著者
会田 薫子
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.59, no.4, pp.446-455, 2022-10-25 (Released:2022-12-06)
参考文献数
35

長寿化に伴い医学的・倫理的に新たな課題が生じている.従来,末期腎不全患者には腎代替療法として血液透析を中心とする透析療法が行われてきた.しかし,高齢者のなかには体外循環に忍容性を持たない患者が少なくなく,血液透析によって益よりも害がもたらされる場合もあると報告されるようになってきた.老化が進行した高齢患者に対しては血液透析よりも対症療法と緩和ケアを軸とする保存的腎臓療法(conservative kidney management:CKM)のほうが生命予後と機能予後およびQOLに関して優位という報告もみられるようになってきた.こうした知見を背景に,西洋諸国ではCKMへのアクセスが拡大している.日本でも『高齢腎不全患者のための保存的腎臓療法―CKMの考え方と実践』(2022)が刊行された.これは日本における最初の「CKMガイド」である.暦年齢だけでなく高齢者総合機能評価等を踏まえた療法選択が望まれる.療法選択に関する意思決定支援について,同「ガイド」は共同意思決定(shared decision-making:SDM)を推奨している.SDMでは医療・ケアチーム側からは医療・ケアの情報を患者・家族側に伝え,患者側は自らの生活と人生の物語りに関する情報を医療・ケアチーム側に伝える.双方はコミュニケーションをとりつつ,患者の価値観・人生観を反映した物語りの視点で最善の選択に至ることを目指す.SDMのプロセスをともにたどりつつ,将来,本人が人生の最終段階に至り意思決定能力が不十分となった場合に備え,本人の医療・ケアに関する意向を事前に把握するために双方で対話を繰り返しておくと,それがアドバンス・ケア・プランニング(advance care planning:ACP)になる.ACPの適切な実施は最期まで本人らしく生きることを支援する.
著者
会田 薫子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.122-129, 2003-09-18 (Released:2017-04-27)
参考文献数
21
被引用文献数
2

1997年の「臓器の移植に関する法律」の施行以来、脳死からの臓器移植に関する諸問題は、そのほとんどが片付き、残る課題の中心は、小児からの臓器摘出の可否の検討とドナー増を図ること、と考えられている。しかし、日本も採用している全脳死の概念への疑義が「臓器移植先進国」アメリカで再燃し、本質的な問題は、再び、「脳死とは何か」に戻ってきている。「脳死は人の死」というのは過去の理解であり、今やアメリカで移植医療に関わる医師や生命倫理研究者は、全脳死の概念を「論理的整合性を若干欠いていても、移植医療を支える社会的構成概念として有用」と理解しているが、ドナーになる一般市民はこれを知らない。しかし、善意のドナーが臓器移植システムの土台を成す以上、一般市民には正確な情報が与えられなければならない。善意のドナーの誤解を利用したまま臓器移植システムを運営することは許されない。
著者
会田 薫子
出版者
一般社団法人 日本在宅救急医学会
雑誌
日本在宅救急医学会誌 (ISSN:2436066X)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.31-37, 2020-12-31 (Released:2021-07-20)
参考文献数
11

臨床現場における治療やケアに関する意思決定のあり方は、パターナリズムから患者の自己決定、そして共同 意思決定へと変遷してきた。本人の意思の尊重を中心に据えつつ、本人だけに意思決定の役目を負わせずに、本人にとっての最善を実現するために、家族や医療・ケア従事者も情報を共有しながら一緒に考え、悩ましい場面も共有して意思決定する共同意思決定が現代の標準とされるようになった。共同意思決定においては、可能な限り医学的証拠vidence)を土台として治療法の選択肢をあげきり、本人の生活と人生の物語り(narrative)の視点でもっとも適切な選択肢を見出す。こうした考え方は、本人が意思決定困難となる人生の最終段階における医療とケアのための事前の備えのあり方にも影響を及ぼしている。患者の自己決定の時代に考案された事前指示の不足を補い、対話のプロセスを重視するadvance care planning(ACP)が発展してきたのである。在宅医療は本人が家族らと人生の物語りを紡いでいる場所で行われており、ACP の実践の舞台として最適といえる。ACP を適切に行うと、それは家族ケアにもなり、また、医療・ケア従事者の仕事満足度の向上にもつながる。
著者
会田 薫子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.122-129, 2003
参考文献数
21
被引用文献数
2

