著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.1-16, 2009-07-01

中世のテニヲハ研究の専門書を代表するものに「姉小路式」と呼ばれる一群の秘伝書が挙げられる。本稿では「姉小路式」の「かなをやすむる事」の巻を取り上げ、テニヲハ意識の展開を促したとされる「休めの類」について考察を行った。その結果、「姉小路式」を中心とする中世の「休めの類」は中古のそれを拠り所としながらも、完全に一致するものではないことが分かった。そして、それはその背後に進行していた当時の日本人の歌に対する接し方の変化やテニヲハ意識の深化によるものと考えられる。つまり、「休めの類」は、中古では歌語や古語解釈の一原理として用いられたのに対し、中世になると和歌の作法の修辞表現法として認識されるようになったのである。

2 0 0 0 OA 研究史

著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.5-12, 2020-08-01 (Released:2020-08-14)
著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.2, pp.16-30, 2010-04

連歌論は従来の研究においては、文学的もしくは修辞的に扱われる傾向が強い。連歌論とテニヲハ論は互いに影響し合いつつ展開していったとされてはいても、その具体像及び影響し合う過程が明らかにされてきたとは言い難い。本稿では、「姉小路式」における文法項目の記述を手掛かりに、連歌論とテニヲハ論が影響し合う過程の検討を試みた。その結果、まず、中世のテニヲハ研究書を代表する『手爾葉大概抄』と「姉小路式」の記述は初期の連歌論書の影響を受けたものであると結論付けた。『手爾葉大概抄』が最初のテニヲハ秘伝書にしては整いすぎていることも、そこから理解される。また、宗祇あたりまでは連歌論書とテニヲハ研究書は各自の重要項目を守った相伝が行われたが、その後は、テニヲハ論の記述が再び連歌論に影響を及ぼすこともあったとの見通しが立つ。
著者
劉 志偉
出版者
埼玉大学教養学部
雑誌
埼玉大学紀要. 教養学部 = Saitama University Review. Faculty of Liberal Arts (ISSN:1349824X)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.121-135, 2018

本稿は、実生活では日々耳にするものの、日本語教材には取り上げられることがほとんどなかった言語現象であるラ行音撥音に注目して考察を行った。音声学や音韻論における専門用語を可能な限り避け、日本語学習者にとって分かりやすい学習ルールを提案することが、その目的である。具体的には、まず、マスメディアを中心に集めた用例をもって、ラ行音撥音の全体像を明らかにした。続いて、筆者自身が来日以来、記録してきた学習メモに基づいて、ラ行音撥音の中で、学習者にとっての難点と考えられる箇所を示した。そして、以上の点を踏まえた上で、ラ行音に由来する撥音を体系的に理解する学習ルールを提案した。また、近畿方言を含む「準標準語」を学習する際に、上記のルールが援用できる可能性についても言及した。日本語学と日本語教育が「別居」状態にあると言われる中、日本語学習者の視点を重視し、いわゆる標準語に限定せず、方言を視野に入れて学習する必要性、また、通時的観点を部分的に取り入れることがより効率的な現代語の学習に繋がる可能性を、「越境する日本語」という枠組みで捉えるものである。
著者
劉 志偉
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科
雑誌
人間・環境学 (ISSN:09182829)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.157-167, 2009-12-20

本稿は「姉小路式」の写本である「手耳葉口伝」をもとに,第五,第六の巻に当たる「か」と「かは」の巻を考察するものである中世に入って,テニヲハ意識が一層高まり,詠歌する際に個々のテニヲハの用法を説く専門書が現れ始めた.とりわけ,それを代表するものとLて「姉小路式」と呼ばれる一群の写本が挙げられる.この書には「ぞ」「こそ」「や」「か」といった係助詞に対する高い関心が認められる.本稿では「姉小路式」の著者による「か」「かは」の記述を解説した後,それを「や」や「ぞ」「こそ」の区分と比較した.その結果,「か」と「や」について,著者は両者をともに「疑ひ」の表現と認識したのみで,近世のように両者を区別する捉え方は見られなかった.また,「ぞ」「こそ」が係り結びの視点から促えられているのに対し,「か」と「や」は疑問表現として区分されている.こうした相違について従来の研究では,「姉小路式」に先行する最初のテニヲハ秘伝書『手爾葉大概抄』の影響によるとされている.しかし,本稿で見る通り,爺者は初期の連歌論者がテニヲハ論に及ぼした影響をも考え合わせなければならないと主張する.