著者
井上 奈津美 井上 遠 松本 斉 境 優 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2019, (Released:2021-05-24)
参考文献数
61

樹洞は、多くの生物がねぐらや営巣場所として利用する森林生態系における重要なマイクロハビタットである。気候帯や地域に応じて樹洞の現存量や、樹洞の形成に関わる要因は大きく異なっており、樹洞利用生物の保全のためにはそれらを明らかにすることが重要である。本研究では、奄美大島の世界的にも希少な湿潤な亜熱帯照葉樹林を対象に、伐採履歴が異なる 2つの森林タイプ(成熟林と二次林)において、樹木サイズや樹種構成、樹洞の現存量を明らかにするとともに、樹種ごとに形成される樹洞の特徴を把握した。奄美大島の亜熱帯照葉樹林は、他の地域の熱帯林または亜熱帯林と比較して樹洞の現存量は多く、キツツキの穿孔による樹洞と比べて腐朽による樹洞が高い割合を占めていた。胸高直径( DBH)30 cm以上の樹木において、成熟林では二次林と比較して、ヘクタールあたりの幹数、樹洞を有する幹数、樹洞数が有意に多かった。いずれの森林タイプにおいてもスダジイが最も優占しており(胸高直径 15 cm以上の幹に占める割合は成熟林で 48%、二次林で 66%)、成熟林では次いでイジュ( 10.8%)とイスノキ(10.3%)、二次林ではイジュ( 9.9%)とリュウキュウマツ( 7.6%)が優占していた。記録された樹洞について、一般化線形混合モデルを用いて幹ごとの樹洞数に影響する要因を検討したところ、胸高直径が大きくなるほどそれぞれの幹が有する樹洞数が多かったほか、樹種ではイスノキで最も樹洞数が多く、スダジイ、イジュがそれに続いた。確認された樹洞の 90%はスダジイとイスノキに形成されており、イスノキに形成された樹洞はスダジイに形成された樹洞よりも地面から入口下端までの高さが有意に高かった。 CCDカメラを用いて一部の樹洞の内部を観察したところ、ルリカケスもしくはケナガネズミの利用の痕跡および、リュウキュウコノハズクの繁殖が確認された。樹洞が形成されやすいイスノキの大径木を含めて成熟した亜熱帯照葉樹林を優先的に保全することが、樹洞を利用する鳥類や哺乳類の重要な繁殖・生息場所の維持、保全につながると考えられた。
著者
宮崎 佑介 松崎 慎一郎 角谷 拓 関崎 悠一郎 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.291-295, 2010-11-30
参考文献数
27
被引用文献数
1

岩手県一関市にある74の農業用ため池において、2007年9月〜2009年9月にかけて、コイの在・不在が浮葉植物・沈水植物・抽水植物の被度に与えている影響を明らかにするための調査を行った。その結果、絶滅危惧種を含む浮葉植物と沈水植物の被度が、コイの存在により負の影響を受けている可能性が示された。一方、抽水植物の被度への有意な効果は認められなかった。コイの導入は、農業用ため池の生態系を大きく改変する可能性を示唆している。
著者
今本 博臣 後藤 浩一 白井 明夫 鷲谷 いづみ
出版者
Ecology and Civil Engineering Society
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.1-14, 2003-08-30 (Released:2009-05-22)
参考文献数
12
被引用文献数
6 5

1998~2000年にかけて公団管理15ダムの無土壌岩盤法面で,植生調査および毎木調査を実施し,以下の結果を得た。調査区は無土壌岩盤が19カ所,林縁部が4カ所,対比区が3カ所であった.・外来牧草主体の緑化工を実施した地区は,施工後20年以上経過しても依然として外来牧草が優占しており,在来種への移行がほとんどみられなかった.・緑化工を実施していない地区は,施工後20年以上経過すると,アカマツ,ハリエンジュ,ハゼノキ,アカメガシワ,ヌルデ,リョウブ等の先駆性樹種を中心とした樹林に移行していた.・在来種の中ではアカメガシワ,リョウブ,アカマツ,ヌルデが,岩,れき質といった植生の生育基盤としてもっとも悪い場所においても良好な生育を示した.・無土壌岩盤法面における生育樹種は,基盤条件が大きな影響を与えているという傾向が見られた.・植物の多様度は,外来牧草主体の緑化工を実施した調査区で低く,緑化工を実施していない調査区および緑化工を実施した林縁部で高かった.
著者
松田 裕之 矢原 徹一 竹門 康弘 波田 善夫 長谷川 眞理子 日鷹 一雅 ホーテス シュテファン 角野 康郎 鎌田 麿人 神田 房行 加藤 真 國井 秀伸 向井 宏 村上 興正 中越 信和 中村 太士 中根 周歩 西廣 美穂 西廣 淳 佐藤 利幸 嶋田 正和 塩坂 比奈子 高村 典子 田村 典子 立川 賢一 椿 宜高 津田 智 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.63-75, 2005-06-30 (Released:2018-02-09)
被引用文献数
22

