著者
伊藤 佐紀
出版者
北海道大学大学院文学研究科
雑誌
研究論集 (ISSN:13470132)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.35-48, 2010-12-24

20世紀半ばから英米圏で興隆した分析美学は、「芸術とは何か」という問いを「芸術」概念の分析に主眼をおいた「あるものが芸術概念に適応されるための必要十分条件とは何か」という問いへと再定式化した。このような「芸術定義論」は現在も分析美学の中心的テーマの一つとされている。近年、スコットランドの美学者ベリス・ゴート(Berys Gaut)は、反本質主義を擁護する「芸術クラスター理論」を提唱した。ゴートは、「芸術は束概念であり、それゆえ定義することができない」と主張し、あるものが芸術概念に適応されるための条件として、複数の改訂可能な基準を選択的に結合させることによって芸術概念を特徴化する、選言的結合形式を持つ記述の束(the Cluster Account of Art : 以下CAAと略記)を提示する。こうした議論に対し、芸術概念の定義不可能性を主張する反本質主義擁護の立場に立ちながら、芸術であることの条件を挙示するゴートの主張は矛盾を包含しているという批判が集中した。本稿はこうした批判に対するゴートの応答を検討することによって、一見矛盾を包含するように思われるゴートの主張の目的を整合的にとらえるよう試み、理論の位置づけを明確化する。そのうえで、ゴートが提示したCAAの妥当性を検討する。まず芸術クラスター理論の前提と背景を確認し(第一節)、次いで基本的な概要(第二節)を確認する。さらに、ステッカーとデイヴィスによる「CAAは定義である」という批判を取り上げ、この批判にゴートがどのように応答しているか検討する(第三節)。ここでゴートがCAAは「高度に選言的で多様性に富む」定義であると譲歩しながらも、反本質主義者の立場に固執したゴートの意図を明確にするよう試みる。最後に、反本質主義を擁護しようとするゴートの主張は維持できず、CAAの妥当性は選言的定義として認められうることを示唆する(第四節)。