著者
三好 昭子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.286-297, 2011-09-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
1

本研究では,Eriksonの漸成発達理論における第IV段階の活力(virtue)である有能感(competence)について両極端な2つの事例から,有能感の生成要因を明らかにし,有能感がアイデンティティに基づいた生産性にどのように影響するのかを示した。明治時代の東京で,学童期から抜群の学業成績を収め,若くして小説家としての地位を確立した作家谷崎潤一郎と芥川龍之介の有能感の様相が対照的だったことを示し,同じような経歴を重ねながら,どうして有能感の様相が対照的であったのかという観点から比較分析を行った。谷崎の場合は無条件に愛され,寛大にしつけられた結果,第IV段階以前の活力を基盤とした確固たる有能感が生成された。それに対して芥川の場合は,(1)相互調整的でない養育環境と(2)支配的なしつけを受け,初期の活力の生成が阻害され,早熟な良心が形成された。その結果,芥川は(3)主導性を発揮することができず,目的性が過度に制限され,有能感の生成が妨げられたことを明らかにした。そして谷崎は作家としてのアイデンティティに基づいた生産性を発揮し続けたが,作家としてのアイデンティティを主体的に選択しえなかった芥川は,義務感によって生産に従事し続けたことを示した。さらに初期の発達段階における活力の生成を阻害されると,どんな才能・能力に恵まれても自分の才能・能力が何に適しているのかを見出すことができなくなる可能性を指摘した。
著者
三好 昭子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.19, no.2, pp.98-107, 2008-08-10 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
1

Erikson (1968/1998)はアイデンティティ拡散の諸相のひとつとして「否定的アイデンティティ」(negative identity)を挙げ,全体主義的に否定的アイデンティティを選択するにいたる誘因として1.アイデンティティの危機,2.エディプス的な危機,3.信頼の危機を指摘している。本研究では否定的アイデンティティを選択した一つの典型例として作家谷崎潤一郎を取り上げ,全体主義的に否定的アイデンティティを選択する心理力動・メカニズムについて伝記資料を用いて示した。谷崎は青年期に至り創作家を志したものの,依然として何物にもなれないという葛藤状況が続いた。1.自らが選んだものに忠誠を尽くすにあたり感じる罪悪感,2.エディプス的な潜在的罪悪感,3.自身の存在にかかわるような罪悪感というように,当時の谷崎には全体主義への変化の誘因が存在しており,それらの罪悪感を否認しつつ主導性を発揮するために,谷崎は全体主義的に否定的アイデンティティを選択したと解釈することができる。また否定的アイデンティティという概念を導入することにより,谷崎の青年期における作家活動および私生活を一貫した内的世界として把握することができ,不良少年の文学・悪魔主義と評される作品を生み出しつつ放浪生活に身を投じ親不孝を繰り返した谷崎の行動,態度,感情をより深く理解することができたと考えられる。
著者
三好 昭子
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3, pp.286-297, 2011

本研究では,Eriksonの漸成発達理論における第IV段階の活力(virtue)である有能感(competence)について両極端な2つの事例から,有能感の生成要因を明らかにし,有能感がアイデンティティに基づいた生産性にどのように影響するのかを示した。明治時代の東京で,学童期から抜群の学業成績を収め,若くして小説家としての地位を確立した作家谷崎潤一郎と芥川龍之介の有能感の様相が対照的だったことを示し,同じような経歴を重ねながら,どうして有能感の様相が対照的であったのかという観点から比較分析を行った。谷崎の場合は無条件に愛され,寛大にしつけられた結果,第IV段階以前の活力を基盤とした確固たる有能感が生成された。それに対して芥川の場合は,(1)相互調整的でない養育環境と(2)支配的なしつけを受け,初期の活力の生成が阻害され,早熟な良心が形成された。その結果,芥川は(3)主導性を発揮することができず,目的性が過度に制限され,有能感の生成が妨げられたことを明らかにした。そして谷崎は作家としてのアイデンティティに基づいた生産性を発揮し続けたが,作家としてのアイデンティティを主体的に選択しえなかった芥川は,義務感によって生産に従事し続けたことを示した。さらに初期の発達段階における活力の生成を阻害されると,どんな才能・能力に恵まれても自分の才能・能力が何に適しているのかを見出すことができなくなる可能性を指摘した。