1997年の「臓器の移植に関する法律」の施行以来、脳死からの臓器移植に関する諸問題は、そのほとんどが片付き、残る課題の中心は、小児からの臓器摘出の可否の検討とドナー増を図ること、と考えられている。しかし、日本も採用している全脳死の概念への疑義が「臓器移植先進国」アメリカで再燃し、本質的な問題は、再び、「脳死とは何か」に戻ってきている。「脳死は人の死」というのは過去の理解であり、今やアメリカで移植医療に関わる医師や生命倫理研究者は、全脳死の概念を「論理的整合性を若干欠いていても、移植医療を支える社会的構成概念として有用」と理解しているが、ドナーになる一般市民はこれを知らない。しかし、善意のドナーが臓器移植システムの土台を成す以上、一般市民には正確な情報が与えられなければならない。善意のドナーの誤解を利用したまま臓器移植システムを運営することは許されない。
著者
会田 薫子
出版者
一般社団法人 日本老年医学会
雑誌
日本老年医学会雑誌 (ISSN:03009173)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.71-74, 2012 (Released:2012-03-29)
参考文献数
10
被引用文献数
3 4

高齢化が進んだ我が国では,終末期医療に関する諸問題が深刻さを増しており,特に,認知症が高度に進行した段階での経口摂取困難に対する人工的水分・栄養補給法(AHN:artificial hydration and nutrition)の是非については,我が国の文化的な背景や死生観が色濃く反映していると考えられ,先進諸外国の先行知見に学ぶだけでは適切な対応をとることは困難である.そこで,我が国における対策を検討するため,同課題に関する医師の臨床実践と意識を探る量的調査を行った.2010年10月~11月に,日本老年医学会の医師会員全員(n=4,506)に対して郵送無記名自記式質問紙調査を実施した.有効回答率は34.7%.分析の結果,当該課題に関して深く迷い悩む医師の姿が明らかになった.AHN導入の方針決定の際に,困難を感じなかったという回答者は6%だけであり,AHNを差し控えることにも施行することにも倫理的な問題があると感じている医師や,AHN導入の判断基準が不明確と考える医師が半数近くいることが示された.また,法的な問題への懸念が対応を一層困難にしていることが示された.アルツハイマー型認知症末期の仮想症例について,胃ろうあるいは経鼻チューブによる経管栄養法の導入を選択した医師は3分の1であったが,医療者と患者家族が十分話し合った結果であれば,末梢点滴を行いながら看取ることは可能な選択肢であると考えている医師は全体の約9割に上ることが示された.
著者
会田 薫子
出版者
日本生命倫理学会
雑誌
生命倫理 (ISSN:13434063)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.11-21, 2008-09-21 (Released:2017-04-27)
参考文献数
33
被引用文献数
1

脳死臓器移植に関わらない脳死患者において人工呼吸器の中止が臨床上の選択肢とされているか否か、及び、その意思決定に関連する要因を明らかにするため、国内の救急医35名を対象とする探索的なインタビュー調査を行った。データ収集と分析にはgrounded theory approachの手法を採用した。その結果、人工呼吸器の中止を選択肢としていない医師がほとんどであり、その選択肢を考慮させない要因群として、1)脳死の二重基準などによる脳死ドナー以外における脳死の法的・臨床的意味の曖昧さ、2)医師側の心理的障壁、3)治療継続の目的は家族ケアという医師の認識、4)間近に心停止が予測されているため人工呼吸器の中止は不要という医師の認識、があることが示された。一方、人工呼吸器の中止を通常の選択肢としている医師は3名おり、彼らは共通して、脳死の理解が一様でない我が国において、脳死の二重基準は家族の受容を援助するために有用であると、自らの実践を通して認識していた。脳死の二重基準は非論理的ではあるが、我が国おいては臨床上の有用性を有することが示された。