- 著者
-
松本 斉
井上 奈津美
鷲谷 いづみ
- 出版者
- 一般社団法人 日本生態学会
- 雑誌
- 保全生態学研究 (ISSN:13424327)
- 巻号頁・発行日
- vol.25, no.1, pp.1902, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
- 参考文献数
- 59
世界自然遺産候補地である奄美大島の亜熱帯照葉樹林において、生物多様性保全上重要な森林域の指標のひとつである樹冠サイズの 1960年代以降の変遷を地図化することを試みた。 3つの時期(1965年度、 1984年度、 2008年度)に撮影された 1 / 20,000空中写真(解像度 0.4 m)に対してモルフォロジー解析による粒度分析を施し、優占する樹冠サイズを指標する「樹冠サイズ指数」を算出した。 3つの時期を通じて成熟林が維持されていた地域を基準として撮影年代や撮影日ごとの差異を修正した 1 haメッシュスケールの「補正樹冠サイズ指数」の変遷は、現存植生図および森林への人為干渉の履歴と合理的な対応が認められた。補正樹冠サイズ指数の変遷により、主に伐採などの人間活動に起因する 3タイプの森林パッチを認識した。すなわち、 1)1960年代から継続して大きい補正樹冠サイズ指数を保っている大径照葉樹優占域のパッチ、 2)1960年代には補正樹冠サイズ指数の大きい照葉樹林が存在していたものの、近年は伐採後に成立した補正樹冠サイズ指数の小さい二次林となっている小径照葉樹二次林パッチ、 3)かつては小径木林であったが、先駆樹種が樹冠を広げて補正樹冠サイズ指数が大きな値をとるようになった先駆樹種優占域パッチである。 2017年に指定された奄美群島国立公園の地種区分とこれらパッチタイプの分布を空間的に照合すると、内陸の山地域に分布するまとまった面積の大径照葉樹優占域パッチが概ね特別保護地区および特別地域に指定されており、特別保護地区はいずれの空中写真撮影年度にも補正樹冠サイズ指数の平均値が 3.60を上回っていた。そのような森林域の樹木相には、他ではみられないイスノキを含む多様な樹種の亜大径木(胸高直径 30 cm以上 50 cm未満)も高頻度で含まれており、将来にわたって林冠構成樹種の多様性が維持されて周囲への種の供給源としての役割を果たすことが期待される。撮影年代の異なる空中写真から補正樹冠サイズ指数を算出して森林のモザイク動態を把握することは生物多様性上重要な森林域を見出す上で有効な手法であること、奄美群島国立公園の公園計画は、森林モザイク動態を鑑みても生物多様性保全上重要性が高い亜熱帯照葉樹林を将来にわたって保全する上で有効なものとなっていることが示唆された。