【自然再生事業の対象】自然再生事業にあたっては, 可能な限り, 生態系を構成する以下のすべての要素を対象にすべきである. 1生物種と生育, 生息場所 2群集構造と種間関係 3生態系の機能 4生態系の繋がり 5人と自然との持続的なかかわり 【基本認識の明確化】自然再生事業を計画するにあたっては, 具体的な事業に着手する前に, 以下の項目についてよく検討し, 基本認識を共有すべきである. 6生物相と生態系の現状を科学的に把握し, 事業の必要性を検討する 7放置したときの将来を予測し, 事業の根拠を吟味する 8時間的, 空間的な広がりや風土を考慮して, 保全, 再生すべき生態系の姿を明らかにする 9自然の遷移をどの程度止めるべきかを検討する 【自然再生事業を進めるうえでの原則】自然再生事業を進めるうえでは, 以下の諸原則を遵守すべきである. 10地域の生物を保全する(地域性保全の原則) 11種の多様性を保全する(種多様性保全の原則) 12種の遺伝的変異性の保全に十分に配慮する(変異性保全の原則) 13自然の回復力を活かし, 人為的改変は必要最小限にとどめる(回復力活用の原則) 14事業に関わる多分野の研究者が協働する(諸分野協働の原則) 15伝統的な技術や文化を尊重する(伝統尊重の原則) 16目標の実現可能性を重視する(実現可能性の原則) 【順応的管理の指針】自然再生事業においては, 不確実性に対処するため, 以下の順応的管理などの手法を活用すべきである. 17事業の透明性を確保し, 第3者による評価を行う 18不可逆的な影響に備えて予防原則を用いる 19将来成否が評価できる具体的な目標を定める 20将来予測の不確実性の程度を示す 21管理計画に用いた仮説をモニタリングで検証し, 状態変化に応じて方策を変える 22用いた仮説の誤りが判明した場合, 中止を含めて速やかに是正する 【合意形成と連携の指針】自然再生事業は, 以下のような手続きと体制によって進めるべきである. 23科学者が適切な役割を果たす 24自然再生事業を担う次世代を育てる 25地域の多様な主体の間で相互に信頼関係を築き, 合意をはかる 26より広範な環境を守る取り組みとの連携をはかる
著者
松崎 慎一郎 西川 潮 高村 典子 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
日本生態学会大会講演要旨集 第52回日本生態学会大会 大阪大会
巻号頁・発行日
pp.120, 2005 (Released:2005-03-17)

