著者
須永 薫子 坂上 寛一 関 俊明
出版者
日本ペドロジー学会
雑誌
ペドロジスト (ISSN:00314064)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.14-28, 2003-06-30 (Released:2018-06-30)
参考文献数
33

群馬県下の浅間山(1783年)噴火に伴う泥流により埋没した畑遺構土壌の理化学性を検討するため,泥流直下の江戸時代表層土から当時の畑跡と対照地の土壌を採取し,比較検討した結果,下記のことが明らかとなった。1)本報告で用いた久々戸,下原は文献史料や近傍の他の遺跡の研究から埋没の経緯が明らかな遺跡であった。泥流は短時間で大量に堆積し,泥流による江戸時代表層土へのかく乱は少なく,よく保存され,江戸時代表層土に畝の形状を明瞭に確認することができた。畝の有無を基準に畑跡と対照地を容易に区別することができた。2)泥流層の理化学性は,久々戸,下原のいずれでも類似しており,変動係数が小さく,ほぼ均質の性質を示し,一斉に江戸時代表層土を埋没させたことがわかった。3)江戸時代の畑跡土壌は対照土壌に比べ,久々戸,下原ともに固相率,全炭素量,全窒素量,易分解性有機物量は高く,可給態リン酸量は低かった。現代の表層土においても同様の結果が得られた。畑として利用することによって生じる共通した土壌の理化学性と考えられた。4)江戸時代の畑跡土壌の交換性カリウム量は畝の形状の変化に対応し変化した。これは,カリウムを多く含むなんらかの肥料が施用されたことを示唆している。5)江戸時代表層土の化学性は,全分析項目で現代の表層土と比べ,低い傾向を示した。また,江戸時代表層土の全炭素量,全窒素量,リン酸吸収係数およびCECは,母材の影響により変化した。6)易分解性有機物量/可給態リン酸量の比(E.D.O/A.P)は畑跡土壌で対照土壌に比べ1/2以下であった。この比は畑として利用することにより低下すると考えられ,埋没した江戸時代の畑跡にとどまらず過去に畑であったことを化学的に識別する有効な指標として利用することができる。
著者
渡邊 眞紀子 坂上 寛一 青木 久美子 杉山 真二
出版者
The Association of Japanese Geographers
雑誌
Geographical review of Japan, Series B (ISSN:02896001)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.36-49, 1994-06-30 (Released:2008-12-25)
参考文献数
30
被引用文献数
2 2

