著者
福岡 義隆 丸本 美紀
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2016, 2016

Ⅰ. はじめに<br> 気候とは中国古来の農業暦「二十四節気七十二候」の「気」と「候」に由来する(福井)ということ、あるいは和辻(1979)の不朽の名著「風土」がclimateと訳されているなどから、気候は人間生活の環境であると言える。一方、地球とは異なる大気がある火星でも気象現象が発現しているが、生物が生育できない火星には言うまでもなく地理事象である気候現象はない。要するに、気候学が気象学の一部という説は妥当ではない。<br>瀬戸内気候はその名のとおり、瀬戸内地方に広がる日本の中でも雨の少ない気候区である。その特有の瀬戸内気候タイプは福井英一郎や関口武、鈴木秀夫ら地理学の気候学者による気候区分法によって設定され、研究のみならず地理教育などでも多用されてきた。ブローデル(1991)の『地中海』に「陸と海の地中海のうえに空の地中海が広がっている」という一節がある。これに肖り「陸と海の瀬戸内海の上に空の瀬戸内海が広がっている」のである。<br>瀬戸内気候は夏に少雨であるという定性的な表現だけでなく、瀬戸内気候という気候の強弱を定量化しその地域性を表現することも重要である。本研究では福井(1966)により、瀬戸内気候度の定量化を試みた。<br>Ⅱ.瀬戸内気候度の提唱と計算方法<br> かつてゴルチンスキーは海洋度を、福井は地中海気候度なるものを提唱し、各々計算式を設定した。瀬戸内気候度は夏季3ケ月中の8月の雨量が少ないという季節性に注目して、8月の降水量をpとし、夏季3ヶ月間の降水量Pに対するpの割合を瀬戸内気候度Scとし次式で表した。 <br>Sc=100cos2 ɵ<br>Ⅲ. 瀬戸内気候度計算結果とその地理学における気候学的問題<br> 瀬戸内地方の内沿岸の気象官署の資料から上記のScを計算し、Scが90以上を大S、89~85を中S、84以下を小sとした(図1)。大Sが中四国の中心都市に見られ、また、隣り合った京都盆盆地より奈良盆地の方が瀬戸内気候の影響が強いことなどが注目され、このことは水収支の比較(丸本、2014)によっても明らかにされている。<br>Ⅳ. 終わりに <br> 瀬戸内気候度の分布からその場所性を論究する気候学は純然たる地理学である。さらに「気候などの自然地理こそ歴史に影響を与え、歴史を支配する決定要素である」(『カントと地理学』松本)。かのフェーブルの『大地と人類の進化』もブラーシュの『人文地理学原理』などでも気候の役割を重視している。内村鑑三の『知人論』でも「地理学は諸学の基なり」とその重要性を述べている。
著者
丸本 美紀
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
pp.100076, 2013 (Released:2014-03-14)

1. はじめに榧根(1989)によると、「気候は『寒暖』と『乾湿』によって表現できる」としている。奈良盆地と京都盆地はKÖPPENの世界の気候区分によると同じ温暖湿潤気候区に属し、日本の気候区分でも同じ瀬戸内気候区の東端に属している。また、地形においても両地域は盆地であるため、盆地気候を有していることも同じである。その上、両地域は隣接しており、その間は標高120mほどの丘陵で区切られているにすぎない。しかし、古代より奈良盆地では「干ばつ」が多発し多くの溜池が築造され、一方、京都盆地では夏の蒸し暑さや大雨・洪水というかなり異なった気候特性を持っている。そこで本研究では、両地域における気候特性、特に乾湿に注目し、奈良盆地と京都盆地の気候の乾湿がどのように異なるのか、気候学的水収支の解析を行った。2. 研究方法一般に、「ある土地における気候」を表現するものとして、気温と降水量の平年値から作成した雨温図やハイサーグラフなどが使用される。しかし、各気候要素の季節変動が、毎年平均値と同じような変動をするとは限らない。また平均値では災害となりやすい高温と低温、あるいは大雨と少雨が相殺されてしまう恐れがある。そのため本研究では、奈良地方気象台と京都地方気象台における1954年~2012年の日最高気温月平均値と月降水量を用い、平年値と毎年の年候的ハイサーグラフを作成し、比較を行った。また気候学的水収支は、Rf =P-E (Rf:流出量、P:降水量、E:蒸発量)で示される。本研究では、Thornthwaite法を用いて、 奈良と京都における最大可能蒸発散量と実蒸発量、水分余剰量、水分不足量を求め、両地域の年候的比較を行った。データはハイサーグラフと同じ奈良地方気象台と京都地方気象台の1954年~2012年の月平均気温と月降水量を使用した。3. 解析結果ハイサーグラフの平年値と毎年のグラフからは、平年値と同じような気候がほとんど出現しないことが分かった。また奈良と京都の比較では、おおよそ毎年冬季の気候が同じであるのに対して、夏季の気候、特に降水量が異なるということが分かった。Thornthwaiteによる蒸発散量の解析では、年間の水分余剰量はほぼ奈良よりも京都の方が多く、これが両地域における乾湿の差に反映していると思われる。このような乾湿の差は、両地域における瀬戸内気候の影響の違いと考えられる。今後は、両地域の気候において、さらに影響を及ぼしていると思われる盆地気候がどのように異なるのか、気温の年較差・日較差から解析を行う予定である
著者
丸本 美紀 福岡 義隆
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2014, 2014