コイ(Cyprinus carpio)は,長寿命かつ雑食性の底生魚で,遊泳や探餌行動の際に底泥を直接巻き上げて,泥の中の栄養塩や懸濁物質を水中へ回帰させたり(底泥攪乱),直接水中へ栄養塩を排泄したりすることを通じて水質の悪化や水草の減少を招く.また水草を直接捕食する.そのためコイは,IUCN侵略的外来種ワースト100の一種として世界的に問題になっている.日本では様々な水域で見られる在来種であるが,その分布の拡大は放流や養殖など国内移入によるものである.しかしながら,野外操作実験を用いてコイが他の生物群集,特に沈水植物に与える影響を検証した研究例は少ない.本研究は,隔離水界を用いて,コイによる底泥の攪乱および栄養塩の排出が沈水植物と微小動物群集(プランクトン・ベントス)に及ぼす影響を明らかにした.2004年7月,霞ヶ浦に面する国土交通省の実験池(木原)に,隔離水界(2m×2m×水深60~80cm)を設置し,野外操作実験を行った.実験処理区はコイの有無,底泥へのアクセスの可否の2要因からなる4処理区(繰り返し4,合計16隔離水界)にした.コイの底泥へのアクセスは,ネット(2cm格子)を水中に設置することによって遮断した.また実験開始前にすべての隔離水界に沈水植物(リュウノヒゲモ)を植栽し,コイ導入区には15~18cmのコイを各水界に1匹投入した.2ヶ月間の実験の結果(合計3回のサンプリング),底泥へのアクセスの可否にかかわらず,コイがいるだけで水草は著しく減少した.その水草減少のメカニズムは底泥の攪乱だけではなく,栄養塩の排出もその一因であると考えられた.本発表では,コイによる沈水植物の減少のメカニズムを,物理化学的要因(主に栄養塩)や他の生物群集の応答をもとに,総合的に考察する.
著者
井上 遠 井上 奈津美 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.87-98, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
49

奄美大島の亜熱帯照葉樹林における森林性鳥類の種組成、および保全上重要な種の生息密度分布のモニタリングに録音法を用いる可能性を検討した。繁殖期(2015 年4 月22 日~ 5 月6 日)に5 か所の森林域において、早朝および夜間に音声録音(録音法)とポイントカウント法を同時に実施した。オオトラツグミやルリカケスなど奄美大島の森林域に生息する保全上重要な鳥類種を含めて、録音法でもポイントカウント法とほぼ同様の鳥類相を記録できた。録音法で記録されたリュウキュウコノハズクとアカヒゲのさえずり頻度は、ポイントカウント法で計数した個体数に対して有意な正の効果を示し、録音法はこれらの種の生息密度のモニタリングにも有効であることが示唆された。
著者
村中 孝司 石井 潤 宮脇 成生 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.19-33, 2005-06-30
参考文献数
88
被引用文献数
21

外来生物の侵入は生物多様性を脅かす主要な要因の1つとして認識されている.日本においても, 2004年に「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」が公布され, 生態系等に係わる被害を及ぼすあるいは及ぼす可能性がある外来生物を特定外来生物として指定し, 防除などの措置を講ずることが定められている.本研究では, 同法にもとづいて指定すべき特定外来生物の検討に先立ち, 同法基本方針における「特定外来生物の選定に関する基本的事項」を維管束植物に適用して, 生物多様性を脅かす特定外来植物の候補種を選定した.これまで得られた生態学, 保全生態学およびその他の科学的知見を整理し, (1)国内外における侵略性の高さ, (2)国内における侵入面積, (3)生態系・在来種に及ぼす影響, および(4)対策事例の有無の4項目に関して, できる限り数量的に評価することにより, 108種を対策の必要性の緊急度からA-Cの3ランクに分けてリストアップした.対策緊急度の最も高いAランクには, オオブタクサAmbrosia trifida, シナダレスズメガヤEragrostis curvula, ハリエンジュRobinia pseudoacacia, アレチウリSicyos angulatus, セイタカアワダチソウSolidago altissima, オオカナダモEgeria densa, オニウシノケグサFestuca arundinacea, オオフサモMyriophyllum aquatica, コカナダモElodea nuttallii, ホテイアオイEichhornia crassipes, カモガヤDactylis glomerata, アカギBischofia javanica, 外来タンポポ種群Taraxacum spp., オオカワヂシャVeronica anagallis-aquatica, ヒメジョオンStenactis annuus, ボタンウキクサPistia stratiotesの計16種が選定された.いずれの種も生態系・在来種に及ぼす影響が顕著であり, すでに行政や地域住民が主体となり駆除対策が実施されているものである.また, オオカワヂシャを除いた15種は日本生態学会(2002)がリストアップした「日本の侵略的外来種ワースト100」に選定されており, 国内の河川における優占群落面積が大きい種が多く含まれる.それに次ぐBランクには, ハルザキヤマガラシBarbarea vulgaris, イタチハギAmorpha fruticosa, ミズヒマワリGymnocoronis spilanthoides, キショウブIris pseudacorusなど計35種が, Cランクには計57種が選定された.ここに掲載された種の中には, 現在もなお緑化用牧草, 観賞用水草などとして盛んに利用されている種が含まれている.特にAランクに選定された種については速やかに特定外来生物に指定し, 侵入・蔓延を防止するための有効な対策を強化することが必要である.
著者
池上 佑里 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.1-15, 2011-05-30 (Released:2018-01-01)
参考文献数
43
被引用文献数
3