わが国に広く分布する火山灰土壌の特徴は,その黒くて厚い腐植層にある。これは,アルミニウムに富む非結晶質の粘土鉱物と結合し,微生物の分解に抵抗して2万年以上も安定的に存在する「腐植」に起因する。腐植はまた土壌をとりまく水熱条件に敏感に反応する性質をもっことが知られている。これらの性質を踏まえて完新世火山灰を母材とする埋没土の腐植特性を用いて過去の気候植生環境を推定することが可能であると考える。しかしながら,土壌は様々な環境因子の支配を複合的に受けるたあ,土壌の保有する古環境情報を抽出するためには,調査地域の設定が大きな鍵をにぎる。本研究は,古土壌研究,さらに土壌生成研究に際して意義のある土壌の属性レベルにおける分布特性に関する方法論を提示するものである. 本研究では,日本各地の火山灰土壌に腐植特性の高度分布とその規則性を明らかにした。土壌試料を火山麓緩斜面に沿って採取することによって,高度変化に伴う腐植特性と気候・植生因子との対応関係をみることができると考える。 4っの火山地域(十和田火山,日光男体火山,赤城火山,大山火山)から採取した60の表土試料を用いて,有機炭素含有量と腐植酸Pg吸収強度の腐植特性を分析した。また,気候環境にっいては国土数値情報気候ファイルによって地点ごとに温量指数および乾湿指数を算出し,植生環境にっいては植物珪酸体組成分析を行った。腐植特性の分布には,っぎのような規則性があることが明きらかとなった。 1) 有機炭素含有量によって示される腐植集積量は気候環境と対応する空間分布を示す。腐植集積が最大となる標高は調査地域によって異なるが,腐植集積の最大を与える気候条件として,乾湿指数17~22の共通条件が求められた。 2) 土壌腐植酸に含まれる緑色色素の発現の強さを定量した腐植酸Pg吸収強度も標高の変化に伴う垂直成帯性がみられる。 Pg吸収強度と温量指数との間には強い負の相関が認められた。 3) 植物珪酸体組成分析にもとついて,腐植の生成・集積に寄与したと考えられるイネ科草木植生の植物生産量を推定した。その結果, Pg吸収強度はイネ科タケ亜科クマザサ属と強い正の相関がみられ,一方イネ科非タケ亜科のススキ属とは負の相関が認められた。気候指数と植物珪酸体組成の分析結果を照合すると,森林の林床植生として繁茂するクマザサ属の増加と低温条件の卓越に伴いPg吸収強度は増大する傾向があり, Pg吸収強度は植生環境を指示する属性の一っとして評価することができる。また,各調査地域でPg吸収強度の急激な上昇がみられる地点は, 典型的な黒ボク土であるmelanic Andisolと森林土壌としての性質の強いfulvic Andisolの分布境界を与えると判断できる。 4) Pg吸収強度と比較すると,有機炭素含有量にっいては植物推定生産量との有意な関係は認められなかった。 4っの調査地域を総合的に比較すると,赤城山の事例において腐植特性と気候・植生環境の空間分布の対応が最も明瞭に示された。これにっいては,赤城山で対象とした斜面の水平距離および垂直高度が,気候・植生因子の影響を抽出あるいは強調し,さらに地形,地質母材,人為的影響といった他因子の影響を消去あるいは最小限にするたあに適したスケールとなっていることが指摘できる。 腐植集積の極大域およびPg吸収強度の上昇が始まる地点は,気候・植生環境の変化に伴う移動が予想される地域である。今後の研究課題として、本稿で扱った土壌属性が埋没土においても表土と同様に,土壌の初成作用として働いた気候植生環境の情報を保有していることを確認する必要がある。その上で,埋没土を対象とした空間分布特性の規則性を明らかにし,表土との比較を行うことが次の研究手順となる。
著者
坂上 寛一
出版者
国立科学博物館
雑誌
自然教育園報告 (ISSN:0385759X)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.51-60, 1979-03

自然教育園の代表的な植生であるシイ林, ミズキ林, コナラ林, マツ林の土壌の腐植の形態を分析するとともに, 樹種や水分環境との関連を考察した。得られた結果は以下のように要約される。1) 4地点の水分環境はシイ林が最も乾燥しており, コナラ林が最も湿潤であった。ミズキ林とマツ林は両者の中間であり, 林内雨量と土壌水量は高い相関があった。2) ミズキ林とコナラ林の落葉広葉樹はCa含量が高く, pHが比較的高いが, マツ林とシイ林はCa含量低く, pHも低い。また, マツ林の炭素率は他の3地点の2倍ほど高い。3) 堆積腐植の近似組成分はマツ林で脂質類が多く含まれ, 蛋白質が少ないこと, コナラ林でリグニンの比率が高いことなど地点によりいくらか相違がみられたが, 表層土の有機物組成はシイ林がリグニンを始め, 各成分の含量が高いことを除けば, 非常に近似した値を示し, 有機物組成では地点間の差異がなかった。4) 水酸ナトリウム抽出部, ピロリン酸ナトリウム抽出部とも概して腐植酸よりフルボ酸の割合が高かった。特にコナラ林でその傾向が著しかった。5)コナラ林は腐植化過程の初期段階にあり, 水酸化ナトリウム抽出部腐植酸はRp型→P型を示した。ミズキ林はコナラ林より腐植化が進んでいるが, P型→A型→P型と一定した傾向は示さなかった。シイ林とマツ林は腐植化過程の後期段階にあり, 火山灰土壌の主要な腐植化経路と考えられるPo型→B型→A型を示した。