1.はじめに2011年の東北大震災以降、古地震や古津波による災害の復元が重要な課題とみなされている。しかし、日本は地震だけでなく大雨、洪水または干ばつなどの気候災害にもしばしば見舞われてきた。地震と同じように、多くの気候災害の記述が古文書等に残されている。さらに、昨今、地球温暖化による気候災害が深刻な問題となっている。過去においても、西暦800年から1200年にかけて「中世温暖化」または「Medieval Climate Anomaly (MCA)」と呼ばれる世界的に顕著な温暖化があったことが知られている。本研究では、このMCAを含む気候災害の特性を時空間変化の観点から明らかにすることを試みた。2.研究方法はじめに、気候災害の時間変化を明らかにするため、筆者らは日本気象史料、日本旱魃霖雨史料、日本の天災地変、奈良県気象災害史、京都気象災害史料の5つの史料から西暦601年~1200年の古気候災害のデータを収集し、データベースを作成した。このデータベースに基づいて、気象災害が種類に関して9つのグループ、すなわち深刻な被害となりうる暴風雨、洪水、霖雨、雷雨、旋風、干ばつ、雹、大雪、霜に分類した。地域に関しては、6つのグループ、すなわちこの時代に多くの記録が残っている奈良、京都、近畿地方、全国、その他、不明に分類した。最後にこれらの結果を時空間変化の観点から考察し、奈良と京都の比較を行った。3.研究結果図1は西暦601年~1200年の気候災害と北川による年輪から推定された気温偏差の10年ごとの経年変化を示したものである。気候災害の数は西暦860年以降急激に増加しており、推定気温も気候災害とほぼ平行して推移している。両者の相関係数は0.35であった。古記録から分析された気候災害の地域は800年ごろに変化し、一方、気候災害の種類は850年ごろに変化した。西暦601年から800年に気候災害が発生した割合は奈良が33.1%であったが、西暦801年から1200年では京都の割合が57.9%を占めた。干ばつは西暦800年までに最も多かった気候災害であるが、しかし800年以降だんだんと減少している。その代わりに、暴風雨と雷雨が800年以降増加している。奈良の気候災害の種類は発生頻度が多い順に、雷雨(24.8%)、干ばつ(23.8%)、暴風雨(20.8%)であったのに対し、京都で発生した気候災害の種類は多い順に、暴風雨(27.0%)、雷雨(22.8%)、洪水(18.1%)であった。参考文献Maejima Ikuo and Tagami Yoshio (1986): Climatic change&nbsp; duaring historical times in Japan &ndash;reconstruction &nbsp;from climatic hazard records. Geographical reports of Tokyo Metropolitan University, 21,157-171<b>.</b>
著者
福岡 義隆 丸本 美紀
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2011, pp.215, 2011

