著者
上田 広美 三上 直光 岡田 知子 鈴木 玲子
出版者
東京外国語大学
雑誌
特定領域研究
巻号頁・発行日
2001

研究代表者及び分担者は、定期的な研究会を開き、言語調査票作成のための基礎資料を選定した。調査地の公用語であるタイ、ラオス、カンボジア、ベトナムの4言語の基礎語彙に関して、意味的な差異の重要性についても検討し、また調査票の作成・公開方法についても協議した。その成果は、『東南アジア大陸部言語調査票』として平成15年3月に公開した。この調査票をもとに、3か所において危機に瀕した言語の調査を実施した。まず、2001年12月に、カンボジア、コンポンサオム州ヴィアルレニュ郡にて、サオチ(自称チュウン)語の基礎語彙の調査を行った。サオチ語はモン・クメール語族ペアル語派に属し、話者は統計では総数70名以下とされていたが、調査時にはサオチ語話者を含む世帯はわずか26世帯であり、その26世帯においても、家庭内の日常言語はクメール語であった。次に、2002年8・9月に、ラオス、ルアンナムター県ルアンナムター郡ルアン村において赤タイ語(タイ・カダイ諸語南西タイ語群)の基礎語彙を調査した。同村で赤タイ語を日常話す話者は約200名で、その数は減少の一途をたどっている。また赤タイ文字を書ける者は68歳の男性1名のみである。現在、ラオスの公用語であるラオ語の影響を強く受けてラオ語化が進んでいる。次に、2002年9月、ベトナム、ソンラー省にてカン語(1989年センサスによる話者数は3,921人)の調査を行った。カン語は系統上、モン・クメール諸語に属するが、タイ系言語(特に黒タイ語)の影響を強く受けており、基礎的語彙もその多くをタイ系言語から借用している。調査をもとに作成した基礎語彙表では、借用の可能性のある語彙については、できるだけそのことを明記するよう努めた。また、カン語の音韻分析も行った。以上の3言語の調査結果は、平成15年3月に『東南アジア大陸部諸言語に関する調査研究』として公開予定である(印刷中)。
著者
大橋 久利 OUK Sunheng SAY Bory MOM Chim Huy 林 行夫 三上 直光 糸賀 滋 真貝 義五郎 土屋 圭造 SORN Samnang
出版者
東京成徳大学
雑誌
国際学術研究
巻号頁・発行日
1993

戦後カンボジアの社会・文化を総合的に研究することを目指した当研究班は国連主導の制憲議会選挙-カンボジア「王国」復活-内政面での整備という最も重要な時期である1993、94年に現地調査を行なう機会を得、分担した各分野で所期以上の成果を収めることができた。大橋久利は和平過程を至細に追求、分析する一方、両年度それぞれ500人を対象とした政治意識調査を訪問面接のかたちで実施した。その結果、与党三党の支持層分析、国王への忠実度分析その他で成果を上げた。カンボジアでの地域研究で統計処理をふくめた調査が行われたのはこれが初めてであり、今後地域研究でこの種意識調査がどのように役立ち得るのかで一石を投じた。真貝義五郎はカンボジア在住ベトナム人の人口を把握するため内務省、プノンペン市当局、ベトナム大使館などで多角的に調査資料を収集、その上に立ってカンボジア国民の対ベトナム人意識を調査した。そして在住ベトナム人からの聞き取り調査を重ねたが、「ほかに行くところのないベトナム人が移住してきた」というのが実態であり、両民族間の関係は簡単には氷解しそうにない。和泉模久はカンボジア文学史をまとめ、カンボジア文学の現状を紹介することに目標を定め、93年度はプノンペン大学文学部のト-・サオ、プ-・サミ-両教授とも相談して文学史作成に必要な資料の提供を受けた。滞在中両教授から受けたクメール文学の傑作についての講義は稔り多いものであった。94年調査では93年調査の成果の上の立ってカンボジア文学史年表の作成を行ないながら、カンボジア文学の傑作についてそれぞれ若干の概要を日本語で記す作業を行った。カンボジア文学史作成は、わが国では初めてのことである。糸賀滋は93年調査に引続き94年、2度にわたって調査を実施した。調査項目は、経済概況、外資投資の現況、外国援助の現状、工業部門の現状と民営化、教育の現状などである。経済概況ではUNTAC景気が一段落する一方、国際機関の指導による構造改革で財政、物価、為替面で改善が見られた。中期的な再建計画については、農業の再建と雇用確保が重要だが、当面、外資と援助の有効利用が課題である。工業部門についていえば、これまで中心となってきた国営企業が民間にリ-スないし売却され、観光目当てのサービス業などで活動を再開している。教育事業への援助はまだ不十分である。三上直光はポル・ポト時代、ヘン・サムリン時代、現代と世界史上でも例のないほど激変したカンボジア社会で、言語がどう変化したかという興味深いテーマを追求した。シハヌ-ク時代より現代に至る。カンボジアにおける政治的、社会的変動の歴史は、カンボジア語の語彙に、(1)単語の誕生、復活(2)単語の消滅、衰退(3)単語の意味・用法の変化(4)類似概念を表す語彙の交替、といった変化を引き起こしている。ポル・ポト時代には、社会主義用語が登場し、恐怖政治的な側面を反映する語彙が被調査者の記憶に今なお深く刻まれていること、次のヘン・サムリン時代には新たな社会主義志向に関連した用語などが登場した。そして現代までは、かつてシハヌ-ク時代に用いられた王族への敬語などの語彙が復活し、また民主制や市場経済に関して新語が作られている点が目立った語彙変化として指摘される。林行夫は79年以降、今日に至までの仏教の復興経過を、詳細にトレースしうる資料を得ることができた。93年度では、その寺院組織や在俗信徒の活動を広域に踏査したが、94年度は個々の寺院について具体的な事例を儀礼を通じて得ることができた。国家が認定する得度式の復興過程についても新しい資料を得て、従来論議されてきた事実とは異なる仏教サンガの実像を、隣国ベトナムのクメール・クロムとの関係で明かにすることができた。土屋圭造はカンボジアの農業構造などについての資料を収集した。