、境界膜形成や細胞小器官の集積がそれ以上に遅延したために生じたと考えられる。CH群における24時間後の筋芽細胞の出現は、骨格筋の再生過程の初期には温熱刺激が効果的である可能性を示唆していると考えられる。<BR>【理学療法学研究としての意義】本研究により、損傷急性期に与える温熱刺激は二次損傷を助長するが、再生過程においては効果的であることが示唆された。今後の臨床応用に興味深い示唆を与えたと思われる。
著者
畑出 卓哉 藤田 直人 荒川 高光 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2012, pp.48101489, 2013

【はじめに、目的】骨格筋が損傷されたとき,炎症や疼痛を軽減する目的で寒冷刺激が用いられることが多い(Michlovitz et al., 1988).逆に温熱刺激は炎症症状を助長する(Knight et al., 1995)ことから,筋損傷直後には禁忌とされてきた.しかし,近年我々は筋損傷直後に与えた寒冷刺激は筋の再生を遅延させることを明らかにした(Takagi et al., 2011).すなわち,骨格筋再生の観点から見れば,筋損傷後の寒冷刺激による炎症反応の抑制は逆効果をもたらす可能性が高い.筋損傷後の炎症反応は,その後の筋再生にとって重要な役割を果たすという報告もあり(Tidball, 2004),炎症反応を助長させる温熱刺激は,骨格筋再生の観点から見れば有用な刺激となる可能性がある.実際,武内ら(2012)は,筋損傷後の温熱刺激は,筋再生を促進させることを明らかにした.しかし,損傷後の炎症反応のどのような因子が,どのようなメカニズムで筋の再生に影響を及ぼすのかについては,未だ不明な点が多い.Interleukin-6 (IL-6)は炎症反応において中心的役割を果たす因子である.また,IL-6 は筋の成長にも深く関わっているという報告もある(Serrano et al., 2008).従って,今回は温熱刺激が損傷筋におけるIL-6 の発現パターンに及ぼす影響を免疫組織化学的に観察するとともに,炎症反応や筋再生の初期段階における形態学的変化との関係を経時的に検討した.【方法】本研究では8 週齢のWistar系雄性ラットを24 匹使用し,温熱群(n=12)と非温熱群(n=12)の2 群に分け,麻酔下で長指伸筋を露出し,筋腹を500gの錘を負荷した鉗子で30 秒間圧挫して挫滅損傷を全ラットに与えた.皮膚縫合後,温熱群では損傷5 分後から42℃のホットパックを20 分間損傷部に当てて温熱刺激を行った.ホットパック実施中の筋表面温度は安静時から約10℃上昇した.損傷後6 時間と12 時間,1 日と2 日の4 時点で損傷筋を麻酔下で摘出し,損傷部を含む筋組織は,Hematoxylin-Eosin染色による形態学的観察と,IL-6,ED1,Pax7 の免疫組織化学的観察に用いた.ED1 とPax7はそれぞれマクロファージと筋衛星細胞の指標として用いた.温熱群と非温熱群間の比較にはstudentのt検定を用いた.【倫理的配慮,説明と同意】全ての実験は所属機関における動物実験に関する指針に従い,動物実験委員会の許可を得た上で実施した.【結果】損傷筋では,二次変性が進むにつれて筋線維の染色性が低下する.非温熱群では損傷6 時間後に染色性が低下した筋線維が観察された.これに対して,同時期の温熱群では染色性が低下した筋線維に加えて,輪郭が不明瞭になった筋線維も観察された.この時期において両群ともにIL-6 の免疫反応が筋線維に観察されたが,IL-6 陽性の筋線維数は温熱群で有意に多かった.非温熱群では損傷12 時間後に輪郭が不明瞭になった筋線維が観察され,ED1 陽性のマクロファージが線維間に観察され始めたが,温熱群ではすでにマクロファージが筋線維内にも侵入していた.また,IL-6 の免疫反応は,非温熱群では主として線維間に観察されたが,温熱群では線維内に進入したマクロファージの周囲に観察された.1 日目以降,IL-6 の発現はマクロファージの周囲に認められた.また,Pax7 陽性の筋衛星細胞にもIL-6 の共発現が認められた.【考察】損傷筋線維の染色性低下や輪郭の不明瞭化は,損傷後の二次変性を示す形態学的特徴で(Takagi et al., 2011),温熱刺激は損傷筋線維の二次変性を促進することを示している.また,IL-6 はクレアチンキナーゼの活性と密接に関係して(Toth et al., 2011),炎症反応において中心的役割を果たすことが知られている.今回の観察において,温熱刺激が対応する時期の非温熱群と比較して,損傷後のIL-6 陽性の筋線維数を増加させていたことから,温熱刺激は損傷後の炎症反応を促進させたことが示唆される.さらに,マクロファージが変性筋線維内に侵入する時期やIL-6 の発現も,温熱刺激によって早期化されていた.これらの結果より,温熱刺激は損傷筋線維の二次変性を促進させ,その結果,炎症反応やマクロファージの遊走を早期化させる可能性が示唆された.また,IL-6 の免疫反応がPax7 陽性の筋衛星細胞やマクロファージの周囲にも観察されたことから,IL-6 がマクロファージの遊走や筋衛星細胞の増殖や分化とも関係し,筋再生において重要な役割を縁着ている可能性が示唆された.【理学療法学研究としての意義】本研究は,温熱刺激が骨格筋の再生を促進する生化学的メカニズムの一部を明らかにしたものである.この研究結果は筋の再生を促進する上で,筋損傷後に温熱刺激を用いることの是非を検討する第一歩である.
著者
三木 明徳 安藤 啓司 荒川 高光
出版者
神戸大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2013-04-01

筋損傷に対する予防や治療は、スポーツやリハビリテーションの臨床の現場において、理学療法士の重要な任務である。筋損傷急性期には寒冷療法が行われているが、筋再生の面から見ると好ましくない結果が出ている。科学的根拠に基づいた筋損傷に対する治療を確立するため、筋損傷に対する温度刺激の影響を形態学的、組織化学的、生化学的に観察した。温熱刺激を試みたところ、筋の再生は促進し、MyoDやmyogeninといった筋再生の重要因子の発現も早期化、促進できた。筋損傷後急性期の温熱刺激は禁忌とされているが、筋再生の面から見て検討を要すると考えられた。