著者
海部 健三 水産庁 環境省自然環境局野生生物課 望岡 典隆 パルシステム生活協同組合連合会 山岡 未季 黒田 啓行 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.43-57, 2018 (Released:2018-04-06)
参考文献数
47

古来より人間は、ニホンウナギから多様な生態系サービスを享受してきたが、国内漁獲量は1961年の約3,400トンをピークに、2015年の70トンまで大きく減少し、2013年には環境省が、2014年には国際自然保護連合(IUCN)が、本種を絶滅危惧IB類およびEndangeredに区分した。本稿は、今後の研究や活動の方向性を議論するための情報を提供することを目的として、現在我が国で行われているニホンウナギの保全と持続的利用に向けた取り組みと課題を整理した。水産庁は、放流と河川生息環境の改善、国内外の資源管理、生態・資源に関する調査の強化等を進めている。環境省は、2ヵ年に渡る現地調査を行なったうえで、2017年3月に「ニホンウナギの生息地保全の考え方」を公表した。民間企業でも、一個体をより大きく育てることで消費される個体数を減少させるとともに、持続的利用を目指す調査研究や取り組みに対して寄付を行う活動が始まっている。しかし、web検索を利用して国内の保全と持続的利用を目指す取り組みを整理すると、その多くは漁業法に基づく放流や漁業調整規則、シンポジウムなどを通じた情報共有であり、生息環境の保全や回復を目的とした実質的な取り組み件数は限られていた。漁業管理を通じた資源管理を考えた場合、本種の資源評価に利用可能なデータは限られており、現時点ではMSY(最大持続生産量)の推定は難しい。満足な資源評価が得られるまでは、現状に合わせて、限られた情報に基づいた漁獲制御ルールを用いるなど、適切な評価や管理の手法を選択することが重要である。本種の生息場所として重要な淡水生態系は劣化が著しく、その保全と回復はニホンウナギに限らず他の生物にとっても重要である。ニホンウナギは水域生態系のアンブレラ種など指標種としての特徴を備えている可能性があり、生態系を活用した防災減災(Eco-DRR)の促進など、水辺の生物多様性の保全と回復を推進する役割が期待される。
著者
井上 奈津美 井上 遠 松本 斉 境 優 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2019, (Released:2021-05-24)
参考文献数
61

樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。
著者
井上 遠 井上 奈津美 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.87-98, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
49

奄美大島の亜熱帯照葉樹林における森林性鳥類の種組成、および保全上重要な種の生息密度分布のモニタリングに録音法を用いる可能性を検討した。繁殖期(2015 年4 月22 日~ 5 月6 日)に5 か所の森林域において、早朝および夜間に音声録音(録音法)とポイントカウント法を同時に実施した。オオトラツグミやルリカケスなど奄美大島の森林域に生息する保全上重要な鳥類種を含めて、録音法でもポイントカウント法とほぼ同様の鳥類相を記録できた。録音法で記録されたリュウキュウコノハズクとアカヒゲのさえずり頻度は、ポイントカウント法で計数した個体数に対して有意な正の効果を示し、録音法はこれらの種の生息密度のモニタリングにも有効であることが示唆された。
著者
生態系管理専門委員会 調査提言部会 西田 貴明 岩崎 雄一 大澤 隆文 小笠原 奨悟 鎌田 磨人 佐々木 章晴 高川 晋一 高村 典子 中村 太士 中静 透 西廣 淳 古田 尚也 松田 裕之 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2211, (Released:2023-04-30)
参考文献数
93

近年、日本では、急速な人口減少が進む中、自然災害の頻発化、地域経済の停滞、新型コロナウィルス感染症の流行等、様々な社会課題が顕在化している。一方で、SDGs や生物多様性保全に対する社会的関心が高まり、企業経営や事業活動と自然資本の関わりに注目が集まっている。このような状況を受けて、グリーンインフラ、NbS(自然を活用した解決策)、Eco-DRR(生態系を活用した防災減災)、EbA(生態系を活用した気候変動適応)、地域循環共生圏等、自然の資源や機能を活用した社会課題解決に関する概念が幅広い行政計画において取り上げられている。本稿では、日本生態学会の生態系管理専門委員会の委員によりグリーンインフラ・NbS に関する国内外の動向や、これらの考え方を整理するとともに、自然の資源や機能を持続的・効果的に活用するためのポイントを生態学的な観点から議論した。さらに、地域計画や事業の立案・実施に関わる実務家や研究者に向けた「グリーンインフラ・NbS の推進において留意すべき 12 箇条」を提案した。基本原則:1)多様性と冗長性を重視しよう、2)地域性と歴史性を重視しよう。生態系の特性に関する留意点:3)生態系の空間スケールを踏まえよう、4)生態系の変化と動態を踏まえよう、5)生態系の連結性を踏まえよう、6)生態系の機能を踏まえよう、7)生態系サービスの連関を踏まえよう、8)生態系の不確実性を踏まえよう。管理や社会経済との関係に関する留意点:9)ガバナンスのあり方に留意しよう、10)地域経済・社会への波及に留意しよう、11)国際的な目標・関連計画との関係に留意しよう、12)教育・普及に留意しよう。
著者
宮本 康 西垣 正男 関岡 裕明 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2116, (Released:2022-04-28)
参考文献数
45

