著者
三浦 直希
出版者
東京都立大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

昨年度に引き続き、フランスの思想家エマニュエル・レヴィナスの経済倫理思想の研究を行った。レヴィナスの経済倫理は、彼自身がユダヤ人であることから、タルムードをはじめとするユダヤ教・ユダヤ思想と密接な関係を有している。この点を際立たせるために、新約聖書に依拠するカトリックの作家ポール・クローデルとの対立に注目することで、レヴィナスにおけるユダヤ的経済倫理を重点的に分析した。その結果、レヴィナスはキリスト教の愛・無償性すなわち贈与に基づく他者との関係を批判し、公正・平等性すなわち交換に基づく関係を重視していることが判明した。レヴィナスの経済倫理は、その意味では、厳正な<正義>の実現を目指すものであると言ってよい。とはいえ、彼の思想には、後年に大きな変化が生じている。かつて批判された愛や無償性が重要性を持つ概念として再登場し、その経済倫理思想全体が交換ではなくまず贈与に基づく<善>のエコノミーとして再構築される。それとともに、強い批判を受けていたはずのクローデルの経済倫理思想が再評価される。レヴィナスは、初期の反発にも関わらず、最終的にはクローデルの主張にほぼ一致する形で倫理のエコノミーについて語っている。ただし両者の経済倫理は、単に愛や贈与の無償性のみに依拠したユートピア的な思想ではなく、これを根本としつつも、交換の正義の実現をももくろむ現実的かつ実践的な思想である。以上の点を学会にて発表し、学会誌に論文を掲載した。