- 著者
-
上田 新也
- 出版者
- 大阪大学
- 雑誌
- 若手研究(B)
- 巻号頁・発行日
- 2015-04-01
今年度は、前年度以前にベトナム中部のフエ周辺域で収集した感じ・チュノム史料の整理、サマリーの作成をおこない、以下の事実が判明した。ベトナム・フエ周辺域においても、ベトナム北部と同様に「亭(ディン)」と呼ばれる施設が存在しており、現在も土地台帳・人丁簿・納税関連文書などの史料群が保管されていることから、村落行政の中心的施設であったことを窺わせる。これは、村落運営の面で亭が中心的役割を果たしていたベトナム北部と同様である。しかし、集落内に存在する「勅封」と呼ばれる史料群を考察すると、フエ周辺域の集落に存在する亭で祀られる神位は単に「タインホアン」を祀っているといわれるのみで、ベトナム北部のように「~~之神」のような固有名称を持ち合わせていない。このように、フエ周辺域の集落においても亭が行政的な中心だったのは間違いないが、進攻面では非常に貧弱である。一方で各氏族の始祖は同時に開耕神とされ、亭に祀られているケースも多く、ベトナム北部に比べると血縁集団の勢力ははるかに強い印象を受ける。フエ周辺域の集落に存在する亭は、村人の信仰に基づいて自発的に建設されたものというよりは、19世紀の阮朝期以降に行政側の主導により整備されていった可能性が高い。また、今年度は如上のようなベトナム中部地域社会の研究を進めると同時に、これまでまったく目録が作成されてこなかった漢喃研究院所蔵の碑文史料の整理作業をおこない、『Tong tap thac ban Han Nom』に収録されている各碑文を地域ごとに分類して目録を作成し、出版した。