著者
堤本 広大 土井 剛彦 三栖 翔吾 小松 稔 壬生 彰 小野 玲 大澤 千絵 春名 未夏 平田 総一郎
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.38 Suppl. No.2 (第46回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.AcOF1001, 2011 (Released:2011-05-26)

【目的】地域高齢者の転倒予防は介護予防の観点から重要視されており、高齢者の転倒リスクアセスメントは数多く存在する。Timed Up & Go(以下TUG)や5 Chair Stands(以下5CS)、Trail Making Test(以下TMT)等では、身体機能や認知機能が維持された高齢者を対象に行うと有用である。しかし、要介護者のように多様な機能低下がみられる高齢者の場合、転倒要因はさらに多様化し、どのような評価方法が転倒リスクアセスメントとして適しているかは未だ明らかになっていない。我々が考案したMultiple-Step-Test(以下MST)は、転倒に関わる因子である運動機能、認知機能を二重課題条件下で実施することが可能である。立ち上がり動作など重心の上下移動が困難な対象者でも、遂行可能なステップ動作のみで行え、どのような施設でも行える省スペース性を持ち合わせる。また、高齢者がテスト自体を楽しむことができるゲーム性を有した新しい転倒リスク評価法である。以前、我々はMSTと過去の転倒経験の関連性、および検査に再現性を有していることを報告したが、今回、同施設にて、1年間前向きに転倒発生調査を行ったデータを利用し、運動機能評価であるTUG、5CS、および認知機能検査であるTMTと比較し、MSTの転倒リスク評価法としての有用性を検討することを目的とした。【方法】本研究は、デイサービス施設を利用する地域在住女性高齢者95名( 83.8 ± 6.6歳)の中から、MSTが杖使用でも実行できない者、および認知機能障害の著しいもの (MMSE:16以下)を除外した59名( 83.1 ± 6.4歳)を対象とした。また、MST計測後、全対象者における1年間の転倒発生を前向きに調査した。MSTの設定として、フープ(直径140cm)と同心半円(直径240cm)を4本のテープで3等分し、各区画には、数字(1~3)を記載したナンバーボードを設置した。MSTのルールは、合図ともにテスト開始し、数字の順にフープ内から全区画内への跨ぎ動作を行うことである。区画内へ接地した後、毎回フープ内に戻るように指示し、3のナンバーボードからフープ内に戻った時点で終了とし、所要時間を計測した。開始前は対象者には後方を向かせ、ナンバーボードをランダムに設置し、各対象者2回計測を行い、所要時間の短いデータを採用した。統計解析は、MST、TUG、5CS、TMT-A、TMT-Bそれぞれの所要時間に関して、Wilcoxonの順位和検定にて転倒群と非転倒群の群間比較を行った。転倒予測能を検討するため、ROC解析によりROC曲線下面積(AUC)を算出した。【説明と同意】本研究は神戸大学医学倫理委員会の承認を得た後に実施し、対象者より、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し同意を得た。【結果】対象者は転倒群14名 (24%)と非転倒群45名 (76%)に分かれた。転倒群と非転倒群における年齢、性別、BMIにおける対象者特性に有意な差は認められなかった。全対象者が各転倒リスク評価に要した所要時間の中央値(四分位)は、MSTは21.8( 17.7 &#8211; 31.1 )、TUGは15.0( 13.1 &#8211; 19.5 )、5CSは14.8( 12.5 &#8211; 19.3 )、TMT-Aは160.0(110.8 &#8211; 240.0 )、TMT-Bは205.7( 160.0 &#8211; 288.0 )であった。転倒群と非転倒群で比較すると、MST、およびTUGにのみの群間に有意な差が認められた( p < 0.05 )。群間に有意な差が認められたMST、およびTUGについてROC解析を行うと、MSTのAUCが 0.72、感度が0.86、特異度が0.61で、TUGのAUCが0.71、感度が0.86、特異度が0.55であった。【考察】本研究の対象者に関しては、転倒リスク評価としてMST、およびTUGは高い転倒リスク予測能を有していることが示唆された。5CSやTMTのように、身体機能や認知機能を単独で評価するアセスメントと比較すると、MST、およびTUGは、ステップ動作や方向転換など複合的な運動を必要とするテストであるため、転倒リスクの高い高齢者と低い高齢者との身体能力差が表出しやすかった可能性が考えられる。また、MSTに関しては、数字を順に追い捜すという認知機能も必要なため、TUGと比較して、より特異度が高かったのではないかと考えられる。TUGとは異なり、MSTはゲーム性を有したDual-taskという側面を有しているため、今後、転倒リスクの評価だけではなく、高齢者に対する転倒予防の介入法としても有用である可能性を検討する必要があると考えられる。【理学療法学研究としての意義】本研究の結果から、高齢者の転倒リスク評価の一つとして、身体機能と認知機能の両方を同時に必要とするMSTの有用性が示されたと考えられる。
