著者
井上 奈津美 井上 遠 松本 斉 境 優 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2019, (Released:2021-05-24)
参考文献数
61

樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。
著者
井上 遠 井上 奈津美 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.87-98, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
49

奄美大島の亜熱帯照葉樹林における森林性鳥類の種組成、および保全上重要な種の生息密度分布のモニタリングに録音法を用いる可能性を検討した。繁殖期(2015 年4 月22 日~ 5 月6 日)に5 か所の森林域において、早朝および夜間に音声録音(録音法)とポイントカウント法を同時に実施した。オオトラツグミやルリカケスなど奄美大島の森林域に生息する保全上重要な鳥類種を含めて、録音法でもポイントカウント法とほぼ同様の鳥類相を記録できた。録音法で記録されたリュウキュウコノハズクとアカヒゲのさえずり頻度は、ポイントカウント法で計数した個体数に対して有意な正の効果を示し、録音法はこれらの種の生息密度のモニタリングにも有効であることが示唆された。
著者
松本 斉 井上 奈津美 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1902, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
参考文献数
59

世界自然遺産候補地である奄美大島の亜熱帯照葉樹林において、生物多様性保全上重要な森林域の指標のひとつである樹冠サイズの 1960年代以降の変遷を地図化することを試みた。 3つの時期(1965年度、 1984年度、 2008年度)に撮影された 1 / 20,000空中写真(解像度 0.4 m)に対してモルフォロジー解析による粒度分析を施し、優占する樹冠サイズを指標する「樹冠サイズ指数」を算出した。 3つの時期を通じて成熟林が維持されていた地域を基準として撮影年代や撮影日ごとの差異を修正した 1 haメッシュスケールの「補正樹冠サイズ指数」の変遷は、現存植生図および森林への人為干渉の履歴と合理的な対応が認められた。補正樹冠サイズ指数の変遷により、主に伐採などの人間活動に起因する 3タイプの森林パッチを認識した。すなわち、 1)1960年代から継続して大きい補正樹冠サイズ指数を保っている大径照葉樹優占域のパッチ、 2)1960年代には補正樹冠サイズ指数の大きい照葉樹林が存在していたものの、近年は伐採後に成立した補正樹冠サイズ指数の小さい二次林となっている小径照葉樹二次林パッチ、 3)かつては小径木林であったが、先駆樹種が樹冠を広げて補正樹冠サイズ指数が大きな値をとるようになった先駆樹種優占域パッチである。 2017年に指定された奄美群島国立公園の地種区分とこれらパッチタイプの分布を空間的に照合すると、内陸の山地域に分布するまとまった面積の大径照葉樹優占域パッチが概ね特別保護地区および特別地域に指定されており、特別保護地区はいずれの空中写真撮影年度にも補正樹冠サイズ指数の平均値が 3.60を上回っていた。そのような森林域の樹木相には、他ではみられないイスノキを含む多様な樹種の亜大径木(胸高直径 30 cm以上 50 cm未満)も高頻度で含まれており、将来にわたって林冠構成樹種の多様性が維持されて周囲への種の供給源としての役割を果たすことが期待される。撮影年代の異なる空中写真から補正樹冠サイズ指数を算出して森林のモザイク動態を把握することは生物多様性上重要な森林域を見出す上で有効な手法であること、奄美群島国立公園の公園計画は、森林モザイク動態を鑑みても生物多様性保全上重要性が高い亜熱帯照葉樹林を将来にわたって保全する上で有効なものとなっていることが示唆された。