著者
片野田 耕太 十川 佳代 中村 正和
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
pp.23-076, (Released:2023-12-21)
参考文献数
57

「たばこハームリダクション」は「たばことニコチンの使用を完全に排除することなく,害を最小限に抑え,死亡と疾病を減少させること」と定義される。加熱式たばこが普及している日本において,たばこ産業側の「たばこハームリダクション」を用いたプロモーションが活発化しており,たばこ対策関係者は背景や考え方を共有する必要がある。本稿は,「たばこハームリダクション」を公衆衛生施策として実施するための要件を,①リスク低減,②禁煙の効果,③新たな公衆衛生上の懸念,および④保健当局の規制権限,の4つに集約し,ニコチン入り電子たばこ(以下,電子たばこ),加熱式たばこのそれぞれについて検討することを目的とした。さらに,国際機関(世界保健機関;WHO)および諸外国(米国,英国,オーストラリア,イタリア,および韓国)の保健当局の「たばこハームリダクション」に対する方針についてまとめた。最初の3つの要件について,電子たばこは,リスク低減および禁煙の効果については一定の科学的証拠があるが,若年者における使用の流行と紙巻たばこ使用へのゲートウェイドラッグ(入門薬)になりえるという公衆衛生上の懸念については一致した見解が得られていなかった。加熱式たばこについては最初の3つの要件いずれについても十分な科学的証拠はなかった。WHOはあらゆるたばこ製品について同じ規制をすべきであるという立場をとっていた。保健当局が「たばこハームリダクション」の考え方を制度として導入していたのは英国と米国のみであり,加熱式たばこが比較的普及しているイタリアおよび韓国でもリスク低減については保健当局が否定していた。英国は電子たばこによる禁煙支援を公式に認めていた一方,米国は2009年に制定された連邦法に基づいてmodified risk tobacco product(リスク改変たばこ製品)の制度を設けたが,2023年6月現在,加熱式たばこまたは電子たばこで健康リスクを低減すると認められた製品はなかった。4つ目の要件について,英国,米国ともたばこ産業から独立した保健当局の規制の下に「たばこハームリダクション」が制度化されていた。「たばこハームリダクション」の導入には,たばこ産業から独立した保健当局の規制権限と包括的なたばこ対策の履行が必須だと考えられる。
著者
片野田 耕太 伊藤 秀美 伊藤 ゆり 片山 佳代子 西野 善一 筒井 杏奈 十川 佳代 田中 宏和 大野 ゆう子 中谷 友樹
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3, pp.163-170, 2023-03-15 (Released:2023-03-23)
参考文献数
40

諸外国では,がん登録を始めとする公的統計データの地理情報を用いた研究ががん対策および公衆衛生施策に活用されている。日本でも2016年に全国がん登録が開始され,がんの罹患情報のデータ活用が制度的に可能となった。悉皆調査である全国がん登録は,市区町村,町丁字など小地域単位での活用によりその有用性が高まる。一方,小地域単位のデータ活用では個人情報保護とのバランスをとる必要がある。小地域単位の全国がん登録データの利用可否は,国,各都道府県の審議会等で個別に判断されており,利用に制限がかけられることも多い。本稿では,がん登録データの地理情報の研究利用とデータ提供体制について,米国,カナダ,および英国の事例を紹介し,個人情報保護の下でデータが有効に活用されるための方策を検討する。諸外国では,データ提供機関ががん登録データおよび他のデータとのリンケージデータを利用目的に沿って提供する体制が整備され,医療アクセスとアウトカムとの関連が小地域レベルで検討されている。日本では同様の利活用が十分に実施されておらず,利用申請のハードルが高い。全国がん登録の目的である調査研究の推進とがん対策の一層の充実のために,他のデータとのリンケージ,オンサイト利用など,全国がん登録を有効かつ安全に活用できる体制を構築していく必要がある。