著者
澤 龍一 土井 剛彦 三栖 翔吾 堤本 広大 小野 玲
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.39 Suppl. No.2 (第47回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.Ea0344, 2012 (Released:2012-08-10)

【はじめに、目的】 日本は屋内を裸足で生活するという独自の文化を有しており、そのため足底温度は冬場に約15℃まで温度低下すると言われている。足底部は、温度下降に伴い触覚閾値が上昇すると報告されており、そのため閾値上昇による感覚低下はバランス能力の低下や転倒リスクの一因になると考えられるが、日常生活で生じるような足底温度低下による歩行への影響は報告されていない。我々の研究グループは、第46回日本理学療法学術大会にて、足底温度が低下すると、足部に装着した小型ハイブリッドセンサにより得られた歩行時の下肢運動の時間的変動性が増大し、歩行が不安定化することを報告した。しかし、歩行時の体重心の動きを捉え、よりバランス機能を反映しているとされる体幹部分の定常性についても検討する必要がある。そこで、我々は「日常で生じうる足底温度低下が感覚閾値を上昇させ、それは下肢の時間的変動性のみでなく体幹部分の定常性にも影響を与える」という仮説を証明するために研究を行ったので報告する。【方法】 対象は、健常若年成人で、研究参加に同意の得られた34名 (男性20名、女性14名、平均年齢22.2±2.5歳)について、加速路と減速路を2mずつ用意し、その間12mについて歩行計測を行った。歩行条件は2条件とし、通常歩行 (Normal条件)では、計測前に裸足になり、両足底面を20分間床面に接地させた後、足底温度・足底感覚を測定して、歩行を計測した。その後、氷を用いて足底面を冷却し、足底温度が15℃以下となったことを確認し、感覚検査を実施した後に、歩行計測を行った (Cold条件)。足底温度、足底感覚は、それぞれ足底部の母指、母指球、踵にて測定を実施した。温度測定は熱電対温度計を用い、冷却中3分ごとに実施した。感覚検査にはモノフィラメントを用いた。歩行計測には3軸加速度計と3軸角速度計を内蔵した小型ハイブリッドセンサを用い、体幹及び両踵部にサージカルテープで装着した。指標には、歩行周期時間 (stride time)について、平均値および歩行の周期時間変動性を示す指標として変動係数 (coefficient of variation: CV)を算出した。また体幹の定常性を示す指標として、自己相関係数 (autocorrelation coefficient: AC)を垂直 (VT)、左右 (ML)、前後 (AP)方向について算出した。統計解析は、歩行指標に対し、Normal条件とCold条件の条件間比較を行うためpaired t testを用い5%未満を統計学的有意とした。【倫理的配慮、説明と同意】 本研究は、神戸大学保健学研究倫理委員会の承認を受けた後に実施し、事前に書面と口頭にて研究の目的・趣旨を説明し、同意を得た者を対象者とした。【結果】 足底感覚は各部位において冷却による有意な低下が認められた (p < .0001)。stride timeの平均値は、条件間で統計学的に有意な差は認められなかった。一方で、stride time CVは条件間に統計学的に有意な増加が認められた (p = .0278)。ACはVT方向がNormal条件で0.88±0.07、Cold条件で0.81±0.10 (p = .0001)、ML方向は0.69±0.15から0.61±0.19 (p = .0041)、AP方向は0.87±0.07から0.82±0.10 (p = .0011)と全てにおいて有意な低下が認められた。【考察】 本研究は、日常生活でありうるような足底温度低下により足底感覚が低下し、時間的指標である歩行周期時間の変動性の増大に加え、体幹部分の定常性の低下、つまり体幹部分においても変動性の増大が生じることを示唆した。足底感覚の低下は、足底温度低下による感覚閾値の上昇が原因と考えられ、足底からの感覚入力は通常に比べ相対的に減少する。歩行中の姿勢制御において、足部からの体性感覚入力が重要な役割を担うことはよく知られており、末梢神経障害を有する者は歩行周期時間変動性が増大することも報告されている。また歩行における周期時間変動性の増大と歩行時の定常性低下について、相関があることも報告されており、本研究において日常生活生じるような足底温度低下によって感覚低下が生じ、周期時間変動性の増大だけでなく体幹における定常性低下も生じたと考えられる。高値のstride time CVや低値のACは、転倒リスクが大きくなるとの報告もあり、高齢者の場合、足底の温度低下により歩行中の不安定化ひいては転倒リスクの一因になると考えられる。今後は高齢者において、足底温度が歩行に与える影響を検討し、保温することで歩行の安定性を維持または向上できるのかを明らかにしていくことが必要である。【理学療法学研究としての意義】 本研究結果は、屋内で靴をはかず、保温しにくい状況で生活している日本人にとって、屋内での転倒を減らすための一要因を解明していく一助になると考えられる。