著者
米地 文夫 土井 時久 木村 清且
出版者
岩手県立大学
雑誌
総合政策 (ISSN:13446347)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.45-62, 2006-12

賢治寓話「黒ぶだう」の舞台である公爵別荘のモデルは,1926年に建てられ花巻市街に現存する洋館,菊池捍(きくちまもる)邸であることが明らかにされた(米地・木村,2006)。「黒ぶだう」とその他の賢治作品および菊池捍と彼の周辺の人物や事物を詳細に分析・検討した結果,この寓話は,建物ばかりでなく,建主の花巻出身で北海道清水町の明治製糖工場長であった菊池捍とその義兄佐藤昌介に深く関わるストーリーであることがわかった。「黒ぶだう」のあらましは,次の通りである。赤狐に誘われた仔牛が,留守中のべチュラ公爵別荘に入り,黒ブドウを食べる。狐はブドウの汁を吸って他は吐き出し,仔牛は種まで噛む。公爵一行が帰ってきたので,狐は逃げるが,残された仔牛はリボンを貰う。種まで噛む仔牛の登場は,製糖工場が甜菜を搾って糖液を採り,滓は乳牛の飼料として販売したことと関わる。また,華族を別荘の持ち主にしたのは,捍氏夫人の兄佐藤昌介北大総長が叙爵される時期であったからと考えられる。野生の狐はうまく逃げ,家畜の牛は残って人間との関係を深める,という寓話「黒ぶだう」には,野生動物も家畜もそれぞれが生きてゆける世界,賢治が酪農に期待をこめて描いた北海道と岩手とを重ねる北方的イーハトヴ,など小さな理想郷が見られるのである。「黒ぶだう」の執筆時期は,菊池捍邸完成時期,使用原稿用紙,叙爵時期,チェロの登場,などの諸点に基づいて,1927〜1928年と推定した。