関東地方の台地の周縁に発達する小規模な谷(谷津)の奥部における水田耕作放棄地に成立した植生を、水生・湿生植物の生育ポテンシャルの面から評価することを目的とし、茨城県の北浦東岸の32箇所の谷津を対象として、最上流部に位置する水田放棄地の植生と、それに影響する環境要因を分析した。各調査地に15m×5mの調査区を設け、調査区内の維管束植物・大型水生植物相(ウキゴケ類とシャジクモ類を含む)を記録した。さらに、その内部に0.5m×O.5mコドラートを39個設け、種ごとの出現頻度から優占度を評価した。調査の結果、調査地あたり在来種数は平均32種、外来種は平均3種が記録され、全体では244種(うち外来種25種)が確認された。全国版あるいは地方版(茨城県あるいは千葉県)レッドリスト掲載種は、9箇所の調査地において合計7種確認された。一般化線形モデルを用いた解析により、調査地あたりの在来種数および在来水生・湿生植物種数に対して、地下水位による有意な正の効果と、日照率(植生上で撮影した全天写真から評価)と耕作放棄からの年数による有意な負の効果が認められた。地下水位による有意な正の効果は、絶滅危惧種の出現可能性に対しても認められた。逆に、侵略的外来植物であるセイタカアワダチソウの優占度に対しては、地下水位による有意な負の効果が認められた。地下水位は、コンクリートU字溝などの排水施設が設置されている場所において有意に低かった。以上のことから、調査対象とした地域において、谷津奥部水田耕作放棄地は、絶滅危惧植物を含む多様な水生・湿生植物の生育場所として機能していること、その機能は、水田として耕作されていた時代に排水施設などの圃場整備事業が実施されていない場所において特に高いことが示された。
著者
宮崎 佑介 吉岡 明良 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.235-244, 2012
参考文献数
33

朱太川水系の過去の魚類相を再構築することを目的として、博物館標本と聞き取り調査を行った。美幌博物館、北海道大学総合博物館水産科学館、市立函館博物館、国立科学博物館において、朱太川水系から採集された魚類標本の調査を行い、13種の魚類標本の所在を確認することができた。しかし、市立函館博物館の1923年以前の標本台帳に記されているイトウ標本の所在は不明であった。また、朱太川漁業協同組合の関係者18名に過去の朱太川水系の魚類相に関する聞き取り調査を行い、42種の魚類の採集・観察歴について情報を得た。同定の信頼性が高いと考えられるのはそのうちの34種であり、地域の漁業協同組合の保護・増殖の対象種であるかどうかと、聞き取り対象者が生息量の増減を認識していたかどうかは、有意に相関していた。カワヤツメなどの氾濫原湿地を利用する魚類の生息量の減少を指摘する回答者が12名いた。現在は見られないイトウが過去に確かに生息していたこと、カワヤツメの生息量が急減したことが聞き取りからほぼ確かであることが判明し、黒松内町の生物多様性地域戦略における自然再生の目標設定、すなわち「氾濫原湿地の回復」の妥当性が確認された。多くの人々が関心をもって観察・採集してきた生物種については、聞き取り調査によって量の変化に関する情報を得ることができる可能性が示唆された。
著者
上杉 龍士 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.13-24, 2009-05-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
79
被引用文献数
2

