著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2008, pp.C1O2015-C1O2015, 2009

【目的】大胸筋と小胸筋は上肢帯・上肢の運動に関与するだけでなく、呼吸補助筋としても作用するため、理学療法において重要な筋の一つである.一方、人体解剖学実習で両筋を観察すると筋束の「ねじれ」があることに気づく.大胸筋の筋束の「ねじれ」については教科書にも記載されている (例:寺田・藤田1994, Johnson and Ellis, 2005).しかし、小胸筋のねじれは現在まで報告されていない.よって、大胸筋と小胸筋の筋束の「ねじれ」の機能的意義を明らかにし、理学療法へ応用するため、肉眼解剖学的に大胸筋と小胸筋を調査することとした.<BR>【方法】神戸大学医学部人体解剖学実習用遺体の3体3側を使用し、大胸筋と小胸筋の筋束構成と支配神経を詳細に調査した.本研究は神戸大学医学部倫理委員会の倫理規定に抵触するものではない.<BR>【結果】大胸筋鎖骨部線維は他の部より最も浅層(前面)を、比較的下方へ向かって走行し、上腕骨の大結節稜のうち最も遠位かつ浅層に停止した.胸肋部線維は外側方へと走行し、腹部線維は上方へと走行した.胸肋部線維と腹部線維は上位から起始する筋束ほど下位から起始する筋束の浅層を走行し、順に鎖骨部線維の深層に重なるように走行した.腹部線維は裏へ折れ返る構造があり、そこに支配神経が進入していた.大胸筋の胸肋部下部筋束を支配する胸筋神経の1枝が小胸筋を貫いていた.同枝が貫く部よりも上位の小胸筋の筋束は下位から起こる筋束の浅層を比較的外側方へと走行し、烏口突起のやや外側部に停止した.同神経が貫く部よりも下位の小胸筋の筋束は上位の筋束の深層を比較的上方へと走行し、烏口突起のやや内側部に停止した.<BR>【考察】大胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、上腕骨を90°程度屈曲した肢位である.また、小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、肩甲骨の烏口突起を外側・下方に向け、かつ肩甲骨の下角を外側方へと上方回旋させた肢位である.すなわち、大胸筋と小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は四足動物のそれに近いため、両筋の「ねじれ」はヒトが直立歩行へと進化する過程で生じた可能性がある.機能的には、大胸筋の「ねじれ」が消失する肩関節の90°屈曲位付近は大胸筋が最も効率よく作用する肢位である可能性が高く、例えば投球動作時のリリースポイントやバレーボールのアタックポイント、クロールでの水泳時の水をとらえるポイントなどにおける理想的な上肢の肢位に解剖学的な根拠を与える可能性がある.また、肩関節90°屈曲位で上肢を前方について固定させると大胸筋のねじれが消失するだけでなく、肩甲骨も外転・上方回旋するため、わずかではあるが小胸筋のねじれも解消する.よって、その姿勢で停止を固定させると両筋の起始全体を外側上方へと効率よく持ち上げて胸郭を広げることができる.すなわち、呼吸困難時の起座呼吸はこの作用を利用したものと考えられる.
著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.Aa0138, 2012