歴史的な人間活動の結果、沿岸域と汽水域におけるハビタットの消失が進み、これに基づく生態系機能の劣化が世界的に深刻化した。そして現在、沿岸生態系の保全が国際的に重要な課題になっている。福井県南部に位置する汽水湖沼群の三方五湖もその一例であり、沿岸ハビタットの再生が当水域の自然再生を進める上での大きな課題の一つに挙げられている。 2011年には多様な主体の参加の下、三方五湖自然再生協議会が設立され、 3つのテーマにまたがる 20の自然再生目標に向けて、 6つの部会が自然再生活動を開始した。その中の自然護岸再生部会では、既往の護岸を活かし、湖の生態系機能を向上させることを目的に、 2016年より湖毎に現地調査とワークショップを開始した。そして 2020年には、それらの結果を「久々子湖、水月湖、菅湖、三方湖、及びはす川等の自然護岸再生の手引き」として整理した。さらに、当協議会のシジミのなぎさ部会では、かつて自然のなぎさであった久々子湖の 2地点と水月湖の 1地点で、手引き書を踏まえたなぎさ護岸の再生を 2020 -2021年に実施した。本稿では、三方五湖におけるこれらの自然護岸再生に向けた実践活動を報告する。
著者
宮本 康 西垣 正男 関岡 裕明 吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.2116, 2022-04-28 (Released:2022-06-28)
参考文献数
45

歴史的な人間活動の結果、沿岸域と汽水域におけるハビタットの消失が進み、これに基づく生態系機能の劣化が世界的に深刻化した。そして現在、沿岸生態系の保全が国際的に重要な課題になっている。福井県南部に位置する汽水湖沼群の三方五湖もその一例であり、沿岸ハビタットの再生が当水域の自然再生を進める上での大きな課題の一つに挙げられている。 2011年には多様な主体の参加の下、三方五湖自然再生協議会が設立され、 3つのテーマにまたがる 20の自然再生目標に向けて、 6つの部会が自然再生活動を開始した。その中の自然護岸再生部会では、既往の護岸を活かし、湖の生態系機能を向上させることを目的に、 2016年より湖毎に現地調査とワークショップを開始した。そして 2020年には、それらの結果を「久々子湖、水月湖、菅湖、三方湖、及びはす川等の自然護岸再生の手引き」として整理した。さらに、当協議会のシジミのなぎさ部会では、かつて自然のなぎさであった久々子湖の 2地点と水月湖の 1地点で、手引き書を踏まえたなぎさ護岸の再生を 2020 -2021年に実施した。本稿では、三方五湖におけるこれらの自然護岸再生に向けた実践活動を報告する。
著者
井上 遠 松本 麻依 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.19-28, 2019-04-23 (Released:2019-05-14)
参考文献数
35
被引用文献数
2

本研究では,二次林を含めた森林面積が島の約80%を占める奄美大島において,準絶滅危惧種に指定されているリュウキュウコノハズクの巣立ちビナのルートセンサスを,繁殖期(2017年6月27日–7月25日)に行なった.奄美大島のほぼ全域の合計58地点において98羽の巣立ちビナが確認され,うち13地点では複数回巣立ちビナが確認された.巣立ちビナ確認地点(53地点)と,確認地点と同頻度になるように各センサスルート上に無作為に設定した未確認地点(54地点)について,森林植生タイプ別の面積(常緑広葉樹林,常緑広葉樹二次林,常緑針葉樹林,落葉広葉樹二次林),開放地面積,林縁長,市街地までの距離,標高を説明変数として,一般化線形混合モデルを作成した.その結果,巣立ちビナの確認/未確認に対して常緑広葉樹林面積が正の効果を及ぼしていることが示された.今では限られた面積でしか存在しない成熟した亜熱帯常緑広葉樹林は,樹洞を有する大径木が多く存在し,本種の重要な営巣場所や繁殖場所となっている可能性が示唆された.
著者
吉田 丈人
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.208-216, 2007-07-31 (Released:2016-09-15)
参考文献数
24
被引用文献数
1

個体群動態は、生態学者が古くからその理解に取り組んできた課題である。数理モデルを使った理論研究は質的に異なる様々な動態を予測し、実証研究はそのような動態が現実の個体群で見られることを示してきた。しかし、動態がどのように決まるかについて特定の説明が与えられ「理解」された野外個体群はほとんどない。また、動態に影響を与える新しい要因が、今なお発見され続けている。私たちは、モデル系として非常に単純な捕食者-被食者系を使い、その個体群動態を室内実験で詳細に調べることにより、野外個体群の動態を理解するのに資する知識を得ようと試みてきた。捕食者-被食者のモデル系としてワムシ(Brachionus calyciflorus)とその餌である藻類(Chlorella vulgaris)を用い、これらの生物をケモスタット(連続培養装置の一つ)で飼育して個体群動態を観測した。それと共に、個体群動態を説明する機械論的な数理モデルを得ようと取り組んできた。これまでに、ワムシと藻類の機能的反応と数量的反応・ワムシ個体群の齢構造と老化・藻類個体群の遺伝的多様性と迅速な進化が、この系の動態を説明するのに必要な要因であることを明らかにした。本論文では、ここまでの理解に至る過程を解説し、理論研究と実証研究がどのように有効に連携できるかについて一例を紹介したい。