日本において絶滅が危惧されている多年生の浮葉植物であるアサザの生態的・集団遺伝学的現状を明らかにするため、レッドデータブックや地方植物誌などから存在の可能性が示唆された国内の局所個体群について2001年から2003年の開花期にあたる8月から9月に踏査調査を行い、局所個体群の存否、各局所個体群における展葉面積、異型花柱性の花型構成(長花柱型・短花柱型・等花柱型)を調査した。また、それぞれの局所個体群から葉を採取し、マイクロサテライト10座を用いて遺伝的特性を評価した。確認された局所個体群数は64であり、27水系に存在していた。本種は異型花柱性植物であり適法な受粉を行うためには長花柱型と短花柱型の両方が必要であるが、開花を確認した33局所個体群のうちで、それら3つの花型が確認されたのは霞ヶ浦内の2局所個体群のみであった。各局所個体群から2〜57シュートの葉を採集して遺伝解析を行なった結果、同定された遺伝子型は全国で61であった(うち7は自生地では絶滅し系外で系統保存)。また多くの局所個体群は、単一もしくは少数のジェネットから構成されていた。しかし、例外的に長花柱型と短花柱型の両花型を含む霞ヶ浦内の1局所個体群では、遺伝的に近縁な10もの遺伝子型が確認された。有性生殖の存在がジェネットの多様性を生み出したものと考えられる。有性生殖が行われていない局所個体群では、突発的な環境変動によって消滅した場合に、土壌シードバンクから個体群が回復する可能性は低い。またジェネット数が極端に少ないことは、次世代に近交弱勢を引き起こす可能性を高める。これらの要因が、日本におけるアサザの絶滅リスクを高める可能性がある。維管束植物レッドリストの2007年見直し案では、アサザは絶滅危惧II類から準絶滅危惧種に格下げされている。しかし、今後も絶滅危惧種とみなして保全を進める必要があると考えられる。
著者
松本 斉 井上 奈津美 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.1902, 2020-05-15 (Released:2020-06-28)
参考文献数
59

世界自然遺産候補地である奄美大島の亜熱帯照葉樹林において、生物多様性保全上重要な森林域の指標のひとつである樹冠サイズの 1960年代以降の変遷を地図化することを試みた。 3つの時期(1965年度、 1984年度、 2008年度)に撮影された 1 / 20,000空中写真(解像度 0.4 m)に対してモルフォロジー解析による粒度分析を施し、優占する樹冠サイズを指標する「樹冠サイズ指数」を算出した。 3つの時期を通じて成熟林が維持されていた地域を基準として撮影年代や撮影日ごとの差異を修正した 1 haメッシュスケールの「補正樹冠サイズ指数」の変遷は、現存植生図および森林への人為干渉の履歴と合理的な対応が認められた。補正樹冠サイズ指数の変遷により、主に伐採などの人間活動に起因する 3タイプの森林パッチを認識した。すなわち、 1)1960年代から継続して大きい補正樹冠サイズ指数を保っている大径照葉樹優占域のパッチ、 2)1960年代には補正樹冠サイズ指数の大きい照葉樹林が存在していたものの、近年は伐採後に成立した補正樹冠サイズ指数の小さい二次林となっている小径照葉樹二次林パッチ、 3)かつては小径木林であったが、先駆樹種が樹冠を広げて補正樹冠サイズ指数が大きな値をとるようになった先駆樹種優占域パッチである。 2017年に指定された奄美群島国立公園の地種区分とこれらパッチタイプの分布を空間的に照合すると、内陸の山地域に分布するまとまった面積の大径照葉樹優占域パッチが概ね特別保護地区および特別地域に指定されており、特別保護地区はいずれの空中写真撮影年度にも補正樹冠サイズ指数の平均値が 3.60を上回っていた。そのような森林域の樹木相には、他ではみられないイスノキを含む多様な樹種の亜大径木(胸高直径 30 cm以上 50 cm未満)も高頻度で含まれており、将来にわたって林冠構成樹種の多様性が維持されて周囲への種の供給源としての役割を果たすことが期待される。撮影年代の異なる空中写真から補正樹冠サイズ指数を算出して森林のモザイク動態を把握することは生物多様性上重要な森林域を見出す上で有効な手法であること、奄美群島国立公園の公園計画は、森林モザイク動態を鑑みても生物多様性保全上重要性が高い亜熱帯照葉樹林を将来にわたって保全する上で有効なものとなっていることが示唆された。
著者
黒田 英明 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
応用生態工学会
雑誌
応用生態工学 (ISSN:13443755)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.21-36, 2009 (Released:2009-10-14)
参考文献数
45
被引用文献数
7 2

