著者
石井 祥子 奈良 由美子 鈴木 康弘 稲村 哲也 バトトルガ スヘー ナラマンダハ ビャンバジャブ Shoko ISHII Yumiko NARA Yasuhiro SUZUKI Tetsuya INAMURA Sukhee BATTULGA Byambajav NARMANDAHK
出版者
放送大学
雑誌
放送大学研究年報 = Journal of The Open University of Japan (ISSN:09114505)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.19-33, 2023-03-25

筆者らは、2017年10月から、JICA草の根技術協力事業(パートナー型)「モンゴル・ホブド県における地球環境変動に伴う大規模自然災害への防災啓発プロジェクト」を実施してきた。当初計画では、2022年9月までの5年間を予定していたが、COVID-19感染症流行のため、それ以後は現地での実践活動が継続不可能となった。幸い、これまでの成果と今後の活動の可能性が認められ、約1年半をめどにプロジェクト延長が承認された。そこで、筆者らは、2022年8-10月にウランバートル市とホブド市を訪問し、約2年半ぶりに本格的に活動を再開することができた。 本稿では、感染症流行により活動が制限された状況下における持続的な取り組みと、渡航が再開された2022年後半の活動をまとめる。主な内容は、防災カルタ大会の開催、市民を主体とする防災ワークショップの開催、そして映像コンテンツの制作と評価・活用についてである。
著者
相馬 拓也 バトトルガ スヘー
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

<b>I&nbsp; </b><b>はじめに</b><b></b> <br>モンゴル西部バヤン・ウルギー県(Баян-Өлгий)アルタイ山脈一帯では、19世紀半ばから新疆一帯のカザフ人(Қазақ)の流入が断続的に続いた。そのため同地域には、いわゆる「ハルハ・モンゴル人(以下、モンゴル人)」社会とは異なる文化的・宗教的背景に根ざした、アルタイ系カザフ人(以下、カザフ人)による独自のコミュニティが形成されてきた。県内人口およそ9万人の内、カザフ人はその88.7%を占め、モンゴル国内最大のマイノリティ集団となっている。同地域のカザフ人は1990年代の民主化移行により、カザフスタンへの「本国帰還」や、自民族のアイデンティティ確立などをへて、モンゴル人社会とは異なる人的流動と自己定義の重層により形成された。しかし、ポスト社会主義時代を通じて加速した、カザフの伝統文化・習慣の振興、イスラーム教への回帰、都市部へのカザフ人口の流入・拡大等により、モンゴル国内では近年、カザフ人そのものを異質視する否定的感情も急速に広まりつつある。さらに近年モンゴル西部地域は、トルグート(Торгууд)、ウリャンハイ(Урианхай)などの氏族集団も、モンゴル人との差異を意識的に文化表象へと連結しはじめ、民族表象の揺籃となったローカルな社会構造は複雑化している。 上記の現状を踏まえ本発表では、①遊牧民の実生活・牧畜生産性の現状、②イヌワシを用いた伝統文化「鷹狩」の文化変容、③近年のイスラーム教の復興と宗教意識の変化、の領域を横断した3つの調査結果を統合し、カザフ人社会が国内で調和的に存続するための、持続可能な社会体制の在り方、伝統文化振興、宗教活動、地域開発の方向性などを考察した。 <br> <br><b>II&nbsp; </b><b>対象と方法</b><b></b> <br>各テーマの調査は2011年7月から2014年10月までの期間、各調査地(ソム)でテーマ別に行った。調査方法は上記①は構成的インタビューと統計学的手法(サグサイ、ボルガン)、②の民族誌的記録は半構成的インタビューと参与観察(サグサイほか)、③は集中的な定性調査と宗教指導者へのインタビュー調査(ウルギー市内)など、質的・量的双方の方法により実施した。<br><b><br>III&nbsp; </b><b>結果と考察</b><b></b> <br>(1)夏営地での集中的な基礎調査により、カザフ人と他氏族集団との経済格差(家畜所有数、消費数、幼獣再生産率など)が確認された。当該調査地では牧畜生活世帯の約60%が、家畜所有数100頭以下の貧窮した現状にある。経済活動の根幹をなす牧畜生産性の停滞および、生活水準の低迷など、カザフ人社会を経済的・心理的に圧迫する社会背景が明らかとなった。 (2)民族伝統の鷹狩文化を中心にすえた民族表象が、マイノリティであるカザフ人の文化的地位を劇的に飛躍させている現状が見られた。全県には現在も100名程度の鷲使いがいる。しかし、2000年度にはじまった「イヌワシ祭(Бүргэдийн наадам/ Бүркіт той)」の開催による急速な観光化がもたらす文化変容により、鷹匠は「文化継承者」として偶像化されると同時に、実猟としての鷹狩は消えつつある。さらに、伝統知の喪失、技術継承の停滞など、文化の持続性に多くの課題が確認された。 (3)現在のイスラーム復興は、1992年の「モンゴル・イスラーム協会」の設立により再始動された。カザフ人社会は、生活・経済的困窮から宗教への依存心が生じやすく、復興の原動力を後押しすることとなった。とくに宗教的リーダーであるイマーム個人の布教活動とリーダーシップが、重要な影響力をもつことが明らかとなった。そのため人々の宗教意識は多様化し、(i)トルコ、サウジアラビアを模範としたイスラームの厳格化、(ii)生活・文化の一環としての柔軟な復興、の2つの傾向が見いだされた。 <br><br><b>IV&nbsp; </b><b>おわりに</b><b></b> <br>以上、3領域の調査結果から、カザフ人社会の持続的開発には、(I)世帯ごとの牧畜技術と習熟度を向上させ、地域の牧畜生産性を高めること。(II)鷹狩や伝統工芸などの自文化の継承と持続性を確立すること。(III)イスラームと国内の他宗教との調和的拡散と深化、が学術的知見として示唆された。また、カザフ社会で停滞するモンゴル語識字率を向上させ、モンゴル人社会での就業機会と相互のコミュニケーションを安定させる必要も指摘される。本研究は国内最大のマイノリティ集団「アルタイ系カザフ人社会」の現状と文化・宗教復興の現状を把握し、過去の歴史・変容体験と未来への持続可能な社会を予見するための基礎研究と位置づけられる。 &nbsp;