著者
中川 大也 辻 直人 川上 則雄 上田 正仁
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.88-92, 2022-02-05 (Released:2022-02-05)
参考文献数
28

外部環境と相互作用し,エネルギーや粒子をやり取りする量子系を開放量子系という.環境との結合はデコヒーレンスなどの散逸を引き起こすため,開放量子系の物理は量子論の基礎的な問題に留まらず,環境との結合から望みの量子状態を保護しながら量子操作や量子情報処理をいかに行うかという実際的な問題にも深く関わっている.このような開放量子系においては,多くの場合,系と環境との結合は複雑で一般に制御不可能なものだと考えられる.しかし,冷却原子気体をはじめとした大規模量子シミュレーターの発展に伴い,開放量子系に対する新たなアプローチが可能になった.これらの系は非常に制御性の高い量子多体系であり,原子は超高真空中にトラップされているため通常は環境との結合が無視できるほど小さい.このことを逆手に取り,原子にレーザーを照射することなどによって人工的に散逸過程を引き起こすことで,量子多体系に制御された散逸を導入することができる.これらは「制御可能な開放量子系」という新しいクラスの物理系であり,量子系への散逸の効果を系統的に調べる理想的な舞台となる.さらに,散逸による非ユニタリな時間発展によって量子多体系の状態を制御し,熱平衡系では実現不可能な興味深い状態を作り出すことにも繋がる.我々は,冷却原子気体で実現されるHubbard模型や近藤模型に代表される強相関量子多体系について,散逸による非ユニタリ性が多体物理にいかに影響を及ぼすかを理論的に調べた.その結果,通常の熱平衡系や孤立系では現れない秩序や転移が起こることが明らかとなった.例えば,開放系の定常状態は熱平衡系のようにエネルギーの大小ではなく状態の寿命によって特徴づけられる.そのため,非弾性衝突による粒子の散逸があるようなHubbard模型において,その磁性が散逸によって反強磁性から強磁性に反転するという特異な現象が起こる.さらに,近藤模型においては,量子多体物理からユニタリ性という制約が外れることにより,ユニタリな量子系では禁止されていたタイプのくりこみ群フローが出現する.散逸はデコヒーレンスや緩和を引き起こすため,従来は多くの場合避けられるべきものとして扱われてきた.しかし,これらの系では,散逸による非ユニタリ性が熱平衡系・孤立系では現れない新たな量子多体効果の源泉となる.開放量子系の時間発展は非ユニタリであるため,ハミルトニアンとは異なる非エルミートな演算子で生成される.このことは,熱平衡系・孤立系の多体物理がエルミート演算子であるハミルトニアンの性質に基づいていることに対し,開放量子系では非エルミートな多体演算子の性質が重要な役割を果たすことを意味している.我々は,Hubbard模型や近藤模型について,Bethe仮設法を非エルミート領域に拡張することにより開放量子多体系に対する厳密解を得た.冷却原子気体をはじめとした量子シミュレーターによる開放量子多体系の研究を契機として,従来の量子多体物理の枠組みを超え,非エルミート演算子を中心に据えた多体理論の発展が期待される.
著者
中川 大也 古川 俊輔
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会講演概要集 71.2 (ISSN:21890803)
巻号頁・発行日
pp.412, 2016 (Released:2017-12-05)

ごく最近、光格子中の1次元冷却原子気体を用いた実験によってトポロジカルポンプ(Thoulessポンプ)が実現された。Thoulessポンプは相互作用のない2次元フェルミオン系における整数量子Hall効果と対応した現象であることが示されているが、本発表では、これを1次元2成分強相関Bose気体の系に拡張し、2成分ボソンの整数量子Hall効果に対応するトポロジカルポンプを構成する。