湖底の土砂中に含まれる散布体バンクは,湖岸植生を再生させる際の材料として有用であることが示唆されている.本研究では,湖内における土砂の採取場所間の種組成および密度の相違に影響する要因を明らかにするため,霞ヶ浦内の12地点の湖底土砂の散布体バンクを実生発生法実験により分析した.散布体バンクからは,全国版レッドリスト掲載種15種,沈水植物15種を含む,合計92分類群の維管束植物および車軸藻類が確認された.土砂採取地点付近の湖岸あるいは堤防法面に現存する植生と,散布体バンクの種組成を比較したところ,その類似性は低かった.散布体バンク中の在来の水生・湿生植物の種数および個体数に対する,土砂採取場所付近における過去の植生帯面積および現在の底質土砂の平均粒径の効果を,一般化線形混合モデルを用いて分析した.その結果,土砂の平均粒径による有意な負の効果が認められた.また,沈水植物の種数および個体数に対して,1970年代前半における沈水植物帯の面積による有意な正の効果が認められた.植生帯再生事業に用いる材料としての湖底の土砂中の散布体バンクの有効性が支持されるとともに,事業に有効な散布体を含む土砂を探索する上で,過去に存在した植生帯の面積や現在の湖底土砂の粒径組成が有用な手がかりとなることが示唆された.
著者
越水 麻子 荒木 佐智子 鷲谷 いづみ 日置 佳之 田中 隆 長田 光世
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.2, no.3, pp.189-200, 1998-01-20
参考文献数
19
被引用文献数
17

国営ひたち海浜公園(茨城県ひたちなか市)内の谷戸の放棄水田跡地において土壌シードバンクを調査した.谷戸谷底面の植生を代表するヨシ群落,チゴザサ群落,およびハンノキ群落から土壌(各0.1m^3,総計0.3m^3)を採取し,水分を一定に保つことのできる実験槽にまきだし,出現する実生の種,量および発芽季節を調べた.出現した実生を定期的に同定して抜き取る出現実生調査法と,実生をそのまま生育させて成立する植生を調査する成立植生調査法とを併行して実施し,5月中旬から12月下旬までの間に,前者では25種,合計6824個体,後者では26種,合計2210個体の種子植物を確認した.出現種の大部分は低湿地に特有の種であり,特に多くの実生が得られたのは,ホタルイ,アゼガヤツリ(あるいはカワラスガナ),チゴザサ,タネツケバナであった.また成立植生調査法で確認された個体数は,出現実生調査法の半数に過ぎないものの,ほぼ全ての種を確認することができた.調査地の土壌シードバンクは,植生復元のための種子材料として有効であること,また,土壌水分を一定に保てば,土壌をまきだしてから数ヵ月後に成立した植生を調べるだけで土壌シードバンクの種組成を把握できることが明らかになった.
著者
海老原 健吾 安川 雅紀 永井 美穂子 喜連川 優 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.1929, (Released:2020-08-31)
参考文献数
71

ヒトが優占する年代であるアンスロポセン( Anthropocene)の複合的環境改変がもたらす生物多様性・生態系変化の監視においては、共生的生物間相互作用ネットワーク(共生ネットワーク)のモニタリングが重要であると考えられる。本研究では、市民科学プログラムによって東京のチョウと植物の共生ネットワークをモニタリングする可能性を、すでに収集されたデータの分析によって検討した。用いたデータは、生活協同組合「パルシステム東京」および保全生態学(中央大学理工学部)ならびに情報工学(東京大学生産技術研究所)の研究室が協働で進めている市民科学プログラム「市民参加の生き物モニタリング調査」により公開されているものである。 2015-2017年に報告された利用可能なチョウの写真データのうち、訪花もしくは樹液吸汁の対象植物の同定が可能なデータ( 4,401件)を用いて、チョウと植物の共生ネットワークを階層型クラスタリングとネットワーク図化によって分析した。チョウは利用植物群の類似性から 6グループに分けられ、そのうち 4グループは特定の植物グループ利用のギルド、残りの 2つのうち一方はジェネラリストの範疇に入る植物利用を特徴とするグループであり、他はそれらに含まれない植物との関係がいっそう多様な種を含むグループであると解釈できた。市民科学プログラムによるモニタリングの可能性が確認され、今後のモニタリングのベースラインとなるネットワーク情報が整理された。
著者
井上 遠 松本 麻依 吉田 丈人 鷲谷 いづみ
出版者
日本鳥学会
雑誌
日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.19-28, 2019-04-23 (Released:2019-05-14)
参考文献数
35
被引用文献数
2