1.いま何故、平城京ヒートアイランドか 昨今の温暖化(平成温暖期とする)に類似の平安温暖期(奈良時代から平安時代にかけて)における都市の熱環境はどうであったか。それは平城京や平安京の繁栄の現われなのか。文献的な検証により、古環境とくに気候環境への適応工夫を見直してみて先人の知恵を学ぶ手がかりにしたい。2.研究方法2-1 古典的な気候学研究方法からの類推(1)SchmidtによるWienにおける都市気温の成因分析.1917,(2)福井英一郎による土地利用比率からの都市気温の推定回帰式とAustasch概念導入.1956,(3)高橋百之による家屋密度Dと気温Tの関係式,T=αD+βで概略描写.1959,(4)河村武による都市温度成因分析,熱的指数1/(cρκ1/2)で微差補正.1964,(5)田宮兵衛による団地の気温分布参考.1968,(6)オーク、福岡、朴らによる人口数Pとヒートアイランド強度HII=AlogP+Bの回帰式で京内外の温度差推定(1987・1992,など)。2-2 平城京内の居住環境と土地利用の推定 馬場基著(2010)『平城京に暮らす』(吉川弘文館)~主に「大日本古文書」「平城宮木簡」「平常京木簡」「平城宮発掘調査出土木簡概報」などに基づく著書、宮本長二郎著(2010)『平城京―古代の都市計画と建築』(草思社)~各種古文書のほか奈良国立文化財研究所や歴史民俗博物館などの模型などに基づき穂積和夫によるイラストでの復元図、奈良文化財研究所編(2010)『平常京―奈良の都のまつりごととくらし』など3.冬季夜間のヒートアイランド推定結果 上記の手法、先行研究方法からの概略図把握および各種文献による微差補正などで下図を得る。 根拠とした数値など;_丸1_平城京の人口は10万~20万人と推定されているので、オーク・福岡らの人口とヒートアイランド強度(HII)の相関図から、おおよそHIIは1.5~2℃とした。_丸2_人が集まりやすい区域、例えば市場(東市・西市)とか頻繁に宴会が催された朝堂院、大学寮(式部省近く)、広場(行基の布教活動支援の大衆集合)等は周辺より高温とした。_丸3_大極殿とか長屋王邸などの屋根のように著熱効果のある瓦が大量に使われている建物群区域もやや高温とみなした(平常京全体で500万枚の瓦が使われた)。_丸4_朱雀大路とか二条通りなどの街路樹(槐、エンジュ)や佐保川とか秋篠川、大極殿北隣の溜池あるいは苑内池付近などの蒸発散面区域でやや低温であったと類推される。
著者
福岡 義隆 丸本 美紀
出版者
公益社団法人 日本地理学会
雑誌
日本地理学会発表要旨集
巻号頁・発行日
vol.2015, 2015

1.はじめに<br> 日本では福井(1933),関口(1959)の区分をはじめ,鈴木(1962)や吉野(1980)らによる種々の気候区分図が考案されているが,各種の気候図にみる瀬戸内気候の範囲は微妙に異なっている。瀬戸内沿岸はGISによる環境容量図などでも特異な位置づけにある。しかし,瀬戸内気候についての定量的な評価はいまだされてない。本研究では福井英一郎(1966)による地中海気候発達度の計算法に倣って瀬戸内気候の発達度を算出することを試みた。一方,ローマやギリシャなどの高度な文明を生んだ地中海気候のように,奈良や京都の古代文明が瀬戸内気候のたまものかどうかを再認識するために,奈良と京都の瀬戸内気候度を求めることを試みた。局地気候災害的には旱魃の奈良の方が洪水の京都よりも瀬戸内気候度が高いと予想される(丸本,2014)が,そのことを確証付けてみたい。本研究の真の目的は福井気候学の哲学を再考・再興することにもある。<br>2.&nbsp; 研究方法<br> 福井英一郎編著『日本・世界の気候図』(1985)のうち,年平均散乱比図,年降水量図,年合計流出高図,郡別干害率図の4図における瀬戸内気候区の範囲(瀬戸内海沿岸線に平行に走る等値線など)を重ね合わせてみた。次に,『The Climate of Japan』(Ed.E. Fukui, 1977)に掲載されている気候区分図(関口武による図,1959,ソーンスウエイト法による気候区分図,1957)と対照させ,瀬戸内気候区の範囲を特定してみた。それらの定性的な分布をより定量的に評価するための福井(1966)の地中海発達度における三角関数を適応させてみた。瀬戸内沿岸では夏季の降水量に対して8月降水量がかなり少ないという特性から考えて,本研究では地中海気候発達度のtan&theta;を6-8月降水量R<sub>s</sub>に対する8月降水量R<sub>8</sub>の比で表わした。対象地域については,福井,岐阜,名古屋,津,和歌山,奈良,大阪,彦根,京都,神戸,岡山,広島,米子,松江,下関,高松,松山,徳島,高知,福岡,大分の21地点を選び,各地方気象台における各月降水量の1954~2014年平均値を使用した。m=瀬戸内気候度,&nbsp;<br> 3. 研究結果<br>関口の気候区分図では奈良盆地が瀬戸内気候区内,京都盆地は区外となっている。4つの気候要素の等値線は第2図のとおり瀬戸内気候区分内に収まっている。<br>&nbsp;瀬戸内海沿岸の主要都市の瀬戸内気候度mについては,値が大きい順に松山92.3,広島91.6,大阪・岡山・神戸・下関で90.0であった。奈良のmは87.3,京都は86.4であり,瀬戸内気候度は,奈良盆地が京都盆地よりも大きく,すなわち奈良の方がやや夏乾燥であることが示された。