- 著者
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木村 秀雄
- 出版者
- アンデス・アマゾン学会
- 雑誌
- アンデス・アマゾン研究 (ISSN:24340634)
- 巻号頁・発行日
- vol.1, pp.1-54, 2018-03-30 (Released:2022-04-06)
- 参考文献数
- 158
- 被引用文献数
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中央アンデス南高地の社会は、多様な自然環境、複雑な民族構成、外部世界からの経済的圧力によって多様化されてきたが、同時に封建的大土地所有地や先住民共同体といった歴史的に構築された諸制度によって、構造化されていた。この多様性と制度の規定性を理解するために、地域の古い農業構造を劇的に作り変えた農地改革時における、ペルー・クスコ県・カルカ郡のアシエンダと先住民共同体に研究の焦点を合わせる。 本稿は、「すべての個人の心理的性向や行為は、予測不能で多様なものである」という理論的・仮説的立場をとるが、予測不能な個人の行為が社会的に無秩序に陥ることを防いでいるのが「制度」「ルール」である。一方、個人の行為はハーバート・サイモンのいう「限定合理性」を持つ可能性があり、この「制度」の中で、人類学の視点に呼応する「個人の行為は合理的である」という仮説から本稿は出発する。 研究対象地域においては、「先住民共同体」「アシエンダ」それぞれの内部に歴史的背景や経営体の運営方法の大きな多様性を見出すことができる。ほとんどすべての先住民共同体が彼らの生存食料であるジャガイモなどを栽培する非市場志向圏に位置し、アシエンダは穀物栽培・家畜飼育などの商品生産に適した区域を占有していたといっても、先住民共同体やアシエンダの成立過程や商品生産への適応の度合いの差は多様である。また同時に、個々の先住民共同体メンバーや個々のアシエンダ領主の意識や行動にも大きな違いがある。 「先住民共同体」「アシエンダ」といった公式制度の政治的地位および運営方法の多様性が、個々のメンバーの農地改革に対する態度の違いをもたらし、アシエンダの農業協同組合への転換、隣接する先住民共同体への編入、またはアシエンダ旧領主に対する部分的所有権の承認といった、改革の多様な過程と結末につながったのである。この変化は、古いアシエンダ・システムから、より平等新たな体制への制度的転換をとおして行われたのであるから、アシエンダ領主、先住民共同体メンバー、農村労働者たちの意識や行動の限定合理性は、農地改革後の変化にともなって変化を余儀なくされ、その変化が新たな体制につながったのである。