著者
佐藤 良明 岩佐 鉄男 木村 秀雄 松岡 心平 DEVOS Patrick 長木 誠司
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

専門分野を異にする音楽=芸能研究者によって構成された本研究は、近現代を中心とした日本の「うた」の変容を、歴史的・地域的にきわめて広い視座から捉え直す研究として始まった。研究の根幹は1920年代以降の日本のポピュラー音楽の展開にあるが、「日本的」な歌舞の源基をなす、能を舞う身体の研究や、明治期における西洋歌唱の導入に伴う異文化混成の研究を含む「総合的」な視野のもとに進められた。漠然と「日本的」とされてきた音楽性の実態を、収集音源から実証的に把握し直した結果、近代の民衆が路上や演芸場で楽しんだ音楽に反映されているのは、なんらかの安定した「民俗音楽的類型」というより、西洋から移入された規範音楽への反発と、にもかかわらず起こった馴化の矛盾的な融合の姿であることが観察された。本研究はまた、日本の流行歌が、欧化政策が分断した「西洋的洗練」対「日本的情緒」の対立項に、アメリカから移入されたポップスが含有する「反クラシック的様式」とが絡む、複雑な構造の中で展開した様相を明らかにした。その成果は、一つには、「演歌の成立と発展」をめぐる書物に、もう一つには「J-POPの正体」をめぐる書物に結実しつつある。近代の米国で「下層民衆」が育んだルーツ音楽が、メディア社会における産業・権力構造の変容と絡みながら、ロックンロールという形式を取るにいたり、それが世界のポップ音楽を革新したいきさつは、一般図書『ビートルズとは何だったのか』(2006)で述べられた。同書が採ったグローバルかつシステム論的な枠組みの中に、演歌ならびにJ-POPの成立と発展を位置づけ、国際的な研究の場に発信していくことが次の課題である。
著者
佐藤 良明
出版者
京都大學人文科學研究所
雑誌
人文學報 (ISSN:04490274)
巻号頁・発行日
vol.110, pp.287-309, 2017-07-31

「キング・オブ・ロックンロール」として君臨する間エルヴィス・プレスリーは, ポップ音楽業界だけでなく, アメリカ史を通して国民国家を分断してきた溝を二重に跳び越える文化英雄だった。南部の貧農の子が目映い世界のスターになったというだけでなく, それを「ヒルビリーの伊達男」に, 即ちサム・フィリップスのいわゆる「真正な黒人のサウンドと黒人の感触をもつ白人」になることをもって達成したのである。どうしてそんなことが可能だったのか。ポップ・ミュージックは, イメージの生産と購入を特徴とする新しい経済の中心部分をなすが, 1950年代後半の時期にエルヴィスの声と身体は, 何百万ものティーンエイジャーの心を動かして都市の黒人文化への渇望をかき立てた。顕著に黒人的な音楽スタイルを身にまとった彼は, これをカントリー音楽において展開してきた熱情的で一途な歌唱とブレンドした。彼が引き起こしたロカビリーの熱狂を日本のポップ市場に引き入れようとする初期の試みは, 社会的・歴史的な事情から成功したとは言えない。しかし, 日本にロックビートが浸透する1960年代後半には, 内向きの歌謡曲に新しいジャンルが登場する。森進一, 青江三奈らの歌唱は, 日本の伝統的な芸能力学を, エルヴィスの3連符の震えを含むR&Bの音楽的イディオムと接合するものであった。後に「演歌」と呼ばれるもののルーツを分析する中で我々は, エルヴィスが与えた文化横断的なインパクトの大きさを改めて目撃するだろう。My lecture is an invitation to see Elvis Presley as a trickster who, during his reign as king of rock 'n' roll, doubly crossed the gaps embedded not only in music industry but more profoundly in the nation itself throughout its history. Not only did the poor Southern boy become the flashy international hero but he did so by becoming a "hillbilly cat" or, in Sam Phillip's words, "a white boy with authentic Negro sound and Negro feel." How was that possible ? We look at pop music as an essential part of the new economy that featured production and purchasing of images. In the late 1950s Elvis's voice and body stirred the desire of millions of teenagers to transgress into the urban black culture. We examine how Elvis's singing came to assume the conspicuously black styles and how he blended it with the passionate, sincere singing developed in country music. The attempts to graft the rockabilly craze to the contemporary Japanese pop market was only partially successful for social and historical reasons. However, in the latter half of the1960s as Japan became more exposed to the rock beat, a new domestic-oriented genre emerges. The performances of Mori Shin'ichi and Aoë Mina combine traditional Japanese body dynamics with musical idioms of R&B including Elvis's vibration in triplets. By tracing the roots of what was later to be called Enka, we will once again witness the tremendous crosscultural impact Elvis made on the inhabitants of this planet.