著者
辻 直人
出版者
東京大学大学院教育学研究科
雑誌
東京大学大学院教育学研究科紀要 (ISSN:13421050)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.27-35, 2001-03-15

Sending students abroad (ryugakusei) has been one of the important policy for higher education system in modern Japan. They were intended to be a professor after coming back to Japan. Especially, when the expansion of higher education system began in 1900's, more professors were required. So the number of studensts sent abroad increased in 1900's. But meanwhile, another opinion occurred : that is demanding the immediate reform or abolition of the student-sending system because of their bad reputation. These arguments influenced some part of the system. Monbusho, the ministry of education reinforced the supervision over the students in foreign countries, and tried to select more qualified person worthy for sending abroad by public subscription. We can also see some changes in the selection from the Imperial University of Tokyo, but it didn't alter as demanded.
著者
辻 直人
出版者
東京大学
雑誌
東京大学大学院教育学研究科紀要 (ISSN:13421050)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.27-35, 2001-03-15

Sending students abroad (ryugakusei) has been one of the important policy for higher education system in modern Japan. They were intended to be a professor after coming back to Japan. Especially, when the expansion of higher education system began in 1900's, more professors were required. So the number of studensts sent abroad increased in 1900's. But meanwhile, another opinion occurred : that is demanding the immediate reform or abolition of the student-sending system because of their bad reputation. These arguments influenced some part of the system. Monbusho, the ministry of education reinforced the supervision over the students in foreign countries, and tried to select more qualified person worthy for sending abroad by public subscription. We can also see some changes in the selection from the Imperial University of Tokyo, but it didn't alter as demanded.
著者
中川 大也 辻 直人 川上 則雄 上田 正仁
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.88-92, 2022-02-05 (Released:2022-02-05)
参考文献数
28

外部環境と相互作用し,エネルギーや粒子をやり取りする量子系を開放量子系という.環境との結合はデコヒーレンスなどの散逸を引き起こすため,開放量子系の物理は量子論の基礎的な問題に留まらず,環境との結合から望みの量子状態を保護しながら量子操作や量子情報処理をいかに行うかという実際的な問題にも深く関わっている.このような開放量子系においては,多くの場合,系と環境との結合は複雑で一般に制御不可能なものだと考えられる.しかし,冷却原子気体をはじめとした大規模量子シミュレーターの発展に伴い,開放量子系に対する新たなアプローチが可能になった.これらの系は非常に制御性の高い量子多体系であり,原子は超高真空中にトラップされているため通常は環境との結合が無視できるほど小さい.このことを逆手に取り,原子にレーザーを照射することなどによって人工的に散逸過程を引き起こすことで,量子多体系に制御された散逸を導入することができる.これらは「制御可能な開放量子系」という新しいクラスの物理系であり,量子系への散逸の効果を系統的に調べる理想的な舞台となる.さらに,散逸による非ユニタリな時間発展によって量子多体系の状態を制御し,熱平衡系では実現不可能な興味深い状態を作り出すことにも繋がる.我々は,冷却原子気体で実現されるHubbard模型や近藤模型に代表される強相関量子多体系について,散逸による非ユニタリ性が多体物理にいかに影響を及ぼすかを理論的に調べた.その結果,通常の熱平衡系や孤立系では現れない秩序や転移が起こることが明らかとなった.例えば,開放系の定常状態は熱平衡系のようにエネルギーの大小ではなく状態の寿命によって特徴づけられる.そのため,非弾性衝突による粒子の散逸があるようなHubbard模型において,その磁性が散逸によって反強磁性から強磁性に反転するという特異な現象が起こる.さらに,近藤模型においては,量子多体物理からユニタリ性という制約が外れることにより,ユニタリな量子系では禁止されていたタイプのくりこみ群フローが出現する.散逸はデコヒーレンスや緩和を引き起こすため,従来は多くの場合避けられるべきものとして扱われてきた.しかし,これらの系では,散逸による非ユニタリ性が熱平衡系・孤立系では現れない新たな量子多体効果の源泉となる.開放量子系の時間発展は非ユニタリであるため,ハミルトニアンとは異なる非エルミートな演算子で生成される.このことは,熱平衡系・孤立系の多体物理がエルミート演算子であるハミルトニアンの性質に基づいていることに対し,開放量子系では非エルミートな多体演算子の性質が重要な役割を果たすことを意味している.我々は,Hubbard模型や近藤模型について,Bethe仮設法を非エルミート領域に拡張することにより開放量子多体系に対する厳密解を得た.冷却原子気体をはじめとした量子シミュレーターによる開放量子多体系の研究を契機として,従来の量子多体物理の枠組みを超え,非エルミート演算子を中心に据えた多体理論の発展が期待される.
著者
辻 直人
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.123-151, 2013

研究ノートはじめに一. 慶應義塾による留学生派遣開始の背景二. 義塾派遣留学生の全体動向(一)派遣規模及び留学規程について(二)留学先について(三)専攻分野・所属・職位・年齢について三. 医学部からの「留学」について四. 義塾派遣以外による塾員・塾生の海外留学・視察・出張(一)自費での留学(二)宗教団体からの出資による留学(三)ロックフェラー財団からの奨学金による在外研究(四)官費による海外渡航(五)外国政府ないし外国大学からの奨学金による留学まとめ
著者
辻 直人
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.30, pp.123-151, 2013

研究ノートはじめに一. 慶應義塾による留学生派遣開始の背景二. 義塾派遣留学生の全体動向(一)派遣規模及び留学規程について(二)留学先について(三)専攻分野・所属・職位・年齢について三. 医学部からの「留学」について四. 義塾派遣以外による塾員・塾生の海外留学・視察・出張(一)自費での留学(二)宗教団体からの出資による留学(三)ロックフェラー財団からの奨学金による在外研究(四)官費による海外渡航(五)外国政府ないし外国大学からの奨学金による留学まとめ
著者
辻 直人
出版者
和光大学現代人間学部
雑誌
和光大学現代人間学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Human Studies (ISSN:18827292)
巻号頁・発行日
no.12, pp.31-46, 2019-03

本稿は、森有正の思想において「生活」という用語がどのように用いられているのか、森有正の生活概念を検討することを目的とする。森有正にとって、1950年以降亡くなるまでの約26年間パリで生活をすることが、思索の深まりと変貌を促した。森の言う生活は決意を伴うもの、自覚的に選び取るものであった。決意が出発を促す。出発から経験を深めていく場所として「生活」が捉えられていた。経験の基礎となるのが生活であり、森有正にとって、「生活」は思索の源泉であった。森はパリでそのような経験をしたが、日本から送られてきた雑誌に載っていた庶民の手記に、国籍や文明の違いに関係ない1人の人間としての姿を、日本人庶民にも見出した。森は、自分の仕事に徹することができれば、そこが自分にとってのパリである、とも語っている。経験の成熟と共に、もはや固有の場所としてのパリではなく、象徴的な場所と変わっていった。また、森はパリの生活に秘められた潜在的力を、フランスの学校教育に見出した。
著者
辻 直人
出版者
慶應義塾福沢研究センター
雑誌
近代日本研究 (ISSN:09114181)
巻号頁・発行日
no.36, pp.1-35, 2019

はじめに一 文部省留学生派遣の意味二 私学からの留学生派遣三 私費留学生の特徴四 留学経験者たちの社会貢献まとめ特集 : 近代日本と留学