本研究では,二次林を含めた森林面積が島の約80%を占める奄美大島において,準絶滅危惧種に指定されているリュウキュウコノハズクの巣立ちビナのルートセンサスを,繁殖期(2017年6月27日–7月25日)に行なった.奄美大島のほぼ全域の合計58地点において98羽の巣立ちビナが確認され,うち13地点では複数回巣立ちビナが確認された.巣立ちビナ確認地点(53地点)と,確認地点と同頻度になるように各センサスルート上に無作為に設定した未確認地点(54地点)について,森林植生タイプ別の面積(常緑広葉樹林,常緑広葉樹二次林,常緑針葉樹林,落葉広葉樹二次林),開放地面積,林縁長,市街地までの距離,標高を説明変数として,一般化線形混合モデルを作成した.その結果,巣立ちビナの確認/未確認に対して常緑広葉樹林面積が正の効果を及ぼしていることが示された.今では限られた面積でしか存在しない成熟した亜熱帯常緑広葉樹林は,樹洞を有する大径木が多く存在し,本種の重要な営巣場所や繁殖場所となっている可能性が示唆された.
著者
鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.145-166, 1998-11-20
被引用文献数
14
著者
宮崎 佑介 松崎 慎一郎 角谷 拓 関崎 悠一郎 鷲谷 いづみ
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.15, no.2, pp.291-295, 2010-11-30 (Released:2018-02-01)
参考文献数
27
被引用文献数
2

岩手県一関市にある74の農業用ため池において、2007年9月〜2009年9月にかけて、コイの在・不在が浮葉植物・沈水植物・抽水植物の被度に与えている影響を明らかにするための調査を行った。その結果、絶滅危惧種を含む浮葉植物と沈水植物の被度が、コイの存在により負の影響を受けている可能性が示された。一方、抽水植物の被度への有意な効果は認められなかった。コイの導入は、農業用ため池の生態系を大きく改変する可能性を示唆している。
著者
上杉 龍士 西廣 淳 鷲谷 いづみ
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.13-24, 2009-05-30
被引用文献数
1

日本において絶滅が危惧されている多年生の浮葉植物であるアサザの生態的・集団遺伝学的現状を明らかにするため、レッドデータブックや地方植物誌などから存在の可能性が示唆された国内の局所個体群について2001年から2003年の開花期にあたる8月から9月に踏査調査を行い、局所個体群の存否、各局所個体群における展葉面積、異型花柱性の花型構成(長花柱型・短花柱型・等花柱型)を調査した。また、それぞれの局所個体群から葉を採取し、マイクロサテライト10座を用いて遺伝的特性を評価した。確認された局所個体群数は64であり、27水系に存在していた。本種は異型花柱性植物であり適法な受粉を行うためには長花柱型と短花柱型の両方が必要であるが、開花を確認した33局所個体群のうちで、それら3つの花型が確認されたのは霞ヶ浦内の2局所個体群のみであった。各局所個体群から2〜57シュートの葉を採集して遺伝解析を行なった結果、同定された遺伝子型は全国で61であった(うち7は自生地では絶滅し系外で系統保存)。また多くの局所個体群は、単一もしくは少数のジェネットから構成されていた。しかし、例外的に長花柱型と短花柱型の両花型を含む霞ヶ浦内の1局所個体群では、遺伝的に近縁な10もの遺伝子型が確認された。有性生殖の存在がジェネットの多様性を生み出したものと考えられる。有性生殖が行われていない局所個体群では、突発的な環境変動によって消滅した場合に、土壌シードバンクから個体群が回復する可能性は低い。またジェネット数が極端に少ないことは、次世代に近交弱勢を引き起こす可能性を高める。これらの要因が、日本におけるアサザの絶滅リスクを高める可能性がある。維管束植物レッドリストの2007年見直し案では、アサザは絶滅危惧II類から準絶滅危惧種に格下げされている。しかし、今後も絶滅危惧種とみなして保全を進める必要があると考えられる。