著者
吉川 昌之介 山本 達男 寺脇 良郎 笹川 千尋 江崎 孝行 檀原 宏文 渡辺 治雄 岡村 登 橋本 一 吉村 文信
出版者
東京大学
雑誌
総合研究(A)
巻号頁・発行日
1987

組換えDNA実験技術を始めとする分子生物学的、分子遺伝学的技術を病原細菌の病原性の解析に応用することを目的としてこの総合研究班を結成し、3年間補助金を受けた。研究分担者総数21名という大規模な班員構成からなり、各分担者の対象とする菌種も多岐にわたり、ビルレンス遺伝子の存在部位も染色体性、プラスミド性、およびバクテリオファ-ジ性と異るため各分担者の研究達成の難易度には著しい差があった。組換え体の選択方法、汎用される宿主・ベクタ-系でクロ-ン化できるか否か、EK系を用いることができるか否か、仮にクロ-ン化できたとしてそれが完全に形質発現するかなどにも大きな差があった。この壁を乗り切るためにベクタ-系を開発するところから始めたり、新たに宿主に特殊の変異を生じさせたり、遺伝子導入のために特殊の方法を採用したり多くの試行錯誤が行われた。幸に長時間にわたる班会議の議論を通じてこれら問題点の克服の方法が模索され、解決のための示唆が与えられた結果、各分担者それぞれがほぼ所期の目的を達した。セラチアの線毛、サルモネラの病原性、赤痢菌の病原性、大腸菌の表層構造、赤痢菌の抗原、らい菌の抗原、バクテロイデスの病原性、とくに線毛、腸管感染病原菌の粘着因子、コレラ菌の溶血毒、ナグビブリオの溶血毒、腸炎ビブリオの溶血毒、緑膿菌のサイトトキシン、Pseudomonas cepaciaの溶血毒などにつき、その遺伝子の存在様式、遺伝的構造、塩基配列の決定、形質発現の調節機構、前駆体物質のプロセツシング機構などを明らかにし、その病原的意義の解明に一定の知見を得ることができた。これらは多くの原著論文の他、シンポジウム、講演、研究会、総説などに発表したが、各分担者それぞれにより深く研究を堀り下げ、より完全な形で完成するべく努力を続けることになろう。ともあれ本邦のこの領域の発展に大いに寄与したことは間違いないと思う。
著者
吉川 昌之介 牧野 壮一 笹川 千尋
出版者
東京大学
雑誌
一般研究(A)
巻号頁・発行日
1986

近年分子生物学の進歩により病原細菌のビルレンスを支配する遺伝子を分子遺伝学的に解析し、発症の分子機構を素反応のレベルで解析し、その結果を総合的に一連の生化学的反応として理解することが可能になりつゝある。本研究は感染症の立場からのみならず、細胞侵入性、すなわち生きた菌が生きた上皮細胞(本来食作用をもたない)に侵入して増殖(一次細胞侵入性という)し、さらに隣接細胞に順次拡散(二次細胞侵入性という)していくという純生物学的にも極めて特異な発症機構を示す赤痢菌をとりあげ、その病理発生機構を分子レベルで理解しようというものである。細胞侵入性に関与する巨大プラスミドを分子遺伝学的に解析し、SalI制限酵素地図を作成し、その上の少くとも7ケ所のビルレンス関連領域を同定した。SalI断片G上には116KDの蛋白を支配するvirGシストロンが存在し、その産物の所在を決定し、それが二次細胞侵入性に必須であることを見出した。SalIーF断片上には30KDの蛋白を支配するATに富むvirFシストロンが存在し、本プラスミド上に存在する他のビルレンス関連遺伝子の発現を転写レベルでポジチブに制御している。連続したSalI4断片、BーPーHーD上には領域1から5と名づけた10数個のビルレンス関連遺伝子群があって、B端に存在するvirBシストロンは33KDの蛋白を支配し、その転写はvirFによってポジチブに調節されている。さらにvirBのコードする蛋白がipaB,ipaC,ipaDをはじめとし、領域2〜5に存在するビルレンス関連遺伝子群の転写をポジチブに調節していた。他方、染色体上に存在するビルレンス遺伝子の一つ、kcpAもクローン化し、蛋白産物を同定し、その役割を明らかにした。ミニセル法および塩基配列の決定によりこの領域には13KDの蛋白をコードする単一のシストロンkcpAが存在することが明らかになった。