【はじめに、目的】 内側広筋は解剖学的に斜頭が存在すると報告されて以来(Lieb and Perry, 1968)その解剖学的な分類と機能について議論されてきた筋である。しかしながら、内側広筋斜頭に関しては、線維の方向が他の部と違い膝蓋骨に横から付着するもの(Lieb and Perry, 1968)という説が一般的であるが、その線維方向だけで斜頭を決定している報告(Peeler et al., 2005)や大内転筋腱から起こる部分が斜頭であるとする説(Williams, 2005)があり、定義が一定でない。さらには解剖学的に分けられないという報告(Hubbard, 1997)も存在するなど、その解剖学的詳細が明らかになっているとは言い難い。よって今回われわれは、内側広筋の起始と、内側広筋起始の周囲にある広筋内転筋板に着目し、その機能的意義や臨床上の応用について詳細に検討を加えることとした。【方法】 本学医学部の解剖学実習に提供された遺体8体12側(右6側、左6側)を使用した。関係構造物の破損が激しい場合や遺体の固定の状態のため、全例で両側を使用することはできなかった。内側広筋、大内転筋など、広筋内転筋板と関係する筋群を中心に詳細に解剖した。大腿動脈、大腿静脈、大腿神経、およびそれらの枝たちも広筋内転筋板との関係に注意して詳細に解剖した。その後、広筋内転筋板を切開して翻転し、大腿動脈、大腿静脈、大腿神経の枝たちの位置を確認後、それらを適宜翻転しながら、内側広筋を起始に向かって詳細に解剖した。とくに内側広筋の起始・停止を詳細に観察し、スケッチとデジタル画像にて記録した。【説明と同意】 本研究で使用した遺体は死体解剖保存法に基づき、生前に適切な説明をし、同意を得ている。解剖は全て、定められた解剖実習室内にて行った。【結果】 内側広筋と広筋内転筋板は全例で認められた。広筋内転筋板は大内転筋の腱部の一部が外側上方へと張り出して腱膜となるが、12側中10側で長内転筋の停止腱からも広筋内転筋板へ連続する腱膜が存在した。内側広筋の起始を観察すると、大部分は深層の大腿骨粗線内側唇から起こる部が占めるが、下部浅層約4分の1には、広筋内転筋板から起こる内側広筋の筋束があった。深層から起始した筋束も、下部浅層の広筋内転筋板から起こる筋束もお互いに並んで外側下方へと走行した。停止は、膝蓋骨内側へと放散する筋束もあるが、横膝蓋靱帯などの膝関節内側の関節包へと連続するものも一部認められた。【考察】 内転筋管は大腿動脈と大腿静脈が前方から後方へと通過する管であり、その前壁に張る腱膜構造が広筋内転筋板である。今回、われわれの観察により、広筋内転筋板は大内転筋の腱部のみでなく、長内転筋の停止腱からも線維が関与することが明らかになった。内側広筋の下部浅層の筋束は広筋内転筋板から起こり、膝蓋骨や膝関節内側の関節包に停止する。よって内側広筋の下部浅層の筋束は、他の内側広筋の筋束よりも起始が前に位置することとなり、そのため筋腹も前方へと移動する。体表解剖学において内側広筋の下部は外側広筋と比較して前方へ膨らんで観察される。すなわち、体表解剖学的に観察できる内側広筋が前方へ膨らんだ下部こそ、広筋内転筋板から起こる筋束の部である可能性が高い。大内転筋や長内転筋の一部の筋束がその筋の停止腱から広筋内転筋板を介して内側広筋と連続する構造は、機能的に二腹筋の構造を呈していると考えたい。すなわち、大内転筋や長内転筋の収縮があって初めて内側広筋の下部浅層の筋束は起始が固定されるのかもしれない。言い換えれば、立位・歩行時に股関節外転筋群が収縮して片脚立位を保つと、股関節内転筋群の収縮が抑制され、内側広筋の下部浅層の筋束はその起始の固定を失ってしまうため、内側広筋の下部浅層の筋力を十分に発揮できない可能性がある。内側広筋の斜頭は解剖学的には明確に分離できなかったが、広筋内転筋板から起こる筋束として定義することが可能ならば、機能的・臨床的意義は高いと考えられる。【理学療法学研究としての意義】 長い間問題となっていた内側広筋斜頭の解剖学的事実を明らかにし、内側広筋の機能的・臨床的な応用を新しく提唱できたと考える。
著者
荒川 高光 寺島 俊雄 三木 明徳
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.36 Suppl. No.2 (第44回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.C1O2015, 2009 (Released:2009-04-25)

【目的】大胸筋と小胸筋は上肢帯・上肢の運動に関与するだけでなく、呼吸補助筋としても作用するため、理学療法において重要な筋の一つである.一方、人体解剖学実習で両筋を観察すると筋束の「ねじれ」があることに気づく.大胸筋の筋束の「ねじれ」については教科書にも記載されている (例:寺田・藤田1994, Johnson and Ellis, 2005).しかし、小胸筋のねじれは現在まで報告されていない.よって、大胸筋と小胸筋の筋束の「ねじれ」の機能的意義を明らかにし、理学療法へ応用するため、肉眼解剖学的に大胸筋と小胸筋を調査することとした.【方法】神戸大学医学部人体解剖学実習用遺体の3体3側を使用し、大胸筋と小胸筋の筋束構成と支配神経を詳細に調査した.本研究は神戸大学医学部倫理委員会の倫理規定に抵触するものではない.【結果】大胸筋鎖骨部線維は他の部より最も浅層(前面)を、比較的下方へ向かって走行し、上腕骨の大結節稜のうち最も遠位かつ浅層に停止した.胸肋部線維は外側方へと走行し、腹部線維は上方へと走行した.胸肋部線維と腹部線維は上位から起始する筋束ほど下位から起始する筋束の浅層を走行し、順に鎖骨部線維の深層に重なるように走行した.腹部線維は裏へ折れ返る構造があり、そこに支配神経が進入していた.大胸筋の胸肋部下部筋束を支配する胸筋神経の1枝が小胸筋を貫いていた.同枝が貫く部よりも上位の小胸筋の筋束は下位から起こる筋束の浅層を比較的外側方へと走行し、烏口突起のやや外側部に停止した.同神経が貫く部よりも下位の小胸筋の筋束は上位の筋束の深層を比較的上方へと走行し、烏口突起のやや内側部に停止した.【考察】大胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、上腕骨を90°程度屈曲した肢位である.また、小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は、肩甲骨の烏口突起を外側・下方に向け、かつ肩甲骨の下角を外側方へと上方回旋させた肢位である.すなわち、大胸筋と小胸筋の「ねじれ」が消失する肢位は四足動物のそれに近いため、両筋の「ねじれ」はヒトが直立歩行へと進化する過程で生じた可能性がある.機能的には、大胸筋の「ねじれ」が消失する肩関節の90°屈曲位付近は大胸筋が最も効率よく作用する肢位である可能性が高く、例えば投球動作時のリリースポイントやバレーボールのアタックポイント、クロールでの水泳時の水をとらえるポイントなどにおける理想的な上肢の肢位に解剖学的な根拠を与える可能性がある.また、肩関節90°屈曲位で上肢を前方について固定させると大胸筋のねじれが消失するだけでなく、肩甲骨も外転・上方回旋するため、わずかではあるが小胸筋のねじれも解消する.よって、その姿勢で停止を固定させると両筋の起始全体を外側上方へと効率よく持ち上げて胸郭を広げることができる.すなわち、呼吸困難時の起座呼吸はこの作用を利用したものと考えられる.