- 著者
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荒川 武士
上原 信太郎
山口 智史
伊藤 克浩
- 出版者
- 公益社団法人 日本理学療法士協会
- 雑誌
- 理学療法学Supplement
- 巻号頁・発行日
- vol.2011, pp.Ca0919, 2012
【はじめに、目的】 人工膝関節置換術(以下TKA)後の膝関節屈曲角度を獲得することは、立ち座り動作などの日常生活をスムースに行う上で重要である。機種や手術手技による相違はあるものの、120度の屈曲可動域を得ることは理論上可能と言われている。しかし、手術時の前方侵入による術野展開、更には筋中を深部に向かう術創が、皮膚・皮下組織の癒着・瘢痕などを引き起こし術後の屈曲制限に関係する可能性が十分に推察できる。特に皮膚は、関節軸から最も長いレバーアームをもつため、大きな動きを要求されるという点で癒着・瘢痕の影響を受けやすい組織といえる。そのため、皮膚可動性は屈曲制限に大きく影響すると推察される。そこで本研究は、他動的に膝関節を屈曲させた時の術創部周囲の皮膚可動性に着目し、TKA後の膝屈曲角度に及ぼす影響について検証することを目的とした。【方法】 対象は、TKA 後の入院患者20名(平均年齢76.7±7.7歳)とした。術後平均日数は45.0±17.9日であった。TKA患者は、膝関節屈曲角度120度未満の群(以下120度未満群)と120度以上可能な群(以下120度以上群)とに分類し、健常高齢者10名(平均年齢71.8±8.7歳)から成る対照群を含めた3群間の皮膚可動性の差を検証した。皮膚可動性の測定は浅野(2004)の報告に準じて行った。まず、膝関節伸展位にて脛骨粗面と膝蓋骨下端の距離を基準値とし、同距離を膝蓋骨下端から大腿骨長軸に沿って近位方向に3区間設定し、近位から順にa・b・c・d区とした。さらに各測定点の内外側2.5cmのところに測定点をとって5cmの基準距離とし、近位から(1)・(2)・(3)・(4)・(5)とした。次に膝関節を他動的に90度屈曲させ、その時のa~d(縦方向)、(1)~(5)(横方向)の区間距離を測定した。測定時の膝屈曲角度は、全ての患者が容易に行える角度として90度を選択した。得られた各区間の距離は基準値を100とした変化率に換算し、縦方向、横方向それぞれについて2元配置分散分析(群×測定点)を行った。下位検定にはBonferroni補正法によるt検定を用い、各区間それぞれについての群間差を検証した。有意水準は5%とした。【倫理的配慮、説明と同意】 ヘルシンキ宣言に基づき、事前に研究内容を十分に説明し同意を得た。【結果】 TKA患者を分類した結果、120度未満群は10名で、平均屈曲角度は101±7.7度であった。120度以上群は10名で、平均屈曲角度は120.5±1.6度であった。縦方向の皮膚可動性は、120度未満群でa区138%、b区126%、c区129%、d区122%であった。120度以上群はそれぞれ140%、129%、124%、118%であった。対照群は151%、163%、137%、130%であった。2元配置分散分析の結果、要因間に有意な交互作用が認められた。更に下位検定を行った結果、b区間においてのみ対照群と120度未満群、対照群と120度以上群との間に有意差を認めた。120度未満群と以上群の間に差は見られなかった。横方向については、120度未満群は(1)102%、(2)102%、(3)103%、(4)101%、(5)98%であった。120度以上群はそれぞれ101%、102%、102%、100%、99%であった。対照群は104%、104%、105%、103%、101%であった。2元配置分散分析に統計学的有意差は認められなかった。【考察】 TKA患者は健常高齢者と比較して、特に縦方向b区の皮膚可動性が顕著に低下していることが判明した。この要因の一つには、術創部の癒着・瘢痕化による皮膚そのものの伸張性低下が関係している可能性が挙げられる。また、本研究で計測したb区はちょうど膝蓋骨上縁付近にあたるため、この部分に内在する皮下組織、すなわち膝蓋上嚢や大腿四頭筋遠位付着部と皮膚との間の滑走の低下も複合的に関係している可能性が考えられる。一方、患者群同士に着目すると、120度未満群と120度以上群の間には縦方向の皮膚可動性に差を認めなかった。これは膝関節屈曲90度における縦方向の皮膚可動性が、TKA後に獲得できる膝屈曲角度に対する強い制限因子ではない可能性を示す結果と言える。しかし、実際の臨床では最終可動域付近において皮膚可動性が低下していることを多く経験し、皮膚へアプローチすることで即時に可動域改善が見られることがある。つまり、皮膚可動性は各個人の膝屈曲最終可動域付近にて強く影響しうるものであり、本研究で検証した90度屈曲時の可動性ではその影響を反映しきれていない可能性が推察された。【理学療法学研究としての意義】 理学療法介入において、関節可動域の制限因子解明は効率的治療の選択に繋がる。膝関節構成要素の一つである皮膚に着目し、TKA後の可動域への影響を見た本研究は、学術的にも臨床的にも有用な情報を寄与するものである。